詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「ツチノコ」四・五 & 詩 & エッセー

亡き父へ

 

あなたが私に失望していたように

私はあなたを軽視していた、だが……

あなたが私を普通に愛していたように

私はあなたを普通に愛していた

対話は浅くありきたりのもので

地上で飛び交う雑音の一部だった

お互いの心は植物細胞のように

硬いセルロースの壁に囲まれていた

あなたも私もその壁を溶かす勇気、いや必要がなかった

あなたは私を普通の子として接し

私もあなたを普通の父として接した

お互い理解をできないままに

あなたは逝ってしまった

おそらくあなたと私は

違う世界の心を持っていたのだろう

 

 

 

エッセー

華氏451

 

 『華氏451』という昔のSF映画がある(フランソワ・トリュフォー監督、1966年作)。華氏451度(摂氏233度)というのは紙が燃え始める温度らしい。映画では、ナチス政権下のフランスを匂わせるファッションや小道具が随所に見られ、いわゆる全体主義国家を批判する映画になっている。

 

 映画に出てくる社会では本を読むことが禁止され、人々はテレビやラジオなどの映像や音声ばかりの感覚的な娯楽を享受して生きている。本を所持している家が密告されると「ファイアマン」と呼ばれる消防士のような連中が出動して本を燃やし、所有者は逮捕される。そんな社会の中で、どうしても本が手放せない少数の人々が秘密の広場に集まり、本がなくなってもその文化遺産を後世に残すことのできるように、摘発から免れた本を手に必死に暗記し、後世に伝えていこうとする。

 

 全体主義(対語は個人主義)国家や権威主義(対語は民主主義)国家では、現在でも発禁処分を受ける書籍は多いが、これが極まれば映画のようになってしまうだろう。全体主義国家は、政権が国民の多数に認められた状態で、義務感で隣人を密告する社会。権威主義国家は、武力や統制などで国民を押さえつけている状態で、反体制組織が暗躍している社会だ。日本の戦前は天皇を頂点とする全体主義国家で、美濃部達吉のようなデモクラシーの理論家は国民からも排斥された。

 

 しかし、戦後の日本も相変わらず全体主義国家だと主張する外国人は少なくない。首都圏は別としても、日本社会の基本的な構造は村社会の感性から抜け切れていないからだ。田舎へ行くほど、町内会的な集団の結束が強くて、半強制的に会費を取られ、入らない者は除け者扱いされる。当然、欧米には町内会などなく、好きな者どうしでグループを作る。欧米系の人々は、まず個人の主張が先に出て、それを調整する方向に進むが、日本人の場合は、まず相手の顔色を窺って、すり合わせを行っていく。上下関係が外国より厳しく、結局上の者の主張が通ることになる。そうしていれば、危害を受けずに済む。「長いものには巻かれろ」式に、個人の意思が多人数の意思に巻き込まれていく。これは地域コミュニティのプチ全体主義で、それが集まったのが日本という全体主義「風」国家なのだ。

 

 ナチス・ドイツ全体主義だったのは、ヒトラーがカリスマだったから。毛沢東の中国は全体主義国家だったが、習近平の中国はそこまで行かない権威主義国家だ。日本の場合は、選挙で政権がコロコロ覆るから全体主義ではないが、全体主義「風」国家と言ったのは、文化の風土が全体主義的な要素を持っているからだ。例えば『鬼滅の刃』を例に言えば、五歳くらいの子供から高齢者に至るまで、やたら夢中になっている。

 

 これは、『鬼滅の刃』の主人公がカリスマ化したことを意味しているだろう。風土的に、ブームが始まると右へならえという日本的な衝動が起き、一つの色に染まっていく。マスコミもそれに加担し、ばく大な経済効果が生まれる。最初は興味のなかった者も、話に乗れなかったときは村八分になる恐怖から口裏を合わせ、さらにブームが広がっていく。反対に、「僕はワーグナーが好きで」などと言ったら村民全員が白け、「あいつはおかしな奴だ」と思われてしまう。国民全体が同じ話題になったとき、人々は同じ嗜好性を持つ仲間だと思って安心する。これは文化の全体主義化に他ならない。

 

