詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「ツチノコ」七・八 & 詩

コロナ男の告白

 

私がキヤツに罹ったとき

体調も悪くなかったので

タコ部屋から飛び出して

観光旅行に出かけました

 

私は子供の頃から

人のことなどどうでもよかった

自分のことしか興味がないし

誰だってそうだと思ったのです

 

きっとほかの連中だって

人のことを気にしながら

結局は自分のことに落ち着きます

この私の、お人柄の良さそうな顔つきは

生まれつきなので、ごめんなさい

顔が心の鏡なら

私は悪党なんかじゃありません

アメリカ・ファースト

トウキョウ・ファースト

マイ・ファーストなのです

 

それよりも性善説を妄想して

お願いベースで突き通す政府が悪いでしょう

強制的に私を隔離しないから

こんなことになっちまった

こいつは全面的に政府の責任です

私のせいではありません

 

それに巷の方々も、のん気な父さん母さんです

まるでペンギン一家のように

自分たちは大丈夫とばかりに

広がる災禍を眺めているんです

悲劇はそこまで来ているのに

それぞれの明日を運に託して、ラクダのような顔付きです

その運を運んでくるのが、私のような死神なのです

 

人間は動物の片割れですから

解決のつかない問題に直面すると

暗箱に入れられた動物の本能をさらけ出すのです

ジッと動かず、誰かが蓋を開けてくれるまで

期待しながら、大人しく待っているのです

だから私はその蓋を開けて

濃厚な吐息を吹きかけてやりましょう

誰がそいつを吸い込むかは

ロシアン・ルーレットの世界です

運命はすべからく、ロシアン・ルーレットなのです

この世はすべて、ロシアン・ルーレットなのです

 

私は決して悪魔ではありません

もちろん悪党でもありません

自分のことしか興味がなく

人のことなど気にかけないちっぽけな性格なのです

あなたはどうですか?

似たり寄ったりでしょ?

 

エイチキショウ、本当のことをバラしちゃお!

私の腐り切った肺から出たコロナが

きっと誰かさんに移ることを

密かに期待しちゃいました

ごめんなさい、いたずら心です

いつもの軽い悪ふざけです

これって…、悪い性格でしょうか?

それとも、やっぱり悪党でしょうか?

 

 

 

 

戯曲「ツチノコ」七・八

七 ディーバ御殿

 

巫女一 満月の夜が近づいてきました。私たちみんな、ご指名を望んでいます。

ディーバ 私のため? それとも地球のため?

巫女たち ディーバと地球は同じ意味。私どものすべてです。

ディーバ あなたたちを等しく愛しています。あなたたちに私が必要なように、わたしにはあなたたちが必要。必要でない者からは選べません。

巫女三 必要な者から選んでください。

河童 (果物籠からカエルとイモリを取り出し)あんたは、太ったガマガエルと、痩せたイモリとどちらを先に食べる? (全員わらう)

巫女三 カエルは最後に残しましょう。

巫女二 カエルから食べるわ。

ディーバ 私は、両方とも食べない。嫌いなものは食べる気しないし、好きなものを食べるのはもったいない。そのまま迷っていると、そのうち空腹を忘れて、幸せな気分で死んでいける。

河童 即身成仏ですな。でも、食べないよりは食べたほうが増しでごんす。美味かった思い出はずっと残るもんな。

ディーバ 嗚呼、思い出なんて! (泣き出して河童を抱擁し)楽しい思い出はなにもない。煤けた思い出が積みあがっていくのよ。可哀想な巫女たちの思い出で心は張り裂けそう。嗚呼貴方も、なんて可哀想な姿でしょう。

河童 生れ持っての道化でさあ、おいらは気にしていないぜ。

巫女四 生贄はディーバの体の一部になるのです。家畜の魂が人間の血となるように。それが、神様のお創りになった世界です。

ディーバ ならば、どこかから生贄を取ってきて。身も心もすでに冷え切った生贄でいいわ。あなたたちの体は温か過ぎる。(巫女五に)あなたの命は私の心にも息づいているの。死んでしまったら、心の中のあなたもいなくなる。

 

 (巫女五が急に短刀を取り出し自分の胸を刺す)

 

坂東 (駆け寄り))なんてこった!

