詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

抱腹絶倒悲劇「第三次世界大戦はこうして始まった」(全文)& 詩

悪疫

 

津々浦々の街角で

死神がお前の目の前を横切り

笑いながらウィンクして

カウンターをカチャリと押し

腐った肺腑を振り絞って

汚れた吐息を吹きかける

「時短」という名のナノチューブ

お前の顔に降りかかり

お前は悪びれもせず貪欲に

パクリと飲み込んでしまう

嗚呼、ドジを踏みやがって!

 

いままで多くの命を貪り食った汚れた口よ

不覚にもお前が取り込んだのは

病原菌やウイルスというよりは

様々な長さの時間に過ぎないだろう

人の時を操るのは死神で

隠し玉はいろんな残余時間

そいつに言わせれば、人はみんな死刑囚さ

 

お前の体内時計は加速度的に早くなり

皮膚にはたちまち皺が寄り

艶々の臓腑は一瞬にして黒くなる

世の中では、ただそれだけの話だ

ご近所様から見ても、ただそれだけ…

運悪く、人よりも早く時間切れになった

それは運命といえるかもしれないが

時空の流れの一部に過ぎないだろう

死神は多忙すぎて、ひどく事務的

だから数値で実績を示し、世間に報告する

人々も自分に多忙すぎて、ひどく冷淡

お疲れ様の魂は、棒グラフに投げ込まれ

世間様はそいつを見ながら一喜一憂

今日は下がった、今日は上がった

神様も他人様も

一人ひとりに構ってなんぞいられないさ

 

嗚呼、救われない魂に黙祷……

救われなかった魂にも黙祷……

 

 

抱腹絶倒悲劇「第三次世界大戦はこうして始まった」(全文)

 

 

一 先進国闇首脳会議会場

  (全員アロハシャツ、ムームー姿)

 

議長 さて、各国裏首脳の皆さんご承知のとおり、人類は気候温暖化対策として、最後の手段を取らなければならない事態です。先日国連裏事務局が提示しました人類絶滅を回避する最終案につきまして、賛成の方は賛成ボタンを、反対の方は反対ボタンを押してください。

 

(九カ国の中で、中国、ロシアが反対、日本は棄権)

 

おやおや、反対の方が二人、棄権の方が一人おりますけれど、結果的には賛成多数で本案は可決されました。次に消滅する国の順番ですけれど、反対票の国が一回目、二回目、棄権の国が三回目ということについて、可否の投票を行います。

ロシア・中国・日本 ちょっと待った!

ロシア そんな話、聞いておらんぜ。

中国 罠じゃないか!

日本 私は賛成に入れたんですが、おかしいですね。

議長 じゃあジャパンさん、もう一度ボタンを押してください。

 

 (日本がボタンを押すと、反対票が一つ増える)

 

日本 あっ、すいません。押し間違えました。

議長 反対ですね、もう修正は利きませんから。

日本 賛成に入れようとして間違ったんですよ。

議長 しかし修正はできません。後出しジャンケンになっちまう。あなたを認めると、ロシアも中国も同じことを言い出すんですから。

日本 でも、間違いは間違いですから、なんとかお願いしますよ。

議長 ダメです。あなた、交通事故のことを考えてください。一瞬の気の緩みで人生をダメにしちまうんだ。それが、この世の中なんです。

日本 せめて多数決を取ってくださいよ。

アメリカ ここは戦いの場ですよ。相手のミスを突っつくのが勝利のセオリーです。

日本 私は友好国の良心に訴えているんです。

議長 分かりました。みなさん、日本の票を賛成に変えていいと思う方は賛成、変えてはいけないと思う方は反対に投じてください。

 

(日本を除く全員が反対票を投じる)

 

結果が出ました。日本の主張を却下します。次に、日本、ロシア、中国が反対ですので、この三カ国が攻撃の対象となることの可否をご投票ください。

 

(日本、中国、ロシアの反対票以外は賛成票)

 

当案は可決されました。なお、攻撃の順番は明後日開かれる次の会議での投票となります。なお、二回目以降の攻撃の可否は、一回目の攻撃でも温暖化が防げなかった場合に限られます。それでは本会議を終了いたします。

ロシア ちょっと待てよ。反対すれば吊るし上げかよ!