 『華氏451』では、為政者が政権に反対するような理論家を国民から出さないために、本を燃やし始めたのだ。これは為政者による文化の全体主義化だ。全体主義では、個人の趣味にまで口を出すのが普通だ。政府の意向に則した国民をつくる。政府の政策を批判する学者なんぞは、とんでもない輩だ。政府の意向に反する国民をつくらないためには、物事を深読みできない国民にすればいい。世の中を感覚的な感性で埋め尽くしてしまえば、それは可能だろうという考えだ。音楽、漫画、映像、ゲームなどは感情を豊かにするが、思考力を鍛えてはくれない。しかし、本当に社会を動かしているものは日常という表舞台の裏側で、為政者が国民に知られたくない部分だし、そこは探求者でなければあばけない場所でもある。『オズの魔法使い』の終幕で、魔法使いがカラクリ機械をガチャガチャ操作している種明かしがあるが、政治の裏側も似たようなものだ。民主主義のアメリカ映画だから最後にバレてしまうが、全体主義国家では、闇の中に消えていくだけだ。知ってる者は、みんな殺されちまうのだから……。

 

 昭和の日本では、そこそこ裕福な家庭の子供部屋に「世界文学全集」なるものが飾られていた。しかし、それは親に与えられたもので、子供たちは隠れて漫画本を読んでいた。しかし時とともに文学ブームは去り、大人たちが電車の中で「少年マガジン」を読むようになり、いまはスマホゲームにチェンジしている。現在は、感覚的なサブカルチャーがメインに躍り出た時代だ。

 

 本屋が次々に倒産していく時代は、火を点けなくても本が消失していく時代でもある。世の中が感覚的な感性で埋め尽くされ、深読みできない人々が巷で騒ぎ始めれば、直ぐに炎上して外国と戦争を始めるだろう。ナチス・ドイツの国民もそうだったし、太平洋戦争の日本国民もそうだった。いまの日本が全体主義「風」国家なら、平和憲法である日本国憲法は、はなはだ国民性にそぐわない憲法だと言える。なぜなら全体主義は、国家総動員で一丸となって喧嘩をおっぱじめる性格があるからだ。導火線に火が点けば、日本全体が怒りの炎でたちまち炎上してしまうだろう。『鬼滅の刃』の熱狂と同じ感情が、鬼畜中国に転化することを恐れているのだ。これからは、かつての苦い経験を教えてくれる人々もいないのだから……。

 

 

 

戯曲「ツチノコ」四・五

 

四 ディーバ御殿

 

 (巨大な鍾乳洞の中に、白蛇のレリーフを施した巨大な鶏卵を縦割りにしたような純白の部屋が造られている。壁には鶏や野鳥、ガマガエルやヤモリ、イモリなど、蛇の好物が吊り下がる。波打つ白い絨毯の上に、白装束のディーバを中心に、やはり白装束の巫女たちが取り囲み、段差のある席に腰を下ろしている。ディーバの横に河童が座り、二人は食事の最中で、イモリを食べているところに坂東が転がり込む)

 

巫女一 ご遠慮ください。女神様はお食事なさっております。

ディーバ (慌てて首に巻いたナプキンで顔を隠し)恥ずかしいわ。

坂東 家に帰らせてくれ!

河童 (女の声色で)いい子ね。春になれば帰してあげる。(巫女たちはわらう)

坂東 今すぐ!

河童 ここは春まで雪の下じゃ。人間、諦めが肝心でござんす。

ディーバ どうしてこんな所に?

坂東 騙されたんだ。

ディーバ (巫女の一人が耳打ちし)ああ、坂東先生でいらっしゃいますか。

坂東 (落ち着いた振りを装い)私をご存知?

ディーバ ええ、待ちかねておりました。

坂東 おっしゃる意味が分からない。

ディーバ 父にお会いになりました?

坂東 父とは?

河童 山本っていう蛇野郎でございまする。

坂東 驚いた。山本先生のご令嬢とは。お父さんは難病に罹っておられる。あと三日の命だとおっしゃった。(一同わらう)

河童 ウソでございまする。蛇はけっこう長生きでごんす。

ディーバ でも、いずれ手足は退化して、手術もできなくなります。それで、代わりのお医者様を……。

坂東 僕が? 冗談じゃない。僕には勤めている病院があるし、患者さんもいるんだ。それに、授業を受ける学生たちも待っている。

河童 根雪が融けるまで、出られねえってことでごんす。患者なんかどうでもいいでよ。人生、諦めが肝心でごんす。おいらなんか、生まれたときから諦めてらあ。嫌なことはすぐに忘れましょう。人生健康的に生きなきゃね。子猫を捨てられた母猫みたいに、明くる日にゃケロッとよ。(猫の死骸を振上げ、一同わらう)それに、先生が心配するほど、お弟子さんは下手じゃない。だいたいあんただって「あのへぼ教授」なんてバカにされてるんじゃねえの?(一同わらう)

坂東 (へたり込んで)どうしたらいいんだ!