巫女五 さあ、冷たい体を差し上げます、女神様。

ディーバ (巫女五を抱き)悲しいわ……。

巫女たち 卑怯者!

坂東 (震える手で巫女の脈を取って)ご臨終です……。

河童 嗚呼バカほどバカなものはない。雪室に入れてたって満月の夜までには腐っちまうぜ。(坂東を見て)ちょうどいいところにおじさんがいるぜ。先生に選んでもらえばいい。

巫女たち (坂東に詰めより)私を選んでください。

坂東 選ぶとどうなる?

巫女一 お分かりのくせに。

坂東 (頭を抱え)嫌だ。

梓 私が選びます。(巫女一に)あなた。

巫女一 (感激して)ご恩は決して忘れません。

坂東 選ばれたあんたは?

巫女一 魔法の揺りかごに包まれるのです。

坂東 揺りかごとは?

河童 魔法の香りだよ。姉ちゃんのフェロモンプンプンだぜ。

坂東 (河童に)なぜ笑っている? 君たちは全員狂っている!

巫女一 満月の夜には、先生が主役。

巫女二 満月の夜には、すべて分かりますわ。

巫女三 満月の夜にすべてが起き、すべてが戻る。

 

 

 

八 月の見えるドーム

 

 (中央にミサイルが立ち、ドームの天井が丸く開かれ、満月が輝いている。巫女たちが月に向かって祈りを捧げているところに梓と坂東が入ってくる)

 

坂東 このロケットに、核弾頭でも載せるのかい?

椿 惚れ薬を詰めて、成層圏でボーン!

坂東 そのXデーは?

梓 先生の腕しだいです。

坂東 おっしゃる意味が分からないな。ところで、蛇先生は?

梓 脱皮の最中です。満月の光を受けて、細胞たちは分裂を始める。

坂東 いよいよ完璧な蛇に……。

梓 あとは坂東先生の出番です。

坂東 断ったら?

梓 お分かりのはず。

坂東 死ぬのはいやだな。

椿 (わらって)蛇になるという道もありますわ。

坂東 邪道だな。犬になるほうがマシ。美人に飼われるペットがいいな。いや、ネズミでもいい。爬虫類は嫌いだ。で、いつまでに返事を?

梓 今です。

坂東 ムチャだ。

梓 時間がありません。

坂東 せめて一晩。

梓 ダメです。今夜がお仕事です。

坂東 何をしろと?

梓 先生のお得意な手術です。

 

(突然、シャーシャーという音とともに、顔の半分を蛇の鱗で覆われた半狂乱のディーバが河童に支えられて入ってくる。巫女たちは動ぜず、一心に呪文「カルマ・ビーシャ」を唱え続ける)

 

河童 さあさあさあ、お姫様がご乱心じゃ! そこのけそこのけ!

ディーバ (鱗をむしり取ろうとしながら)助けて! 引き込まれる。悪魔よ。持ってかれちゃう! 

河童 ようこそ蛇の世界へ。

ディーバ カサブタ! 取ってよお父様!

椿 (わらって)お父様も蛇におなりよ。

ディーバ 役立たず! (突然バタリと倒れ、悪霊がのり移ったように蛇の人格が現れ、しばらくのたうちながらわらいこける)いいぞいいぞオ。ざまあ見やがれ。楽になれよ。中途半端じゃおかしいぜ。後戻りはできねえんだ!

梓 ご安心なさい。ここに高名なお医者様がいらっしゃいます。

河童 (ディーバの心が乗り移り、女の声で)よかった。先生お願い。(坂東にすがりつき)女に戻してください! きれいな私に。(坂東のむなぐらを掴み絶叫して)蛇野郎を追い出せ! 

坂東 (河童を突き放し)どうすりゃいい!

ディーバ (突然坂東の首を締め)何もするな! 俺に触れるな! 

坂東 くっ苦しい、離してくれ!(河童が間に入って二人を切り離す)

ディーバ 蛇のほうが利口じゃ! 

坂東 (倒れて首を擦り)蛇になっちまえ!

河童 (うろたえ)助けて先生!

ディーバ かまうな! 

河童 (泣きながら)女に戻して!

ディーバ きれいな鱗じゃ。エメラルドさ。

河童 バケモノ! 

ディーバ (河童に) バケモノ!

河童 口もベロも割きイカ野郎!