中国 なんかこの会議、おかしくない?

日本 アメリカさん、同盟国でしょ、助けてくださいよ!

 

アメリカはアカンベーして、三国を残し全員が退席)

 

 

(三国代表は、椅子に座ったまま会話を始める)

 

ロシア やばいことになっちまった。

中国 ターゲットが一国に絞られれば、核ミサイルの集中攻撃が始まる。一瞬にして消滅だ。

日本 しかし、日本の人口はたかが一億人ちょい。九十億の世界人口に比べればカスのようなものです。

ロシア ロシアだって一臆五千万人にも満たない。ということは、最初は人口十五億の中国かな。

中国 あほな。温暖化防止なんだから、考慮すべきは人の数じゃなくて、CO2の排出量だろ。

日本 アハハ、墓穴を掘りましたな。人口もCO2も、ナンバーワンはあなた、中国じゃありませんか。

中国 そこで提案ですが、中露日三国同盟を結んで専制攻撃を仕掛けるってのは?

日本 全世界を相手に? 

ロシア 勝てるわけない。

中国 ……そうか、一人でなんとかする以外ないな。

ロシア ちょちょっと待った、その独り言。またまた、お得意の買収工作?

中国 十五億の人命がかかってんだ。何をやろうと勝手だろ。

日本 まあまあまあ、確かにお宅はお金持だ。金の延べ棒を振り回されたんじゃ、こちとら勝ち目はない。(ニタリとして)しかし、あなたは利口な方だ。いったいあなたは、家族や一族と、中国人民のどちらが大事だと思っていらっしゃる?

中国 おっしゃる意味が分からないな。

ロシア おんなじ国民でも、家族以外は赤の他人だと言いたいんですよ。

中国 だからなんなの。

日本 このハワイというリゾート地で、あなたは気が緩み、中国政府から託された任務のごく一部を、うっかり忘れてしまった。

ロシア いやあなたは老子や荘氏の子孫として、正しい「道」の思想を選択したのだ。あなたは買収行為などという恥ずべき行いを決してしない人格者だ。

中国 そう、私は老荘思想を愛読しております。

日本 ああ、それでだ。正しい道の教えが心の片隅にあって、運悪く悪魔どもの集会に出てしまった。しかし心のきれいなあなたは、フロイト先生の教えのとおり、意外な行動を取ってしまったのだ。

ロシア しかもあなたは大酒飲みで、大事なロビー活動を行わずにホテルの部屋でいびきを掻いていた。それどころか、大事な次の会議も欠席してしまった。

中国 そうか、私は仕事を忘れて寝坊しちまった。しかし、私の二人の随伴者は、すぐに政府に報告するだろう。

日本 そりゃありえない、ナンセンスだ。あなたと同じ大酒飲みの部下二人は、あなたと同じに起き上がれなかった。

ロシア そりゃそうだ。あなたは奴等のビールに睡眠薬を仕込んでおいた。

日本 あなたと部下は、この重大なミスを、自国の政府に報告できなかった。そして、この秘密会議にはあなたのミスをリークするマスコミもいなかった。

ロシア あなたのミスは歴史に残ることもなかったのだ。

中国 (頭を抱え)嗚呼、私の馬鹿げたミスのために、十五億の国民が犠牲になるなんて……。

日本 ところがこれはミスではない。あなたは買収という不正行為を行わなかっただけの話だ。これは正義の行動だった。

ロシア しかも驚いたことに、次の会議の前日に、あなたの銀行口座に一億ドルもの大金が振り込まれていたのだ。

日本 それはきっと、あなたの正義に対する神からの報酬だ。

中国 ああ私はなんて正義感の強い人間なのだろう。(胸から紙切れを二枚出して)これがケイマン諸島私の秘密銀行口座です。

日本・ロシア (紙を受け取り、平身低頭で)いただきました。

日本 さっそく老子様にお電話いたします。

 

三 会議後の一回目秘密立食パーティー会場(コンパニオン無し)

 

(議長、フランス、アメリカ、ドイツ、イギリス代表が五人、カナダ、イタリア、ロシア、日本代表が四人、それぞれ輪を作って談笑している)

 

フランス しかし、この温暖化防止システムを考え付いたスパコンはすごい。

アメリカ 第三次世界大戦が始まるのは時間の問題でしたからね。

ドイツ その簡単な回避方法が村八分という古典的な手段。

イギリス どれか一国を徹底的にぶちのめす。

議長 水と食糧の無くなった難破船のようなものだ。一人ひとり海に投げ出されていく。まさにトリアージ

フランス そいつは大体、目障りな奴だ。

議長 この会議で言えば、反対票を投じたアホな奴らですかな。

ドイツ どうです議長。あの三カ国を反対票にさせたのは、あなたの裏工作だったんでしょ?

