詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

アバター殺人事件(三)& 詩

異質の感性

 

こちら側の感性は

あちら側の感性の吐き出す汚水に流され

丸い油球となって漣に揉まれ漂うのだ

嗚呼、永遠に溶け入ることはできない芳香油よ

お前は泥水に転がされながら身を丸くして

クルクルと目を回しながらも必死に我慢し

どこに漂うか分からない同類を探し続ける

そいつもきっとお前と合体して、ばかばかしくも

ちょっとは大きくなろうと考えているのだから

丸く丸く丸く、決して角を出してはいけない

指一本立ててもたちまち抵抗の渦がわき上がり

そいつを梃子に恐ろしい力が加わって

お前はたちまち水中分解し、パラパラと

底のヘドロに取り込まれ、消えゆく運命なのだから

ヘドロの下は有史以前からのネクロポリス

お仲間たちの体液が幾重にも層をなす

恐ろしい水圧で押しつぶされ

ドロドロの黒い油に変質した異質の感性は

強烈な悪臭を放って必死に自己アピールするだろう

嗚呼、せめて一瞬たりとも華々しく燃え上がり

毒々しいスモッグを世間に撒き散らしたかったと……

 

 

 

 

 

アバター殺人事件(三)

 

 インフォームド・コンセントもなく、十分納得しないままに二人は椅子に座らされ、頭を筒の中につっ込んだ。エリナも一緒だ。なにかモーツァルトのような軽やかな音楽が流れていて、レモンのような爽やかな香りがしたと思った瞬間、三人とも深い眠りに落ちてしまった。しかしそれは眠りではなく、アバターへのトランシットの瞬間だけで、すぐに目が覚めたところはあの円盤の中だった。ルナもユウもエリナも操縦席に座り、手馴れた手つきでボタン類を操作していた。ユウは明らかに、ドッペル・ユウの脳味噌のどこかに入り込んだはずなのだが、すでにドッペル・ユウと一体化してしまい、どの考えがユウなのか、どの考えがドッペル・ユウなのかも分からなくなってしまっていた。それはルナも同じだった。円盤には窓がないが、まるで透明の円盤の中にいるように外界が見渡せた。小さくなった分、部屋は大きくなり、今まで三人が座っていた大きな丸いすも円盤の中から確認することができた。

「出発!」とユウが声を出し、赤いボタンを押すと、円盤はガラスを通り抜けて、上に向かって四階分突き抜け、住人の体をすり抜けながら屋上から舞い上がり、急激に加速して、数秒のうちに宇宙に飛び出し、みるみる地球が小さくなっていくのが確認できた。月を通過し、火星、木星土星を一瞬に通り抜けて、満点の星空の中をどんどん進み、「ワームホール突入!」とルナが叫ぶと、突然辺りは真っ暗闇となって、数秒後には満点の星空が再び現れた。円盤が飛び出したところは食パンの向こうサイド、もう一つの宇宙というわけだ。

 二人のユウは、意識がキメラ状に交じり合ってしまい、多重人格的な明確な区別すら不可能だったから、とりあえず地球に帰還するという言葉を使わなければならなかった。この意識の交じり合いはほかの二人にもいえることだ。円盤は出発時とは反対の順番で惑星を通過して、ドッペル・地球に向かっていった。月を通過し地球に近づくと、鏡に映った日本列島と瓜二つの微笑みの国が見えてきた。しかし、戻ってきた日本列島は、出発した日本列島とは違っていたのである。そこは戦場と化していた。

 

 

 空飛ぶ円盤は空色に変化して大気圏に突入し、ゆっくりと降りていった。下からは青空と同化して、判別することは不可能なのだ。円盤は、微笑みの国の首都の上空をゆっくりと旋回した。あちらの地球では東京といってもそっくりそのままというわけではない。ビル群の形状は一○○年も先を行き、五○○メートル以上の高層ビルが数多く屹立している。しかし、その未来都市の所々で火災が発生し、タワーはへし折れ、高層ビルは少なからず穴だらけになっていた。まさに戦場だが、時たま聞こえる破裂音のほかは不気味に静かだった。

「終わったんだ。我々が地球に行っている間に決着が付いたんだ。占領されたのさ」とユウは吐き捨てるようにいった。

「とりあえず、仲間と連絡を取るわ」

 ルナがパネルを操作すると、操縦室の空間に三次元映像の男が現れた。カズといって、国防組織の隊長だ。上下関係を嫌うこの国でも、有事の際には指揮官を必要とするのだ。

「いったいどうしたんだい、この静けさは」

 ユウがカズに聞いた。

「国土はすべて占領された。負けたのさ。微笑みの国は怒りの国の統制化に置かれている。今日は我々にとって怒りの日になった。国民の顔から微笑みは消え去っちまった」とカズは吐き捨てるよういった。

