詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「ツチノコ」(一~三)& エッセー

エッセー

「グロテスク」は未来を滅ぼす

 

北米には、アーミッシュと呼ばれるクリスチャン・グループの住む農村が点在している。プロテスタントの一派で20万人以上はいると言われ、18世紀に入植した当時の生活様式を頑なに守って、電気やガス、電話などの文明の利器を拒否。平和主義を重んじ、移動手段は馬車という、自然に溶け込んだ質素な暮しを実践している。

 

この集団は有名なので誰もが知っているが、ほとんどの人がおかしな連中としか思わないだろう。しかし我々の祖先が同じような生活をしていた時代は確かにあったし、ご先祖様はおかしな連中でもなかったし、不自由な生活を強いられていたわけでもなかったはずだ。郷に入れば郷に従えという諺どおり、我々だって無人島に漂着すれば不自由な暮らしをしなければならず、時が経てばそれが当たり前になり、馴染んでしまえば不自由ではなくなる。現にコロナ禍で都市がロックダウンをしたって、市民は窮乏生活にも次第に慣れ、なんとか凌いでやっていける。

 

ひょっとして、文明ってそんな程度のものじゃないのかしら……。だって、原始人から未来人に至るまで、ホモ・サピエンスの基本は食うこと、寝ること、子孫を残すことくらいなもんで、そいつはほかの生き物と変わらないのだから……。ということは、科学だとか経済だとか、リッチな暮らしだとかいうものは、人間に纏わりついたフリルのようなもので、そいつを脱ぎ捨てれば、五秒でアーミッシュの古びた服を着ることができるに違いない。文明の進化から得られるメリットは、案外豪華なステージ衣装に過ぎないかも知れないのだ。そのほとんどがお飾りというわけだ。現代人はそいつを身に纏うことで快感を得て、明日への活力を養っているのかも知れない。

 

アーミッシュは、ほかの連中が文明を享受して浸れる幸せの代わりに、聖書の教えを厳密に解釈することで得られる幸せを糧に暮らしている集団。平和主義者なので、集団からの離脱も自由だ。ダイバーシティを尊重する現代では、あってもおかしくない集団であると断言できるだろう。

 

それでは、文明の進化から派生するデメリットは何なのだろう。例えば社会・経済システムの進化、流通・交流の進化、科学の進化によるデメリットとは?

 

「社会・経済システムの進化」については、「欲望の資本主義」などというように、豊かになることが幸せだと思い込んだ資本主義システムが危うくなってきている。人々が利潤を追求し続けた結果、貧富の差も加速度的に広がり、社会的な破綻が起きつつある。また、経済の追求は公害問題を引き起こし、CO2による地球温暖化を招いた。「流通・交流の進化」では、グローバリズムが世界を覆い、そのマイナス面として中国のような勢いのある国が世界を席巻しつつあり、それに反発するアメリカは反中国陣営作りに奔走し、世界の分断が起こりつつある。

 

それじゃあ「科学の進化」でのデメリットとは何だろう。まっ先に上がるのは水爆やミサイルなどの大量殺戮兵器、細菌・化学兵器だろう。しかし、多くの人々がメリットだと思っている医学・生理学分野のデメリットも見逃すことはできない。

 

「遺伝子組み換え」や「ゲノム編集」などの遺伝子操作技術が進化し、病気に強い家畜や農産物が作れるようになり、難病の患者を救うこともできるようになってきた。しかし、中国の研究者がこうした技術を使ってエイズに強い赤ちゃんを産ませたことが世界中から非難を浴び(2018年)、その研究者は雲隠れ。中国政府も、彼に懲役三年の刑を言い渡している。

 

こうしてできる赤ちゃんは「デザイナーベビー」と呼ばれ、受精卵の段階で遺伝子操作を受けるが、家畜の世界では生産の向上を目指し、当たり前に研究が行われている。羽をむしる手間を省いた羽毛のない「ヌード鶏」が良い例だ。デザイナーベビーも親の望む外見や体力、知力などを持つことができるので、これが解禁になれば恐ろしい世界が現出するだろう。生まれてくる子供は全員レオナルド・ダ・ビンチなみの天才だなんて、驚きだ。

 

仮に僕がUFOの宇宙人と遭遇した場合、最初に聞くのは「あなたはデザイナーベビーですか?」だ。すると彼は即座に答える。「だから、はるばる遠い地球に来れたのさ」。次に僕はこう質問する。「あなたはゼウスですか?」。すると彼は「もちろんホモ・ゼウスさ」と答えるだろう。