議長 シナリオを組み立てたのは開催国のアメリカさんですよ。私の国はアフリカの弱小国だから、潰されたからといって環境に何の影響も与えない。

アメリカ そう、私は中国、ロシア、日本を名指しで指名したわけですわ。

議長 私はアメリカさんの言うとおり、その三カ国には頼まなかった。賛成に投じろとは言わなかったんだ。

フランス あとの国々は、議長から賛成票の依頼があったわけですね。

議長 そう、賛成国は、危機を回避できるとね。

アメリカ そして三カ国には何と言ったんですか。

議長 (笑いながら)あなたの指図どおり、どうやらアメリカは賛成票を投じるだろうと囁いたのです。

ドイツ すると、いつもアメリカに反対する中国、ロシアは反対票を投じたわけだ。

アメリカ (はしゃぎながら)引っ掛かった、引っ掛かった!

イギリス しかし日本は?

議長 日本はアメリカに従う。だが、アメリカは極東を守る防衛予算を削減したかった。

アメリカ それで、投票システムをいじくったってわけだわ。

フランス・ドイツ・イギリス・議長 (はしゃいで)イカサマだ、イカサマだ!

議長 たちどころに、標的が三つ出来てしまった。

アメリカ・フランス・ドイツ・イギリス・議長 (はしゃいで)成功だ、成功だ!

 

(議長はアメリカに手を差し出す)

 

アメリカ なんですかその手は。

議長 協力資金。

アメリカ ああ、忘れていたわ。でも、助かった国はアメリカだけじゃない。少なくとも裏工作を知ったこのグループで均等に払うべきです。

フランス・ドイツ・イギリス エーッ! 幾ら。

議長 お約束のお金は、締めて四千万ドルです。

フランス・ドイツ・イギリス エーッ! 一人一千万ドル。タカーイ。

議長 じゃあ、会議をリセットしましょうか?

フランス・ドイツ・イギリス 分かった、払うよ。

議長 (胸から紙切れを四枚出して)これがケイマン諸島私の秘密銀行口座です。

 

 (議長はアメリカのグループを離れ、日本のいるグループに移動)

 

日本 議長、いやあ、まいりましたよ。我々三カ国がババを引くなんて。

議長 中国さんは?

ロシア 腹でもこわしたんでしょう。国には帰れませんからな。

イタリア あなただって、帰れんでしょ。

ロシア どこか亡命先はありませんかね。

カナダ 我が国は拒否いたします。

イタリア わが国も拒否だ。なにかと面倒くさい。

議長 そんなことを言ってはいけません。私がこのパーティーを開いたのは、ババを引いた三カ国がロビー活動をするための場を提供したかったからです。なんたって、第一候補は確実にやられるのです。その結果が良ければ、第二候補は生き延びられる。仮に第二候補もやられたとして、その結果が良ければ、第三候補は命拾いし、この悪法自体も消滅するのです。ラッキーなことに、ここには中国代表がいない、……ということは?

カナダ よほどの怠け者か、酷い下痢だ。

イタリア (ロシアを見て)誰かが下剤を仕込んだか、あるいは暗殺した。

ロシア そんなことはしません。

日本 私も。

議長 じゃあ怠け者だ。で、今度の投票には私も一票を投じる権利があります。

ロシア といいますと、私は七カ国相手に金をばら撒く必要がある。これは大変だ。

日本 しかし、ロシアさんと私がタイアップするのであれば、半分ずつの負担ということになる。

イタリア ことはそんな単純なものでもないんですな。私が昨日首相に伝えたところ、ある国を潰せとのご返事。

ロシア その国の名は?

イタリア それは言えません。

日本 仲のいい中国以外でしょ?

