詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

アバター殺人事件(六)& エッセー

アバター殺人事件(六)

 

 ドッペル夫婦というと、ガラスケースの中でうろうろしていると思いきや、パチンと消えてしまい、奥の秘密部屋から二人の若い男女が出てきた。ドッペル夫婦の声を担当していた物まね上手な連中だ。宇宙からやってきた異星人というのは真っ赤なウソ。種を明かせば、最新技術を駆使した単なる三次元映像だ。つまり隣の宇宙の出来事は、催眠状態で楽しむバーチャルな夢物語というわけだった。二人がエリナの寝ている部屋に入ると、エリナはとっくに目覚めていて、事務局長と話をしている。エリナの横にはエリナ役の声優もいた。

「ご苦労さま。これであとは彼らの働きにかかっているわ」とエリナはいって二人にウィンクをした。

「彼らは完全に洗脳されたな。我々の仕掛けた大宇宙物語にはめられたのさ。彼らはゲーム世代の人間だから、幻想の世界にはまり込むのも簡単なんだ。二人ともすっかり殺人ロボットになり切っている」と事務局長。

「ルナが昔憬れていたユウを引っ張り出したのも成功の要因ね」とエリナ。

「しかし、まだまだ成功という言葉は使えないぞ。最終目標を達成したときまで、この言葉は取っておきたまえ」

事務局長がいって、太く短い人差し指をワイパーのように揺らした。

「我々のターゲットは息子ではなく、次期首相候補ですからね」とドッペル・ユウの声役が付け加える。

「そうそう、ルナはひたすら夫を殺すだけでしょ」とドッペル・ルナの声役。

「そこは抜かりがないわ。実行役は別にいるんだ。後援者宅に一年前から入り込ませたお手伝いさん。彼女はイギリスで、バトラーの勉強もした逸材よ。彼女が次期首相のシャンパングラスに毒を盛るの。金だけで動く殺し屋だから、いまさっき〝今夜実行〟ってメールを送っておいた。でも、その毒はルナも持っているから、捕まるのはルナ。証拠は毒だけじゃなくて、この録音」といって、エリナは先ほどの四人の会話を再生した。

「これを警察に送れば、ルナが実行犯、ユウが共犯だということになるわね。当然あなたたちの声はカットするから大丈夫よ」

 

 玄関でチャイムが鳴った。解体屋である。もろもろの装飾品や家具類を撤去するのに二時間もかからなかった。ほとんどすべてがタダ同然に持ち去られて空き部屋状態になったが、金庫みたいなドアとUFO、ガラスケース、3D映像機器はそのままだった。高価なものなので、依頼人の指示に反して残しておき、夕方に取り外して倉庫にでも保管しておこうというわけだ。殺人請負人たちにとって、同じ手口なら何度でも再利用できる大道具だ。

 すると再びチャイムが鳴った。「先生だわ」といって、エリナが玄関に走っていった。やってきたのは大沢とその第一秘書。レンの父親とは同じ党で、ライバル視されている大物政治家だ。レンの父親が暗殺されれば、首相の座が転がり込むというわけだ。

「どうだね、首尾よく進展しているかね」

 大沢は革手袋をしたままで事務局長と握手をした。

「上々です。先生をここにお呼びしたのも、我々の仕事が完璧であることの証明になります。今晩実行しますから、この事務所も今日中に撤去します。証拠類はすべて焼却しております」と事務局長。

「あいつが政治がらみで殺されたと思われたくないからな。殺人の詳細についても聞かないでおいたほうが得策だな。そのかわり、確実に今日だね」

「シナリオはちゃんとしていますわ。ルナは高校時代の同級生ユウと浮気して、財産目当てでレンを毒殺する。レンは一人息子だから、一緒にレンの両親も死ねば、一家の資産はすべてレンの嫁、つまりルナに転がり込むわけですからね。共犯はユウで、それ以上広がることはありません」

 エリナは自信満々の顔つきでいった。

「ユウは知らんがルナとレンは知っている。知ってる固有名詞を出されても、聞き流すだけでいいんだね。いずれにせよ、私が犯人だと疑われなければ上々さ」

 大沢はいって、薄わらいを浮かべた。

「明日になれば、先生は次期内閣総理大臣ですよ」と事務局長。

「明日になれば、君たちも金持ちさ。僕は約束どおりに報酬を支払うからな。その前に前祝いといこう。げんかつぎさ。どういうわけか、前祝いすると必ず成功するんだ」

 大沢は手袋のまま持参したシャンパンを開け、秘書が持ってきた紙コップに次々と注いでいった。

「先生の勝利を期して乾杯!」

次期総理と秘書を除いて全員がコップを飲み干してから、事務局長はけっこう苦い後味に首をかしげてたずねた。

「まさか、こっちにも毒が入っているわけじゃないでしょうね」

「そのまさかさ。気が付くのが遅いな。君たちは本当にプロなのかね。首相になるためには裏金工作が必要なのさ。どうせなら、君たちに払う金は節約したいんだ。それに、口封じの意味もあるのさ。後々君たちに金をせびられたらたまったものじゃない。さて、そろそろ口から血を吐くやつが出てきてもよさそうだ」