「ところで君は、どこに隠れている?」

「我々国防部隊は地下に潜行したが、我々のミッションは続いている。これからはゲリラ活動だ。君たちの帰還を待っていたんだ。国土が占領された以上、君たちの仕事はますます重要になった。作戦はうまくいっているのかね?」

「始まったばかりさ。我々は、地球のアバターと合体することに成功した。我々は彼らとともにあるが、これはまだスタート地点だ。まずは、彼らに微笑みの国の悲惨なありさまを知ってもらうために戻ってきた」

「ありがたい。我々の作戦は占領下でも有効だ。怒りの国にも反政府組織があって、我々に協力を申し出た。我々も地下抵抗組織になってしまったが、彼らの支援で活動を再開できると信じている。とりあえずは着地点の変更を指示しなければならない。所属基地は占領された。君たちは自動操縦に切り替え、我々の発する誘導電波に従いたまえ」

「了解」とエリナは応え、自動誘導装置を起動させた。

 

 

 

 空飛ぶ円盤が降り立った場所は首都を見下ろすことのできる山の中だった。方角からいえば、ちょうど高尾山のあたりに違いないが、首都の方向は火災の煙が靄のように拡散してビル群はまったく見えなかった。円盤は谷間の崖に衝突すると、スウッと崖の中に入り込んで、地中の格納庫に着陸した。崖は3Dマッピングによるカムフラージュだった。

 三人がタラップを降りると、カズをはじめ一○○人ほどの仲間たちが出迎えた。その中に見覚えのない連中が一○人ほど固まっていた。彼らは黒い敵軍の制服を着ていたので、ユウは驚いてカズに聞いた。

「彼らは?」

「彼らは敵国の兵隊だが、頼もしい味方だ。君たちのミッションが成功すれば、一斉に放棄してクーデターを起こし、現政権を倒すことになっている」とカズ。

 彼らの一人が歩み出てユウに手を差し伸べ、「キタニ中尉です。我々の作戦は、あなた方の作戦の成功から始まります。あなたがたのバトンを私が受け取ります」といって、三人と次々に固い握手を交わした。

「あなたたちとは戦争が始まる前からコンタクトを取っていましたが、実際にお目にかかるのは初めてです」とエリナ。

「あなた方の軍の何割が、クーデターに参加しますか?」とルナが聞いた。

「おそらく八割方。実際に起こす連中は少数でも、それは導火線の役割を果たし、うまく行けば一斉に発火します。しかし何度もいうように、それにはあなたのミッションの成功が条件なのです」

 キタニ中尉はそういってルナを見つめた。中尉の真剣な眼差しに、ルナは身を引き締めた。

「時間がない。さっそく作戦会議を始めよう」といって、カズは三人を会議室に案内する。

 

 会議室には五○人ほどが座れる大きなテーブルがあって、三人は主賓の位置、その周りにカズと敵国の兵士が座り、ほかの席は早い者順といった具合で、座れなかった五○人は壁際に立った。微笑みの国では、戦闘隊員の中にも上下関係はないのだ。

「それでは、さっそく作戦会議を始めます。怒りの国が仕掛けた侵略戦争のさなか、我々の同志は、ある重要な使命をもって隣の宇宙に向かったわけですが、あちらの人類、すなわち我々のアバターである人々の中から、三人のキーパーソンを連れて帰還しました」

 カズがいうと、エリナが口を挟んだ。

「正確にいいますと、主役はルナで、ユウと私はルナをサポートします」

 それに続いてユウが口を開いた。

「我々はいま、三人の地球人の精神を合体してここにいます。その三人の肉体は地球にいて催眠状態にあり、夢という現象形態を借りてここに来ているわけです。つまり、現在進行中の事象はすべて、彼らの記憶としてしっかり蓄積されますが、それ以前の事象は記憶の蓄積がなされていませんから、とうぜん説明が必要になります。いささか手間取りますが、そこらへんからご説明お願いいたします」

「もちろん心得ています。したがって、最初に地球人の方々にこの宇宙、この星、そしてわが国の現状を紹介するコマーシャル映像を見ていただくことにいたしましょう」

 