イタリア さあね。

カナダ もちろんわが国も、外交戦略上のチョイスとなりますな。

議長 しかし皆さん、次の投票では、誰が誰を選んだかは私以外には分からない、ということは、イタリアの首相も分からないことになる。

イタリア 何をおっしゃりたい?

議長 あなたはマキャベリの国じゃありませんか。あなたがずる賢く振舞うのは当たり前でしょ?

カナダ なるほど、政府には命令どおり投票したと言っておいて、第一候補は中国に投票する。そして日露からたんまり個人資金を調達する。私は一千万ドル、両国合わせ計二千万ドルでけっこうです。

イタリア それでは私も両国で二千万ドルにしましょう。

カナダ・イタリア これがケイマン諸島の私の銀行口座です。(メモを日本とロシアに渡す)

議長 ようし、第一ターゲットは中国だ! そして私には、口止め料が入るというわけですな。私も二千万ドルでけっこうですよ。これがケイマン諸島の私の銀行口座です。(メモを日本とロシアに渡し)当然ですが、会議の前日に振り込んでくださいね。さあ、あちらのグループで、同じロビー活動をいたしましょう。(議長は日露を引き連れて、アメリカのグループに戻る)

 

四 ワイキキビーチ

 

 (マタハレが水着姿で出店のデッキチェアに座っている。そこに中国代表が通り過ぎ、メモを落としていく。ソルケは離れた所でそれを見ている)

 

ソルケ (他人を装って紙を拾い、黙読してからマタハレに渡し、側のデッキチェアに座る)ハハハッ!

マタハレ (紙をライターで燃やしてから)失敗したら当然報酬は出ない。でも、俺の彼女になれば、お金に困ることはない、だって……。

ソルケ 君は僕とあいつのどっちを取る?

マタハレ 私、お金にしか興味がないの。それに、私の辞書に「失敗」なんて言葉はないわ。

ソルケ それは認めよう。しかしその場合、二重スパイの僕は大金持ちになった君の紐に成り下がる。だから、君が失敗したときのことを想像しようじゃないか。

マタハレ 面白いわ。私がボスと、このハワイで挙式を上げるところから?

ソルケ いいや、その前に僕がやることさ。

マタハレ 分かった。あなたは中国にいるボスの奥さんを暗殺するのね。

ソルケ そう。君とボスが結婚できるようにお膳立てしてやるのさ。

マタハレ それで私はボスと無事に結婚したとして……。

ソルケ あとは僕が中央政府から与えられた任務を実行するだけさ。

マタハレ 当然ボスは、ターゲットは日本になったって、嘘を政府に伝える。

ソルケ 君はすぐに結婚しなければならない。

マタハレ あなたはボスを暗殺して、政府にターゲットは中国だとばらすのね。

ソルケ バカな。そんなことをしたら、このビーチにもミサイルが飛んでくるぞ。

マタハレ そうね。あなたはボスを暗殺して、政府には何も言わない。

ソルケ そうじゃない。僕の与えられた任務は、成功、不成功にかかわらず、ボスを暗殺しろということ。

マタハレ 口封じね。

ソルケ こんな世界会議があることが人民にバレたら、血の気の多い連中は何をやらかすか分からないからな。

マタハレ ボスが私を雇った話は?

ソルケ 僕しか知らない。(笑って)工作資金に明細書は必要ないからね。

マタハレ 安心。あなたさえ手玉に取れば、暗殺されることもない。(二人は笑う)

ソルケ ほら、ターゲットがやって来た。それじゃあ、成功を祈るぜ。(マタハレとキスし、百ドル札をわざと落として男は去る)

 

(議長は通りすがりに百ドル札を拾い、マタハレに渡さずにアロハシャツの胸ポケットに入れる)

 

マタハレ ちょっと小父さん。それは私のお金よ。テーブルに置いておいたのが風で飛ばされたの。

議長 しかし君、君のお金だという証拠はあるのかね? 私は警察に届けようと思ったんだ。

マタハレ でも私は、百ドルぐらいで警察には行かないわよ。

議長 じゃあ、結果として僕のものになって、一件落着だ。

マタハレ 小父さん、面白いわね。横に座ってお話ししましょうよ。

議長 (百ドル札をテーブルに置いて)この席には彼氏がいたんじゃないの?