 エリナが思い切り血を吐き出すと、次期総理はうまい具合にそれをかわした。ほかの三人も、次々に血を吐き、バタバタと倒れていった。次期総理は悪魔のようにゲラゲラとわらいながら横目で悶絶する連中を眺め、全員の呼吸が止まるのを見届けると満足げに大きくうなずき、秘書に目配せした。秘書はプロの殺し屋さながらの落ち着いたしぐさで自分たちの紙コップだけポケットにねじ込み玄関のドアを開くと、二人はドロドロとした政治の闇世界に戻っていった。

 

 

 ルナとユウがホテルで激しく愛し合っているとき、ルナのケイタイにレンからメールが入った。

〝オヤジが風邪引いて今晩の夕食会は中止。今日は帰らない〟

 ルナは目をまん丸にして、ユウにそれを見せた。

「こういうこともあるさ。何でもうまい具合にことは運ばない。さっそく、事務局長に連絡だ」

 もちろん電話口にはだれも出ない。二人はとりあえず服を着て、神田まで戻って事務所の前で待つことにした。玄関のカメラが壊されていて、管理人立会いで技術者が修理をしていた。エントランスのドアは開いていたので、管理人に挨拶して事務所の階に上がった。表札が外されている。ベルを押しても人が出ない。ドアノブを回すとドアが開いたので、中に入った。室内はがらんどうで、強烈な嘔吐物の臭いがする。隣の部屋に入ろうとすると、床に転がる五人の死体を目にし、その中に事務局長とエリナが含まれていることを発見した。床は血の海になっていたので、部屋に入ることをやめ、代わりに空飛ぶ円盤の部屋に入った。分厚いドアを開けると、ガラスケースの中に円盤と椅子がしっかり残されていた。アバターを呼んだが出てはこない。

 奥の秘密部屋のドアが半開きになっていて、灯りが漏れている。そこにはミキシングルームみたいな装置が置かれていて、マイクロフォンも数本あった。操作盤のボタンの下に「ユウ」「ルナ」「エリナ」と書かれていたのでユウが三つとも押すと、円盤のハッチが開いて三人の立体映像がぞろぞろと外に出てきた。ルナが「椅子に座る」と書かれたボタンを押すと、三人とも次々に、デッキチェアに座った。

「こんにちは、いかさまヤローども」とユウがマイクに向かって話すと、ドッペル・ユウの声に変換された。「私たちを騙したのね」とルナが隣のマイクに向かって話すと、ドッペル・ルナが同じせりふを話した。

「ところで君のダンナを殺すことは、どんな意味があるのかね?」とドッペル・ユウ。

「それは、ダンナの父親の政治生命が絶たれることを意味しているわ」とドッペル・ルナ。

「ということは、我々のミッションは急遽中止だ。しかし面倒なことには、殺人現場に我々がいる」とドッペル・ユウ。

「すぐにここから出ることね。すぐに出ればだいじょうぶ。五人を殺す時間なんかないと証明できる」

 ユウは映像のハードディスクを探し当て、粉々に砕いた。ルナはハンドバッグから毒入り小瓶を出し、小窓から神田川に放り投げた。二人は大急ぎで事務所から出て、監視カメラを修理中の管理人と技術者に挨拶してマンションを後にした。

 

「僕たち二人の顔を彼らは覚えているかな?」

「きっと大丈夫よ。修理に夢中ですもの」

「あの部屋には、僕たちの指紋やDNAが残っている」

「シマッタ! でも、私たちには殺す理由なんかなんにもない」

「問題は、死んだエリナと僕たちが知り合いだってことだ」

「そんなことはどうでもいいわ。私たちは愛し合っているんだもの」

「君ってすごくポジティブな女性だね」といってユウはわらい出し、二人は神田川沿いの細い道路の真ん中でキスをした。通行人が二、三人、横目で見ながら顔をしかめた。そのときルナは、あの忌まわしいミッションのことを思い出した。突然キスを中断して顔を背け、ボソリといった。

「……私、平気で夫を殺せる人間だってことが分かったわ」

「洗脳されたんだ。だれだって洗脳されればそうなるんだよ。僕たちはただ、賢くなかっただけの話さ」

 ユウはそういってから、震えるルナを再び抱きしめた。二人とも止めどなく涙を流しながら体を回転させ、閑散とした川沿いの道を引き返した。もう一度、変わり果てたエリナと再会しなければならない。むだになるかもしれないが、徹底的に指紋をふき取る努力はすべきだった。