 

ゼウスは動物をはじめ、いろんな物に変身して多くの女性を孕ませる神様だ。ゼウスに限らずギリシアの神々は変身が得意。中には木霊に変身したエコーという下級の女神もいる。ユヴァル・ノア・ハラリの「ホモ・デウス」じゃないけれど、これからの人間はどんどん神になっていく。神になるということは、神の領域を蹂躙することにほかならない。人間は神から火を奪ったプロメテウスのように、ゼウスから変身術を奪ったのだ。その技が遺伝子操作だ。

 

このままだと、いずれデザイナーベビーも解禁されるだろう。倫理なるものが欲望に勝ったという歴史を見出せないからだ。どんな親だって、美しく頭の良い子供が欲しいに決まっている。自分が愚かで醜ければなおさらだ。息子や娘には自分の辛い人生を味わわせたくないと思うのは親心だ。

 

しかし、ここに資本主義の壁が立ち塞がる。金を出さなければ医者は絶対にやってくれないのだ。つまり代を重ねるうちに、金持の子供はますます美しく優秀になるが、貧乏人の子供はますます醜く愚かになってしまう。最後には、世界はホモ・サピエンスネアンデルタールのように二種類の人間に分化することになる。優秀な貴族人間と愚かな奴隷人間だ。当然のこと、貴族人間は奴隷人間を軽蔑し、酷使するようになる。

 

その結末は紀元80万2千年ぐらいだろうか。これはまさしくH.G.ウェルズの『タイム・マシン』に出てくるエロイとモーロックだ。主人公はタイム・マシンに乗ってそんな未来の人間に遭遇する。エロイは貴族人間の末裔で、あまりに幸福になりすぎて体は虚弱化し、脳味噌も退化して、その知性は四、五歳児程度になってしまっている。反対にモーロックは奴隷人間の末裔で、長い間の地下生活で見てくれがゴリラのようになり、しばしば地上に出てエロイを襲い、食べているというもの。これは1895年に書かれたSFだが、彼が知らなかったのは、今の2020年でもモーロックのような怪物人間を創ることができるということなのだ。

 

遺伝子操作技術を駆使すれば、どんな人間も作り出せるのは明らかだ。動物に植物の遺伝子を入れることも可能だし、動物に別の動物の遺伝子を取り入れて大きな動物に育てることも可能だ。異種同士の合体というわけ。現にアメリカで遺伝子組み換えサーモンの養殖が解禁されている。これは、アトランティックサーモンの卵にキングサーモンとゲンゲ科の魚の遺伝子を組み込んだもので、出荷までの飼育期間が半減するのだという。この技術を人間に用いれば、生まれた直後に立っちするベイビーも夢ではないかも知れない。ほかの動物はみんなそうして、捕食者から身を守っているのだから。

 

どうです、人間はゼウスになった代わりに、神話のようなグロテスクな世界がもう目の前にあるのです。みなさん、「ボーっと生きてんじゃねえよ!」 いまに背中で光合成をする人間が登場するでしょう。蛇の遺伝子を入れれば、口の奥に毒牙を隠す蛇女もできるでしょう。食の安全性がどうのこうのという段階ではありません。難病が完治したなどと喜んでいる場合ではありません。ウェルズが描くようなディストピアな時代に我々が生きていることを認識し、深く考える必要に迫られる時代が、現代なのです。人間はとうとう、神の領域に足を踏み込んでしまったのです。人間は神様になってしまったのです。

 

 

 

 

 

戯曲 ツチノコ(一~三)

(グロテスクが世界を救う)

 

登場人物

ディーバ

坂東

山本

椿

河童

その他

 

 

一 大学病院診察室

 

 (梓は患者用の椅子に座り、坂東は医師の椅子に座りながら封筒を開く。その横には中年の看護師が立ち、横目で手紙を除き込んでいる)

 

坂東 (手紙を読みながら)驚いた。死ぬ前にぜひとも君に会いたいか……。(看護士に)昔ここにいらっしゃった山本先生だよ。

看護師 驚き! 生きていらっしゃった……。

坂東 十五年前に大学も付属病院も捨てて蒸発しちまった。とっくにお亡くなりになったと思っていた。

梓 あと数日の命です。

坂東 いったいどうして?

梓 全身に癌が……。

坂東 どこの病院ですか?

梓 山奥のホスピスです。

坂東 ここからは?