マタハレ 三十分前までね。でも別れたの。

議長 それじゃあ、いま君はフリーだ。

マタハレ でも、すぐに男はやって来るから大丈夫。

議長 僕のように?

マタハレ お父さんが男だと言える理由は?

議長 金さ。僕は大金持ちなんだ。

マタハレ お金を見つけたときの目つきで分かったわ。

議長 お金は美人の次に好きなんだ。

マタハレ あら、私と違うわね。私、イケメンはお金持ちの次に好きなの。

議長 私を気に入ってくれたら、そんな趣味の違いはたちまち解消だ。さあ、腕を組んで、ワイキキビーチを歩こう。

 

 (マタハレと、議長はお金をテーブルに置いたまま、腕を組んで立ち去る。出店のボーイがその金を胸ポケットにねじ込み、グラスを片付ける)

 

 

五 夜の秘密立食パーティー会場 アメリカ主催、ロボットコンパニオン有り)

 

(中国代表と議長を除く各国代表が集まり、八台のロボットコンパニオンを交えて昼間っぱらから楽しく酒を飲んでいる。八台のうち二台は、二重スパイのソルケとロシアスパイのオチューシャ)

 

コンパニオン (談笑している日本とロシアに近寄り、シャンパングラスを高く掲げて)さあ皆さん。新しい世界秩序の始まりを祝して乾杯いたしましょう。(一同全員乾杯)

アメリカ さて今日は、議長と中国を除け者にした各国の代表にお集まりいただき、前祝をしちゃおうということになりました。会場にはアメリカの技術の粋を集めたロボットコンパニオンが参加し、パーティーを盛り上げます。もちろん、ロボットですから、会議の内容が外部に漏れることはありません。始めに、最初のターゲットを免れた日本とロシアから、喜びの言葉を一言。

日本 皆さんのご協力のおかげで、私自身も命拾いしたと感謝しています。

ロシア 私もようやく安心できて、昨晩はぐっすりと眠ることができました。(全員拍手)

アメリカ 明後日の秘密会議は形だけのものです。中国さえ消滅すれば、二回目、三回目のターゲットは考慮する必要はありません。これで、地球環境は大きく改善し、第三次世界大戦の危機は回避することができました。当然、私たちの関心事はXデー後の話に移行せざるをえません。

コンパニオン それでは皆さん、会場の壁に中国の地図が大きく映し出されました。Xデー後の広大な台地は、いったいどのような形で再生するのでしょうか。皆さん、お酒を飲みながら、お気軽にお話しください。(全員拍手)

日本 (酒を飲みながら)当然、第二次世界大戦以前の権益は確保したいですな。

ロシア (酒を飲みながら)しかし満州などはもともとロシアの土地だったのが、日本に奪われたんだ。

イギリス (酒を飲みながら)バカバカしい。あんた方は命拾いしただけでも感謝すべきなのに、大昔の利権を持ち出すなんて、狂っている。日本が満州を占領できたのも、わが国が支援したからじゃないか。あすこは、元々中国の土地だったんよ。

日本 (イギリスに)ハッハッハッ! 無理やり書かせた契約書を振りかざして、百年も香港を支配してきたのはどこの国で?

カナダ (二人に割って入り)まあまあまあ、カナダなんざ最初から権益などありゃしない。乾杯、乾杯! (一同、乾杯)

フランス (酒を飲みながら)大体、ロシアを含めた先進七カ国が分割統治できなかったのは、互いにけん制しあって、総すくみになっちまったからだ。過去の経験から学んで、こんどはすっきり分け合えばいいじゃないの。

イタリア (酒を飲みながら)ダメだダメだ。みなさん不謹慎この上ない。大体、集中攻撃の目的を忘れていらっしゃる。中国の広大な国土を分割したら、各国が勝手なことをやり始める。またまた工場を建てたりして、結局はCO2を吐き出すようになり、世界は第二の生贄を求めることになる。(日本とロシアを指差し)日本とロシア、あなた方ですよ!

ロシア (驚いて)ヒョートル!

日本 (驚いて)ヤダーッ! お嫁に行けなくなるーッ!