ディーバ 口も頭も河童野郎!

河童 先生、何とかして! 助けてください。

ディーバ 諦めろ! 勝ち目はねえぞ。俺は蛇だ!

椿 (白けて)ツチノコ暮らしはいかが?

ディーバ (のたうちながら)あーあ、快適さ。死ぬまで穴の中。安全じゃ。群れなけりゃストレスもないさ。誰も虐めやしない。三密状態で死ぬこともねえ。

河童 人間だって一人で生きていけますわ。

ディーバ おまんまどうする。

河童 ゴミ箱荒らしです。いや、銀行強盗だ。そうですか、お金持ちのご両親。ディーバ ああ惨め。群れなきゃ死んじまう。盗まなきゃ死んじまうぜ。離れザルだって、もっとちゃんと生きてるぜ。放っておいてくれよ。穴の中が最高。揺りかごじゃ。子宮じゃ。

河童 蛇に子宮あります? あああ! 河童も世界に一匹じゃ。退屈! 退屈! 退屈! 寂しい!寂しい! 寂しい! 蛇の暮らしなんか、想像するだけで鳥肌が立ちまする。

ディーバ 虚しいぜ……。みんな孤独だ。俺は逃げねえんだ。反りの合わん奴らと付き合うよりかマシさ。蛇はいいぜ。慾がなけりゃ退屈もしない、努力もいらねえ。餌には事欠かねえ。それによ、千年に一回、ご臨終の間際に発情すればいいんじゃ。

河童 (観客に向かって)おい、よおく聞け。発情機械の人間ども! お前の人生、発情だけかよ! 

ディーバ 群れるな、固まるな、戦うな! たのむ。楽になってくれ。全部捨てちまえ。蛇になれ!

河童 嫌だわ。

坂東 死んだほうがマシだ。

ディーバ サル野郎。断食の坊さんを食ったことがあるぜ。不味いったらねえ。骨と皮さ。平然としてた。痛さ痒さもねえんだ。食おうが食われようが、死のうが生きようがどうでもいいのさ。

坂東 で、何が言いたいの?

河童 おばかさん。蛇ですよ、私。(激しくわらって)冬の私に寒さは大敵。体も頭も動かさない。それが忍耐というものさ、なんてこの臆病者! さんざん傷付いてさ、穴から出れなくなったんじゃ。この顔じゃ、隠れるのは無理もない。とっとと働いて銭稼ぎな! 

ディーバ 顔のことは言わないでください。お前ら河童は、罵り合って元気になるイカレた化け物だ!(急に激しく回転し、床に倒れる)

坂東 (優しく)見てくれは気にしなくていい。君が悩むほど、誰も恐がっておらんよ。

河童 (わらって)ところで、その千年に一回しか発情しない方法を教えてください。これを会得すれば、おいらももっと勉強に励める。東大合格じゃ!

ディーバ (医者風に)いいですとも、メンタルトレーニングです。まず、ご自分のお顔を鏡に映すことですな。すると、たらたらと脂汗。自ずと引きこもりがちになり、体を動かさなくなる。手も足も出ないと考えましょう。次に、エッチな夢を頭蓋骨の中で空回りさせる。相手はモデルさんだ。独楽鼠のようです。超伝導コイルかな。燃料なしで永久に回り続けます。不思議だ。欲望は泉のごとくこんこんと湧き出てきます。しかしこの信号は、決して筋肉に伝えない。夢で終わらせるのです。そのうち脳幹も延髄・脊髄もみるみるやせ細り、不能になっちまって出来上あがり!

河童 それがツチノコの生活? 夢の中での千年暮らし? みじめえ~!

ディーバ いいじゃないの。現実は甘くない! お前は河童だ! 人間にもなれんのさ。ほうら、夢見るあんたは美しい。モテモテじゃ。ずっと楽しい河童で送れる。楽しい夢は、千回見たって飽きないぜ。

椿 同居人は大迷惑だ!

ディーバ (駆け回って)ならば皆殺しじゃ! 夢ならお咎めなし。頭の中で親を殺したぞ。まあ安心しろ。じっとしていりゃそのうち夢も見なくなる。植物さ。満月に花開く食虫植物じゃ。

河童 私、何を考えてるの? そうだ、おいらは惨めな河童人生を送っている。おいらの夢は過激だぞ!