 

 

 

 党の後援会長はしかし、次期総裁候補のだれに肩入れするか迷っていた。そこで今晩はレンの父親と、お互いの政治観について胸を開いて話し合おうと思っていた矢先、断りの電話が入ったのだ。いつもは家の料理人が腕を振るったが、今日は特別に高級ホテルの料理長を呼んで仕度をさせていたのに肩透かしを食ってしまった。

「風邪くらいでキャンセルするのは、次期総裁としては失格だな……」と少なからず腹を立てたが、秘密裏の会食であることをいいことに、あるアイデアが思い浮かんだ。対立候補である大沢を呼んで、話してみるのも面白いと考えたのである。秘書を通じて連絡を取ると、「喜んで」という返事が返ってきた。これで、夕食につぎ込んだ費用は無駄金にならなくてすんだ。

 

 午後七時、大沢は妻と第一秘書を連れてやってきた。後援会長は妻とともに車まで出迎え、自慢の広間に案内した。まずは料理の前に、我が党の発展を期してシャンパンを抜く手はずである。

「そういえば、あなたは前祝いが好きだといっていましたね」と後援会長。

シャンパンをご用意いただけるとは、うれしい限りです。前祝いをすると、なぜか物事がうまく運ぶんです」

女性バトラーがポンと詮を開け、盆の上の五つのシャンパングラスに次々に注いでいった。そしてなぜかグラスを一つ一つ手渡していった。

「それでは会長、乾杯の音頭を」と第一秘書が大きな声でいった。後援会長は「わが党の発展を期して乾杯!」とグラスを掲げ、全員が一気に飲み干した。 

                                      (了)

 

 

 

 

 

エッセー

「国民」って何?

 

 先日テレビで、日本学術会議の任命問題を話題にした討論会を見た。政府寄りの弁護士H氏が、いかにも自分が国民の考えを代弁しているかのような口ぶりで「それでは国民は納得しない」などと、やたら「国民」という言葉を連発していたので、笑ってしまった。

 

 「国民」という言葉を使うのは、政治家や政治家志向の評論家の常套手段だが、どうやら彼らの考えを国民が支持していて、論敵の考えは支持していないという妄想を抱いているらしい。国民は多様で、その考えは一人ひとり異なるのに、十把一絡げに自分と同じ考えだと主張するのもナンセンスだ。

 

 H氏は、「政府の行動がおかしいなら、選挙で票を入れなければいい」と、いかにも選挙結果が任命問題の決着を付けるような口ぶりだったが、これもおかしな話だ。有権者は、「任命問題」だけのことで票を入れるのではない。経済やその他の政策で入れるかもしれないし、好きな議員がいるからかもしれないし、これも人それぞれ。「任命問題」に関心があるかないか、その関心が有権者の心にどれだけ重みがあるかも人それぞれだ。また自民党が勝利したからといって、この問題が解決したわけではないだろう。せいぜい、時とともに国民の関心が薄れるくらいなものだ。

 

 それでは、政治家が味方に付けようとする「国民」とは何かというと、その国の国籍を持つ人間らしい。当然、ある年齢を超えると選挙権を与えられ、政治家にとってはお客様ということになる。少なくとも民主主義国家では主権が与えられ(主権在民)、国家はその意思で運営されていくはずが、スイスと違って日本はあまりに主権者が多いので、選挙で代議士を立てているわけだ。代議士は、国民が自分に票を入れてくれるように、あの手この手で敵対勢力を排除しようとする。

 

 その代議士が政権を取れば、国民から選ばれたというわけで、いかにも国民の総意とばかりに(国民への忖度か、思い込みか知らないが)どんどん自分の考えで政策を進めていくし、法律まで作ってしまうわけだが、トータルで結果オーライなら次の選挙も勝つだろうし、ダメなら負けるだろう。H氏は、それで責任を取れるのだからいいじゃないか、というわけだ。

 

 しかしグローバリズムの中で、世界の協調が求められる現代では、昔と比べて「国民」の感性も大分変わってきている。国民一人ひとりがインターネットで世界と繋がっている時代だ。昔のようにお上の一声で、国民が一丸となって戦闘態勢に入る時代でもないし、国民は世界中の批判を大分気にしている。特に主権在民の日本では、中国や北朝鮮、ロシアの国家体制に批判的な国民が圧倒的で、そうした観点で政治を見ている(戦前の日本国民は上述の国々と変わらなかったが)。「国民」の体質は大分変わっているのに、菅政権は世界の民主主義国家が眉をひそめるようなチョンボを犯してしまったわけだ。たった一つだが、大きな汚点だ。

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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