カナダ イタリアさん、それは言えてる。分割したら必ず不公平が出て、喧嘩だ。焦土と化した中国は、酸素の供給源にならなければいけないんだ。

ドイツ (酔っ払って)放射能の供給源でもあーる。(全員笑う)

フランス (酔っ払って)CO2の出る重工業地帯を造ってはダメ。砂漠化させてもダメ。積極的に植林し、地球環境に寄与すべきだ。耕作地を作るのはいいだろう。私のアイデアでは、中国全土を世界の自然公園にして、各国は観光収入を得てはどうだろう。ドイツ村、フランス村って感じかな。トータルな管理はもちろん国連。その利益は、世界各地の恵まれない子供たちにプレゼントする。

コンパニオンたち (拍手し)国連バンザイ! ヒューマニズムバンザイ!

アメリカ みなさん、それぞれのアイデアはXデーの後にして、もう一度乾杯! あとはコンパニオンを交えて、楽しくいきましょうね。

 

(ボーイが各自にシャンパンを配り、アメリカの音頭で乾杯。その後は料理をつまみながらの談笑となる)

 

日本 アメリカに近寄り)ようやくケチな政府を説得しまして、米軍の駐留費倍額負担、すなわち五千二百億円を支払うことに了承いたしました。

アメリカ 日本政府のやることはのろいわ。昨日知っていれば、ターゲット候補にならなかった可能性もあったのに。

日本 いえいえ、まだ間に合いますよ。第三ターゲットになりさえすれば、仮に攻撃されたとしても十年以上後の話だ。その頃は私もリタイヤしていて、ここに住んでいるから、知ったこっちゃない。

アメリカ 第一ターゲットはすでに中国と決まっている。ということは、ロシアを第二ターゲットにしなければいけません。

日本 日本政府には五千二百五十億円と言ってあります。

アメリカ 余分な五十億円は?

日本 顔の広いアメリカさん頼りということでして……。

アメリカ なーるほど、やっぱ日本は賢い国だわ。(胸から紙を出し)これがケイマン諸島の私の口座です。

日本 昨日いただいております。

アメリカ アッ、そうでしたね。(紙を胸に戻す)

 

 (日本が去ると、ロシアがやって来る)

 

ロシア で、日本は幾らということでしたかな?

アメリカ けち臭い国だわ。たった百億円。

ロシア それならお約束どおり、二百億円をドル建てで。

アメリカ 明日振り込めます?

ロシア 任せてください。(去る)

 

 (オチューシャがシャンパングラスを二つ持って、日本に近寄る。スポットライトが二人に当たる)

 

オチューシャ 日本に乾杯!

日本 (空のグラスをテーブルに置き、彼女のグラスを手にして)美人に乾杯! 君はロボット?

オチューシャ さあ、ロボットかも知れないし、血の通った人間かも知れないわ。

日本 ロボットだとしたら、アメリカの技術に乾杯だ。(グラスのシャンパンを飲み切る)

オチューシャ アメリカ代表のおばさんは知らないけれど、私はホワイトハウスから直接送り込まれた日本専属コンパニオンよ。あなたのおかげで、大統領は再選確実になったのに、そんな日本をターゲットにしてしまったのは、彼女の失態だった。彼女はクビになって次の会議には出ないわ。後任が明日来るの。

日本 さすがホワイトハウス。駐留費倍額の話がもう伝わっている。

オチューシャ 大統領はすでに後任に命令したわ。中国の次はロシアだって。

日本 (独り言で)ということは、金を払う必要はなくなったか……。(オチューシャに)それはよかった。これで日本も救われた。(独り言で)浮いた金は、とりあえずケイマン諸島の僕の口座に入れとくか……。

オチューシャ ムームーの胸の内側から手紙を出し)これは大統領から日本の総理大臣に宛てた秘密の親書。お詫びと感謝がつづられているわ。

日本 ありがとう。必ず総理に渡します。

オチューシャ で、今晩の予定は?

日本 二人の部下と前祝。

オチューシャ 私も参加できるかしら。

日本 もちろん。そういえば、部下は部下だけでどこかへ行きたがっていたな……。

オチューシャ 上司と一緒にお酒を飲むのは嫌でしょ。私たちにとっても……。

日本 そうだね。君と二人で酒を飲みたいな。

 

(スポットライトがアメリカとソルケに当てられる。二人は乾杯する)

 

アメリカ あなたが私のお相手をするロボットね。

ソルケ またまたまた。僕がロボットだと思う?