河童 (シャベルを持ってきて)ラッセルしてけんろ。春までには出られるぜ。でも、雪は少しずつ自然に解けていくのです。先生が早いか雪解けが早いか。

坂東 ちきしょう! (シャベルを掴み、巫女たちのわらい声に追われるように部屋から駆け出していく)

 

 

 

五 山本の病室

 

 (山本は藁のベッドに横になり、その横の椅子に梓が腰掛けている)

 

梓 (疲れ果てて戻ってきた板東に微笑みかけ)お疲れ様です。

坂東 四方八方、氷の壁。なぜ、こんな目に遭うんだ。 

(側のソファーに倒れ込むように腰掛ける)

山本 ディーバに会ったかね?

坂東 ええ。あんたの娘?

山本 私がつくった。顕微鏡下でな。しかし娘ではない。

坂東 取り巻きの巫女は?

山本 あいつの体の一部さ。連中は女王の命令には何でも従う。死ねと言われれば死ぬ。

坂東 マインドコントロールか……。

山本 君はどうだ。知らず知らずに社会にマインドコントロールされている。家族にマインドコントロールされている。職場にマインドコントロールされている。どこが違う。君は有能な医者で社会の名士ですか。(吐き出すように)サルどもめ! ここは違うぞ。すべてをコントロールする、地球を丸ごとコントロールする司令塔だ。人民に媚へつらう必要はまったくない。君だって、慇懃に振舞う必要はないぞ。無礼、無礼、無礼で押し通せ!

坂東 ここが地球の司令塔? (わらって)まるで未開社会だ。

山本 未開も文明も同じさ。文明なんざ蹴っぽりゃ崩れるアリ塚のようなもの。今も昔も変わらんよ。君、アステカ文明を想像したまえ。女王のために、娘たちが首を切られる刺激的な社会。いいかね。今も昔も、この文明下においても集団を牛耳る唯一の方法は恐怖政治とマインドコントロールだ。

坂東 で、先生の役どころですが。

山本 ゼウス、シバ神、百歩譲って始皇帝かな。刃向かう敵はすべて食い殺す。ところで、君に忠告しよう。ディーバには惚れるな。

坂東 (失笑して)いきなり何です。ゼウスの娘に言い寄れば、たちまち蛇にされちまう?

山本 娘? あれは単なる蛇さ。

坂東 あんたも蛇だ。

山本 心外な。私はゼウスのお怒りを買っただけ。そう、現代版プロメテウスさ。神も恐れぬ遺伝子操作。私は神に対して不遜な行いをした。ディーバは私が作った怪物。ホルモン製造工場にしようと思いました。まあいい。難しい話は後だ。

坂東 ところで、怪物といえばあの河童はなんです?

山本 ああ、あれね。養殖ものさ。天然ものではない。

坂東 天然と養殖ではどう違うんだ?

山本 難しい質問だね。天然ものはいまだ発見されていない。単なる作り話さ。ミイラはあるが、ありゃまったくのニセモノ。しかし、養殖ものはいくらでも生産ができる。簡単だ。人間の受精卵にカメの甲羅の遺伝子とガマガエルの皮膚の遺伝子、てっ辺ハゲの遺伝子をカクテルにしてさあ御立会い。ガマの油をちょと付けて、人工子宮内でいろいろ手を加えながらですな、形を整えて生ませる。あの突き出た口はペンチで思い切り引っ張ったのさ。

坂東 人工子宮? 成功すれば世界初の発明だ。

山本 そう、出産を生産にチェンジする次世代のキーテクノロジーさ。

坂東 (驚いて)いったい何のために……。

山本 何のため? 人類を救うためさ。

坂東 河童をつくることが?

山本 私は、自滅することのない新人類をつくろうとしているんだ。いろんなタイプを考えた。どっちが将来的に伸びるかは私にも分からん。ほら君、未来の人類って、頭がやたら大きくてさ、運動嫌いで身体はひょろひょろ。まるで河童だ。

坂東 (わらって)あれが未来の人類?