ディーバ (坂東を指差し)こいつの首を絞め殺す夢。

河童 ダメだよ。大切な人だよ! 

ディーバ うるせえ!

 

(ディーバは坂東に飛び掛ってしばらく揉み合うが、そのうち抱擁に変わっていく)

 

河童 (梓と椿が無理やりディーバを坂東から引き離すと元に戻り)愛の勝利だ。蛇野郎は逃げていったぜ!

梓 フェロモンにやられたわ!

椿 フェロモン万歳!

ディーバ (放心して)お分かりですか、私の悲しみ……。

河童 手術の手順は蛇の親父が教えてくれまする。

坂東 (朦朧と)ああ、教わろう。

梓 取り急ぎ、移植手術を始めます。

坂東 (頭を押さえ、恍惚状態で)緊急手術だ。ドナーは?

河童 ドナーはドナーた? 

ディーバ ドナーはドナーてんだ!

梓 うるさい、ドナーらないでください!

板東 手術室はどこだ!

梓 最新の設備。無菌室です。

河童 (板東の声色で)すぐにやろう。

梓 月が出ているうちはダメ。蛇皮は増殖中です。

河童 (ディーバの声色で)待てないわ。お父様に早くいらしてもらって。ほら、お父様の大好きなオーデコロンよ。取りにいらっしゃい。

椿 助平ジジイ、ベッドから這い出してくるわ。

坂東 (恍惚と)二人にさせてくれ。

梓 ダメです。

河童 (梓に)人間は出てってくれ! 

 

 (坂東とディーバ、河童を残し、全員が去る。二人は再び濃密に抱き合う)

 

ディーバ  蛇のように激しく抱いて。絡まりあったまま、融けてしまうぐらい……。

坂東 氷のように冷たい姫君。

ディーバ 私、冷血動物です。嗚呼私の貴方。

坂東 君の私。

 

 (坂東とディーバは激しい抱擁を続ける。いったん舞台は暗黒となり、肩寄せ合って座る二人にスポットライトが当たる)

 

ディーバ (醒めた様子で坂東から離れ)私は研究材料として生まれました。

坂東 人類を救うメシアとして?

河童 (ディーバの声色で)人類なんか滅びるがいい! みんな蛇におなり。

ディーバ 幸せなんて、ここにいる私たちだけで十分ですわ。幸せって、不幸から解き放たれた一瞬の香り。束の間の香りを掴むために、私たちは生きているの。ツチノコのお話、父から聞きました?

坂東 さあ……。

ディーバ 父は二十年前に、四国の剣山でツチノコを捕まえた。ツチノコは千年も生きるの。一度も蛇穴から出ない。蛇穴から出るときは交尾をするとき。交尾をするときは死ぬとき。月明かりのない晩に、オスはメスの臭いに引き寄せられ、メスの穴に入り込んで交尾する。

坂東 それで?

ディーバ オスは交尾をした後にメスに食われてその糧となるんです。メスは子供たちが腹を食い破って出てくるのをじっと待つ。腹から出てきた子供はいつもメスとオスの二匹。生きた母親の肉を食べながらマムシほどに成長すると母も息絶え、お坊ちゃまのほうは父親のいた穴に引っ越すの。

坂東 悠久の年月を、単に生き続けるためだけに生れてくる。

河童 究極のエコロジーライフだ! リデュース、リユース、リサイクル。増えもしないし減りもしない。新しい住処を掘り返すこともない。穴にいれば死ぬこともないぜ。増えすぎて見つかりもしないし、減って絶滅することもない。

ディーバ 先祖代々の世捨て人。だから見つからない。

坂東 どうやって捕まえた?