梓 それが、ヘリコプターで五時間ほど。ヘリは用意してございます。

坂東 遠いなあ。……いきましょう。(看護師に)午後は早退に。

看護師 分かった、代診を探すわ。

梓 それでは、さっそく。

 

 

二 黒蛇殿

 

 (鍾乳洞の中に立てられた宗教的施設。壁や石筍、石柱などに、蛇の彫刻がまとわりついている。天井からは蛇の抜け殻で作った天蓋がぶら下がる)

 

坂東 これってホスピスですか? グロテスクだなあ。大蛇の彫刻が壁中に這いつくばっている。

梓 彫刻ではございません。冬眠している間に石灰石に覆われ、化石になってしまったのです。

坂東 やっぱり、とても芸術的とは言えないもの。絞め殺される人間でも彫られていれば価値も出てくるのに。それこそヴァチカンかどこかにあるような……。

椿 (袖から登場。未来的な服装、頭が大きく手足がほっそりしている)確かラオコオンですね。人間は蛇を嫌っているから美しいとは思わない。小さな猿の頃から、噛まれたり、飲み込まれたり。

坂東 (椿の風変わりな姿に戸惑い)貴方は?

椿 妹の椿。火星人です。

梓 近未来の人間ですわ。脳味噌の重さは現代人より上です。私たち、実はクローン姉妹なのです。

坂東 人間のクローニングは法で禁じられているし、それにとてもクローンには見えないな。

椿 私は山本先生が改良したデザイナーベビー、人類の新品種です。同じクローンでも梓と気の合うことはありません。梓は旧い人間の遺伝子が強く、頭が固いの。

梓 椿は新しい品種で、私の考えは黴臭くて食えたものじゃないと馬鹿にします。

椿 梓は、未成熟のまま腐る果実ですわ。大人になってもまるで子供。でも、私たちに共通するのは、口が悪いこと(わらう)。

坂東 (わらって)まあ冗談として受け止めておきましょう。しかし蛇は苦手だな。

椿 蛇に言わせれば、鱗のない人間はグロテスクですわ。それに、ひどくのろま。蛇は川も丘も素早く進める優れものです。

坂東 (石柱にまとわり付いていやらしい眼差しで坂東を眺めている白装束の女たちを見て)この方々も化石?

梓 巫女たちです。

坂東 (少し不安になって)やっぱ、あなた方は宗教団体ですね。ここに男性は?

梓 男は必要ありませんが、先生は別です。

坂東 (わらって)山本先生も男だ。

梓 あれは雄蛇です。でも新人類製造会社の社長様。さっそく、社長室にご案内いたしましょう。

 

 

 

三 山本の部屋

 

 (梓が鍾乳洞の壁を引くと、ぽっかりと穴が開き、敷き藁の上に寝そべっていた山本が、二人の巫女の介添えで籠いっぱいの鶏卵を飲み込んでいる。顔は蛇の鱗に覆われ、ちょび髭を生やしている)

 

梓 お食事中、失礼いたします。(そのまま場を外す)

山本 (慌てて食事を止め)あああ、君か。よく来られた。

坂東 (驚いて)山本先生? 山本先生ですか? いったいどうなさった。顔中緑色だ。しかも、黒の縦じま模様。本当に先生ですか? 

山本 君、長年医者をやっていれば、たまにはこんな症例に出会うこともあるだろ。ほら、いつだったか、面の皮がロウソクみたいに溶けていく患者さんを見て、君はショックを受けていたな。

坂東 (しげしげと山本を見つめ、困惑した顔付きになり)しかし、こんな整然とした組織は初めてです。蛇の皮でも移植したようだ。

山本 皮膚がんの一種さ。極めて珍しい。このガン細胞は兵隊の隊列のように整然と増殖する。(藁の中から蛇皮の手を差し出し)久しぶりだな君。

坂東 (後ずさりし)全身、ですか……。  

山本 大丈夫、移らんよ。(胸をさらけ出し)ほら、すっかり蛇。安心したまえ、脳味噌はまだ人間。しかし苦しい。全身をキリキリと締め付けやがる。特に満月の夜は、鱗がざわざわと騒ぐ。まるでサンゴの産卵さ。いっせいにいきみやがる。チキショウ、あと三日後にはまた満月ときやがる。