 照明が消され、三人の正面奥の壁に鮮明な映像が浮かび上がった。最初は宇宙物理学的な難しい解説から始まった。地球とそれが含まれる宇宙のすぐ隣に、その宇宙の反物質から構成される瓜二つの別の宇宙があって、二つの宇宙は互いに鏡に映る状態になっているから、宇宙の形態はもちろん、地球の形態も、日本という地形もルナという人物も左右が反対であるということ。しかしビッグバンのときの衝撃で、反物質の多くは粉々にわかれてそれぞれ個別の宇宙を形成するといった分散状態にあり、こちらの宇宙はあちらの宇宙の部分的な再現に過ぎないこと。しかし、そのアバター的宇宙は、互いにパンの両面のように近接の位置に存在して、ワームホールを介して行き来が可能であること。しかし両宇宙の間の時間と空間の揺らぎが影響して、こちらの宇宙はあちらより前後半年以内の時間的なズレが生じてしまっているということ、等々。つまり、こちらでルナが死んだ場合、あちらのルナは半年前に死んでいるか半年後に死ぬかは分からないが、死ぬことは約束されてしまうということだった。

 そのあとはいよいよ、反物質で構成されたアバター地球の紹介に入ったが、グローバルに民族主義運動が高まり、各地で戦争が勃発して我が微笑の国は怒りの国に占領されてしまったというわけで、戦闘により一般市民を含めた多くの人たちが死亡しているのだから、微笑みの国のアバターである日本国においても六カ月以内に何かしらの惨事が起きることは確かだと予測する。しかし、それで済むという話でもなかった。現実的に微笑みの国は怒りの国の占領下にあって、国民が強制収容所に入れられて殺戮が始まれば、何らかの形で日本でも同じ惨状が起こることを意味していると説明が続く。そして映像は一人の静止画像を映し出した。まだ二○代前半の若者だったが、ルナの心のどこかでアッと驚きの声が上がり、そのまま声帯を擦るようなキャッという悲鳴になって飛び出した。

「そうです。これが怒りの国の独裁者です。こいつが独裁政治を行い、平和を乱し、戦争を起こしている元凶です。こいつのおかげで微笑みの国は占領され、蹂躙されたのです。我々は怒りの国を民主国家に転換させようと、クーデターを企てているのですが、この独裁者に近づく手立てすらありません。こいつの権威は大きいものですから、まずはこいつを暗殺してからでないと、クーデターは成功しないでしょう」とキタニ中尉。

「で、彼の名は?」

 大方知っているはずのルナは、念を押すようにキタニ中尉にたずねた。

「恐怖の大統領、レンです」

「つまり、あちらの宇宙では、そのアバターと私は結婚しているということですね」

「そうです。これで、あなたのミッションは理解されたはずです」

「つまり、私は地球に戻り、私の夫を殺害すればいいということですね」

「もし、地球人たるあなたが了解すればの話ですがね。つまり、あなたが地球に行って、合体している精神を分離して地球人に戻ったときのあなたの決断と行動――」とカズが口を挟んだ。

「ぜひとも了解していただきたいものです。あなたの決断が、微笑みの国のみならず、日本国の運命をも決定すると考えたら?」

 キタニ中尉はそういって、懇願するような眼差しをルナに向けた。ルナはしばらくキタニ中尉を見つめ返していたが、キタニの視線に負けたように目を逸らし、「ここでは返事ができないでしょう」と弱音を吐いた。

「どうしてです?」

「二人の私が合体している状態では、返事ができないということです」

「それはそうだ。すくなくともこちらにいる状況では、地球のルナはあくまで観客に過ぎない。彼女はいま、夢を見ている状況なんだ。覚醒していない彼女に、殺人という重大な決意をここで迫るのは荷が重過ぎる」とユウ。

「しかし、地球人のルナさんに承諾を得るというのんびりした状況でないことも確かだ。我々としては実行してもらわなければならんのだ。ミッションとはそういうものさ。我々は、地球人のルナさんに命令する立場にある。あなたは、地球に帰ったあと、ご亭主を殺害しなければならない。なぜなら、独裁者である彼のアバターによって、微笑みの国も日本国も滅びつつあるからだ。あなたの夫が死ぬことによって、独裁者も半年以内に死ぬことになる。なぜなら、陽に照らされれば影ができるように、陰の欠けた陽も、陽の欠けた陰も存在しえないからだ。ここで、帰還した三人がそれぞれ連れてきた地球人の精神に、地球における任務を完遂させるべく、薬液注入も含めた洗脳教育プログラムの実行を提案します」

 キタニ中尉が演説を打つと、歳を取った議長風の男が、「それでは挙手を願います。洗脳教育プログラムの実施に賛成の方は手を上げてください」と続け、三人を除く全員が手を上げた。微笑みの国では、すべての行動が多数決で決まるのである。

 

(つづく)

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

響月 光のファンタジー小説発売中
「マリリンピッグ」(幻冬舎
定価(本体一一○○円+税)
電子書籍も発売中

 

#小説
#詩
#哲学
#ファンタジー
#SF
#文学
#思想
#エッセー
#エレジー
#文芸評論
#戯曲
#ミステリー
#喜劇
#スリラー