ディーバ 穴の上から麻酔銃を打ち込んだのです。小型クレーンで穴から引きずり出し、こっそりと研究室に持ち帰ったの。

坂東 どうして内緒に? 世紀の大発見を。

ディーバ 父の目的は別のところにあったの。父は古文書で知っていました。ツチノコに食べられそうになった猟師のお話。神田の古本屋で見つけたの。ある満月の夜に猟師は山小屋で一夜を過ごした。すると、どこからともなく生臭い香り……。猟師は夢の世界に引き込まれ、香りに誘われてさまよい始めた。すると、カモシカやイノシシ、オオカミやクマが、みんな踊りながら、同じ方向に進んでいくの。すり鉢状の小さな窪地。真ん中に大きな蛇穴が開いていた。その穴から、巨大なおしゃもじのように、ツチノコが鎌首をもたげている。獣たちは次々に斜面を転がり落ちて飲み込まれていく。でも、猟師はいったん飲み込まれてから、イタチと一緒に吐き出されてしまった。

河童 (嗚咽し)残念! 食っちまえばよかった。

ディーバ まさか、何百年後にひどい目に遭うとはね。お父様は古文書から蛇穴のありかを見つけ出した。

坂東 獣たちをおびき寄せるフェロモンが欲しかった……。すると君は?

ディーバ フェロモン製造工場。

坂東 誰がそんな……。

ディーバ 人間のES細胞にツチノコの遺伝子を混ぜ込んで……。

坂東 君だけではないだろう。

ディーバ ほかの子は失敗だった。私は、人間と蛇のキメラ。だから私のフェロモンは、人間にしか効かない優れもの。先生は勇気がおありね。

坂東 なぜ?

ディーバ 私のフェロモンを、クンクン嗅いでいらっしゃる。

坂東 (驚いて)まさか手遅れ?

河童 (わらって)手遅れだよ。

坂東 (蒼くなってディーバを突き放し)やめよう。

ディーバ (擦り寄って)捨てないで!

坂東 いいや。(抱き合う)蛇にはさせない。

ディーバ 私、きれい?

坂東 人間として? (我に返り、震え声で)蛇として?

ディーバ ひどい人。でも、許します。グロテスクなものは動物と思えばいい。私が生まれて、地球は未開の地に戻った。化け物たちが突然できてしまう時代。けれど太古から、人間はグロテスクが大好き。人を捕まえて殺す行為はグロテスク? いいえ、人間は肉食獣だもの平気だわ。お腹がへれば人肉だって食べるわ。地球のシステムは弱肉強食。敵と味方じゃ命の重さもぜんぜん違う。私はあなたにとって敵? 味方? それとも化け物? 

坂東 (いきなりディーバに接吻して)君を愛する方法を発見した。目を瞑って臭いだけに酔いしれる。決して目を開いてはいけない。

ディーバ 目を開いたら石になるって、ひどいわ。(わらって)でも、いい。許してあげる。大事なのは、愛し合うこと。いま、先生は私のもの。そして、私の苦しみを心から悲しんでくれる。

坂東 君の苦しみ?

ディーバ 苦しみを分かち合うのが愛でしょ? 先生は私の顔をみて、泣かなければいけないわ。どうしてこんなことに。恋人が、どうしてこんな姿になってしまったんだ!

河童 大変だ! 取り返しがつかないことになっちまった。

坂東 大丈夫さ。僕が治してみせる。さあ、まずは問診から。知りたいな、君のこと。

ディーバ まずは私の生きている地球のお話から。生き物たちは争いながら生きてきた。それが地球。神様はいろんな病気をばら撒いてくださっている。これも地球。でも、人間だけが自然の摂理に逆らって、地球をメチャクチャにした。一度目は神様から火を盗んだ。二度目は私をこしらえた。父は第二のプロメテウスだと吹聴している。

河童 いいや、蛇のおっさんは神に代わって立ち上がったんだ。昔の地球を取り戻すために姉ちゃんを創った。あのおっさんは理想主義者さ。

坂東 ヒトラー以上の妄想だ!

ディーバ 妄想は革命の母ですわ。私は父の妄想から生まれた革命児よ。父はパンドラの箱を開いた。これからは百鬼夜行の時代が始まるの。父はなぜ、私という怪物をデザインしたのでしょう。

河童 なぜ、僕ちゃんをデザインしたのですか?

坂東 法律を無視したからさ。

河童 大きな発明は、悪魔が手引きするのさ。

ディーバ むかしの生存競争はルールの上に行われていた。悪魔は人間にすべての生物のゲノムを解読させ、何でもありのゲームにしてしまったの。でも自然のルールは健在よ。そこは人間が主役でない世界。生き残る種は生き残り、滅びる種は滅びる。人間は自滅の道を選んだ。きっとアンモナイトのように形が崩れて滅んでいく。人が滅びるなんて微々たること。滅びるに任せておけばいい。(体を激しく震わせ)この私を見て! (河童の肩を揺すり)弟を見て! 人間は蛇や河童に進化していくのよ!