坂東 (山本と握手をし)病院に戻りましょう。私が治してみせます。

山本 (手を引っ込め)私だって医者だよ。治す方法は皮膚移植のみ。難しい手術だ。しかし自分の手術はできんだろう。助手に教えたが大失敗。助手とはさっきの二人さ。へたくそ! もう手の施しようがない。

坂東 手遅れかどうかは分かりません。

山本 気休めはいい。しかし、死ぬ前に君に話しておきたいことがある。(介添えの者たちに)彼と二人にさせてくれ。(二人の巫女が山本を起こし、その後坂東を残して退場)。私の性格を知っているだろう。君とは正反対。少なくとも君は、私には従順だった。しかし、今はあの頃の私の歳になっている。君も野心家の顔つきになってきた。

坂東 先生がいなくなって学長のポストを狙っていた連中は喜びましたが、私ともども、先生の弟子は苦労しています。

山本 まさか、君は学長の椅子なんか狙っているのか?

坂東 先生の仇を取ってやります。

山本 ハッハッハッ! 大した俗物に成長してくれたね。どうせなら世界を狙えよ。

坂東 世界?

山本 世界さ。すなわち、世界を救うんだ。このままでは、人類は絶滅するからね。人間は絶滅危惧種だ。保護が必要なんだ。

坂東 どうやって。

山本 人類をスリムにまとめるのさ。共食い状態では、有効な処方箋はないだろう。

坂東 だから、どうやって救うんです。

山本 話し合いではない。合意は永遠に得られまい。私は患者の話に聞く耳を持たん医者だ。直感で診断して処方箋を書く。私が人類に与える特効薬は、麻薬。

坂東 麻薬……? (苦笑いし)話を変えましょう。どうやら、先生は具合がお悪そうだ。

山本 君は患者の無駄話に相槌を打つお人よしな医者だろ。ましてや死にかかっている人間のたわごとを遮れるか?

坂東 (ため息をついて)すいません、失言でした。

山本 イカレタ話でも、精神科医なら最後まで聞くぞ。例えば宗教。信心も麻薬のひとつさ。教祖様というのは脳内麻薬を巧みに操るマジシャンだ。

坂東 洗脳ですか。

山本 そう。洗脳も欲望も満足もすべて脳内の化学反応。君も僕も単なる化学反応でものを考えている。君のすべては化学反応の集合体だ。殺人者は単なる化学反応で人を殺し、絞首台で物理的に首をへし折られる。虚しいねえ。脳味噌は複雑でも、そのメカニズムはしごく単純。すべては自己満足の下らん幻想さ。常に気持ちよがりたい。下等生物だ。だから、脳内麻薬をふんだんに出してやれば、家畜にでもロボットにでもなってくれる。人も殺してくれる。

坂東 家畜ですか?

山本 まさか君は理性など信じちゃいないだろうな。人間は単細胞の集合体に過ぎんのだよ。

坂東 (腹を立てて)下らん。だからどうだという話ですな。

山本 そうかな。君のとこにだって、たまには珍しい病気の患者さんが来るだろ。すると、その患者は一瞬にして実験動物にされちまう。君はしめたと思う。珍しい動物を捕獲したぞ。同僚たちは、ぞろぞろと観察にやって来る。患者はまるで医者寄せパンダだ。君を動かすのは研究欲か名誉欲か? いずれにせよ患者の快復は二の次だってえのは言い過ぎかな?

坂東 (わらって)辛らつですな。それじゃあ先生も、僕の病院に移送しましょう。きっと名前を残したい医者たちに大もてですよ。

山本 正直に言いましょう。私は医者になったときから、患者は実験動物だと思うように努めてきた。戦争になりゃ、人食いライオンも敵兵も、おんなじ害獣さ。私は人嫌いだから、他人はみんな実験動物だ。そう思うだけなら私の勝手だろ? で、私は科学者として、教祖の声を聴くだけで興奮する神経回路に興味があるんだ。これをつくるには、策略と繰り返しが必要。ところが、恋愛の世界では、一目見るだけで惚れ込むバカがいる。これは、錯覚だが非常に効率的だ。

坂東 とても科学的なご意見とは言えませんね。

山本 科学的とはすべてをバケ学、物理学に還元しちまうことさ。宗教も恋愛も、神経を興奮させる仕組みは変わりがないと言っているんだ。要は即効性か遅効性かの問題。即効性といえば麻薬だ。人間を支配することができる化学物質さ。だから私は、最強の化学物質を手に入れるために、ここに来たんだよ。

坂東 (苦笑して)手に入れましたか?