山本 正直言うと、失敗作。だが、最初の一歩はあんなものだ。しかし、あいつの実験は私に自信を与えてくれた。そして、二作目で見事成功。椿君さ。

坂東 椿さん。あの女性は……。

山本 新人類のプロトタイプ。遺伝子工学の新しい可能性を拓いたと称賛されることは間違いない。ノーベル賞ものだ。

坂東 イグノーベル賞でしょ。

山本 (怒って)いいかね、私の技術をもってすれば、生まれてくる赤ん坊をいかようにも加工できる。目の大きくなる遺伝子、鼻の高くなる遺伝子、背の高くなる遺伝子、天才の遺伝子、なんでもぶっ込んじまえばパーフェクトな人間を生み出すことができる。そいつらが地球に溢れれば、古代から停滞している人類の進化は再び上昇に向かう。その前に、古臭い人間どもはゴミ箱行きさ。まさに新旧交代!

坂東 しかし、河童はいささか遊びすぎだ。

山本 イデアは冗談から生れるのさ。しかし、おかげで私も蛇にされちまった。(自虐的にわらって)神のお怒りに触れた。ところで私の緑の顔は単なるカモフラージュだが、あいつの緑は葉緑素だ。食い物が無くても光合成で生きていける。しかも頭の皿はラクダのように水を蓄える。二リットルもだぜ。空腹と喉の渇きを解消すれば、あとはセックスだけだが残念ながらお相手がいない。最初にして最後の突然変異。非常用電源として、甲羅にはソーラーパネルも埋め込んでおります。

坂東 (シニカルにわらって)すばらしい。未来の人類は一生涯自家発電で終えちまう。

山本 あれは失敗作だって。あんなのが新人類か? ところで、君は有能な医者。だから、君はここにある目的で呼ばれた。私の研究を引継ぐという……。

坂東 バケモノづくり。冗談じゃない!

山本 君は世界の救世主となる。

坂東 いったい何の研究!

山本 地球上で二酸化炭素を大量に吐き出している生物は?

坂東 牛さんと人間さん。

山本 ピンポン! こいつら地球環境にとっちゃ害獣だ。しかし、牛さんに牧場があって人間にはない。不公平だよ。で、私は旧人類のために牧場を作ることにした。

坂東 人間牧場? 

山本 巨大だ。地球の陸地はすべて牧場。人肉を得るための牧場ではない。旧人類を新人類にチェンジするための牧場さ。増え過ぎた害獣を殺処分するための牧場だ。

坂東 (わらって指で頭を差し)あんたの脳味噌は蛇に退化した。とにかく僕は、ここからオサラバ! (うなだれてしゃがみ込み)といって、どうすりゃいい……。

山本 (囁くように)君、周りがおかしくなってもさ、一人では抵抗できんのだよ。戦争を想像してごらん。反抗して憲兵に殺されるよりか、大人しく従ったほうが利口だ。ご近所さんと一緒になって踊りゃいいんだ。郷に入れば郷に従え。ここのいかれた集団は、旧人類の浄化および新人類への差し替えでブレークスル-を狙っている。しかもその新人類は工場で量産できるのさ。君、セックスなんて、あんな恥ずかしい行為は旧人類でおしまい。ありゃ、下等動物のやることだよ。

坂東 しかし、秦の始皇帝ともあろう方が、セックスを否定なさるとは。

山本 いやもちろん、僕は蛇だもの、ハーレムくらいはつくりますよ。認めよう、ここはカルト集団の巣窟じゃ。出口はない。ならば命あってのモノダネだ。状況を冷静に判断し、クレバーに行動するんだ。周りと同じように振舞うのさ。いや、人生に転機が訪れたと考えればいい。学長がなんだ。総理大臣がなんだ。所詮は薄皮饅頭の上に座らされた太鼓持ち。中身のあんこは嫉妬深いアホどもの肥溜めさ。粗相をしようものなら、すぐに皮が破れてクソまみれ。そこへいくと、秦の始皇帝は違うな。絶大な権力だ。しかも血も涙もない大悪人。これが大事だ。マキャベッリさんも言っておる。世界をまとめるのは権力を持つ悪人だ。(急にベッドから上半身を起こして役者ぶり)私の前に、世界中が震えるのだ。(突然現われ手を叩く椿に驚きながらも止めることなく)おお、麗しき未来人よ。価値ある理想の人よ。杖をこれへ。さっそく研究室をお見せしよう。古い人間どもをチェインジする研究だ。これを見れば、君だってたちまち悪党ファンクラブさ。一度悪の道を覚えたら楽しくって止められないぞ!

 

 (寝床から立ち上がった山本の首に巫女が洒落た蝶ネクタイを掛ける。下半身も蛇になっている。山本は立ち鏡の前でネクタイを直し、ナチ風の士官帽をかぶり、松葉杖で移動する)

 

(つづく)

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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