坂東 落ち着いて。

河童 恐ろしい時代に入ったんだ。あいつは俺たちを何のために作った? 

ディーバ 難病の病人を救うため? いいえ、人類を救うため。でも、行き着く先は同じことだわ。目的がどうあれ、この私がソリューション!

坂東 いったい人類をどうしようというんだ!

河童 エリートが育つために剪定するのさ。立派な医者は、メスの代わりにカマを持って役に立たない患者の首を掻き切る。命を減らす医療が人類を救うんだ。

坂東 驚いたな……、過激な優生思想だ。

河童 神はペストをつくり、悪魔は抗生物質をつくった。あいつは神の代理人として、さらに新しいペストを作ったんだ。さあ神に代わって世界にばら撒け!

坂東 何様のつもりだ!

ディーバ 神様です。

河童 で、ねえちゃんは女神様。おいらは屁の河童。

坂東 あきれた。女神様は、神様のお手伝いか!

ディーバ (反発して)この際、人類のことは横に置いておきます。私、お父様の出世の道具にされるのは嫌です。私は美しく生きたい。女としての美しい人生です。お金持ちの男の人と結婚して、ニシキヘビの子供を生みます。嗚呼蛇はイヤ! 嫌いなのよ、蛇。(体を擦り)ムシズが走る! どんなに醜くても蛇よりはマシ。私、綺麗なのが好き。助けてください!

坂東 (悲しい顔付きで)難しいね。君は人間と蛇の錦織……。二つの遺伝子がアラベスクのように錯綜している。君の体の半分は蛇だ! いやほとんど蛇だ!

ディーバ (ショックで倒れ)酷い……。ほとんど蛇だなんて……。私、傷付きました。(悲しそうに)先生だったらどちらをとります? 心が人間で、体が蛇。心が蛇で、体が人間。

河童 蛇の心? 嘘つきで執念深い……。お人よしの蛇なんて、蛇の風上にも置けないぜ。

ディーバ それは誤解。蛇は純真そのものよ。一途なの。でも、心が人間なら、蛇の体は堪えられない。心が蛇なら、人間の体は嫌でしょう。どっちを選んでも同じ。だから私、心が人間のうちは、人間の体に戻りたい。蛇皮を剥ぎ取ってくださればそれでいいのよ。人間の皮膚なら、いくらでもあるわ。

坂東 どこから? 

河童 知ってるくせに。ここは巫女たちのアウシュビッツだぜ! (ディーバが失神するのを見て)ごめん、言い過ぎたな……。

坂東 (我に返り)そうだ、君は若い女を魔法にかけて生皮を剥ぐバケモノだ!

河童 (嗚咽するディーバをかばいながら)なんとでも言いな。人を助けるために川に飛び込んで命を落とす奴だっているんだ。

坂東 そいつの肝を食うのはお前だろ! そしてその馬鹿げた感情を起こさせるのは、君の発散する脂汗に過ぎない、か……。

河童 嗚呼、先生から罵声を浴びて私、立ち直れません。

ディーバ 犠牲も情熱も冷酷も、頭の一部のちっぽけな化学変化。でも私は蛇だもの。まずは自分。バケモノと言われてもいいわ。執念深く生きる。蛇は生きることがすべて。死ねないわ。尻尾を食べてもまた生えてくる。でも、蛇では生きない。人間として生きるの。なら、いっそ先生が、私を殺す! (いきなり胸をはだけて、乳房の上まで覆った蛇皮をひけらかし、媚びるように)

河童 (ディーバの声色で)嗚呼、もうこんなところまで。きれい。キラキラ光って。エメラルド。さあ先生、おさわりになって。珍しい宝石よ。興味がおあり? ほら、お嗅ぎになりました? この脇の下から、ほら。ツチノコの臭い。トリュフの香り。オオ、ジョゼフィーヌ

坂東 クソ! このバケモノめ!(坂東は夢中でディーバに抱きつき、胸に顔を埋める)

河童 (立ち上がり男の声で)嗅いじまったら、イチコロだ!(ヤーゴのようにわらい続ける)

 

(つづく)