山本 はい手に入れました。とたんにこんなありさまです。バチが当たった。

坂東 自業自得ですかな。どんな薬です? 

山本 惚れ薬。たとえ魅力のない若者でも、女たちはほんの一滴嗅ぐだけでいかれちまう。信じる?

坂東 嗅いでみるまでは信じませんね。

山本 全ての女が首っ丈さ。君だって若い頃は、毎晩そんな夢を見ただろう。

坂東 記憶にございません。

山本 しかし女なんかどうでもいい。どうだい、世界を征服したくはないかね? たった一人の人間で、全世界を支配するのだ。悪党だったら一度は夢みることさ。

坂東 エスと答えた場合は?

山本 私の研究の全てを譲ろう。私はじくじたる思いで人間をリタイヤし、蛇穴に隠居する。

坂東 ノーと答えた場合は?

山本 残念ながら君にはイエスしかない。

坂東 (驚いて)どういうことだ!

山本 生きるためさ。

坂東 この伏魔殿のことは決して口外しません。だからもう帰ります。

山本 まあ落ち着け。悪いようにはしない。賢く振舞え。悪い話じゃない。災い転じて福となすだ。考えを変えればいい。ちっぽけな幸福なんか捨てて、心の奥底に押さえ込んでいる邪悪な心を育てるんだ。征服欲さ。誰でもヒトラーの素質はあるんだ。戦国時代に戻ってみろよ。ここは法治国家ではない。権力がすべてだ。いいか。ツチノコって知ってるだろ。ツチノコだよ。そう、この私がツチノコだとする。(突然苦しみ出し)ああ、蛇皮が怒り出したぞ。苦しい。(ベッドの横のベルを指差し)君、そこのベル。

 

 (坂東がベルを押すと二人の巫女が入ってきて、山本の腕にモルヒネを注射する。山本が眠りに落ちると巫女は去り、入れ替わりに梓が入ってくる)

 

坂東 (不機嫌そうに)帰ります。ひどく憂鬱な気分になってきた。

梓 それは無理ですわ。

坂東 帰らなくては。

梓 先生を治療なさってください。

坂東 不可能だ。

梓 せめて、あと三日。満月の日まで。

坂東 (怒って)仕事があるんだよ! 三日も病院を休むことはできない。そうだ、明日は大きな手術も入っている。

 分かりました。ならば、どうか安楽死させてやってください。

坂東 突然なんですか。僕は担当医じゃない。

梓 山本先生からはどの程度、お話をお聞きになりました?

坂東 (しらばっくれて)さあ、あまり……。やや精神的に不安定で……。

椿 (物陰から現われ)聞いていましたわ。あの蛇、病気でおかしくなっている。世界を支配しようなんて……。私たちは、世界中に蔓延している貧困や飢えの問題を解決する方法を勉強しております。

坂東 いったい、どんな解決策を見つけました?

椿 地球の初期化です。

坂東 初期化? (わらって)パソコンかよ、地球は……。あまりにも突飛なお答えですな。

椿 地球は限られた資源量の球体ですわ。長い間使い続けているとゴミで満杯になり、動かなくなってしまう。そんなとき初期化を行って、昔を取り戻すのです。

坂東 具体的には?

椿 例えば、暗黒物質の襲来だとか巨大隕石の衝突だとか、地球にはたびたび大きな変動が起きて初期化が行われてきました。今の多様な生き物たちは、そのおかげでいろいろ進化を遂げてきたんです。坂東先生は、古くなったパソコンを騙し騙し使い続けるか、ハードディスクを取り換えるか、どちらを選択します?

坂東 フレームともども買い換えるね。

椿 でも、地球は買い換えるわけにもいきません。ならば、初期化をするべきですわ。人間という主要ソフトを新バージョンに取り換えるのです。古い人間は消去します。新品同様に生き返りますよ。

坂東 (頭を抱え怒り出し)嗚呼まいったな……。だから君たち、どんなことをするんだ!

 

(突然、大音響とともに部屋中が揺れ、坂東はうろたえる)

 

坂東 地震か?!

梓 (冷ややかに笑い)先生の大声が木霊になって増幅し、雪崩を呼びました。もう、出られませんわ。

坂東 どういうことだ!

梓 入口が塞がれてしまいました。毎年冬には、雪崩で埋もれてしまうんです。椿 ここは大きな蛇穴の中。冬眠の季節到来です。

坂東 ウソだ! (部屋から駆け出していく)

 

(つづく)

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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