アメリカ そう、私はロボットコンパニオンを見て、憤慨したの。人間そっくりなんて、嘘じゃない!

ソルケ で、部下が君のご機嫌を取るため、すべて人間に入れ替えたってわけ。

アメリカ そりゃ問題だわ。スパイが紛れ込んでいるかも知れない。

ソルケ 君の部下は大馬鹿者だ。

アメリカ きっと、どこかの国に買収されたのよ。

ソルケ で、僕がその国のスパイだったら?

アメリカ 大事になるわ。

ソルケ でも君は賢い女性だ。君が騒ぎ立てれば、この秘密会議も公になる。

アメリカ それはもっと大事ね。(独り言で)私の儲けも無くなっちまう……。

ソルケ それで君は考えた。すでにアメリカが攻撃を受けることはなくなった。この会議が公になったら、また振り出しに戻っちまう。

アメリカ それは絶対に避けなければいけないわ。

ソルケ で、君は僕がロボットだと信じることにした。

アメリカ なんてハンサムなロボットちゃんでしょう。

ソルケ なんて素敵なオバチャマでしょう。僕がロシアのスパイだなんて。

アメリカ 金輪際、思いません。

ソルケ じゃあ今夜はどこで逢いましょう。

アメリカ (ホテルの鍵を渡し)私の部屋で。

 

(ソルケが鍵を受け取ると会場全体が明るくなり、和気藹々とした雰囲気の中でパーティーは盛り上がって幕)

 

六 それぞれの寝室

 

(舞台上に寝室が三つ、ダブルベッドが三つ。各々の後ろにはドア。それぞれのベッドには下手側から日本とオチューシャ、議長とマタハレ、アメリカとソルケが乳繰れ合っている)

 

(議長とマタハレに照明)

議長 君のような素敵な女性は初めて出会ったよ。

マタハレ 私も、あなたのような素敵な小父様、初めてよ。

議長 しかし不思議なことに、初めてという気がしない。

マタハレ 私も。きっと夢の中で出逢っていたのね。

議長 そうさ、それさ。君は理想の人なんだ。

マタハレ(薬瓶を渡し)じゃあこれを飲んで、もう一度天国に行かせて。

議長 バイアグラだね。さっき飲んだが、また飲んでも大丈夫かなあ。

マタハレ 薬なしで頑張れるんなら、それでもいいわ。

議長 ええい、死ねばもろともだ!(一瓶飲んで、果敢に挑戦)

マタハレ ワッ、死ね死ね!

 

 

(日本とオチューシャに照明)

日本 やっぱ君は、ロボットじゃなかった。

オチューシャ でもあなたはロボットみたいに、心を開いてくれないわ。

日本 僕が心を開いていないだって?

オチューシャ だって、私がこんなに愛しているのに、あなたって、たった一晩の遊び。

日本 そんなことないよ。僕は君を愛しちまった。

オチューシャ じゃあ、奥様と私とどっちが好き?

日本 もちろん君さ。

オチューシャ なら奥様と別れて私と結婚する。

日本 (戸惑って)いいけど、その前に君のことを知りたいな。君はアメリカ人?

オチューシャ ロシア系アメリカ人よ。ロシアには両親も親戚も住んでいるの。あなたと結婚したら、アメリカに両親を呼び寄せようと思うの。だって、中国の次はロシアだもの。お望みなら日本に住んでもいいわ。

日本 日本が第三ターゲットになれば、それもありだな。(舞台は暗くなり、スポットライトが日本に当たりモノローグ)しかし女房と別れるにも金が要るな。この歳で、こんな美人と結婚できるなんて最後のチャンスかも知れんぞ。金は明日入るはずだ。しかし、女房に金を払わない方法もあるな。日本が第一ターゲットになれば、女房は死んでくれる。嗚呼なんてことを……。俺は日本の役人じゃないか。(スポットライトが消え、舞台は明るくなり)本当に僕が好きなのかい?

オチューシャ ええ、もう別れられない。

日本 嗚呼僕もだ。君なしには生きていけない!

オチューシャ ずうっと一緒、死ぬまで一緒よ!

 

(日本がオチューシャに抱きつくと、彼女はウンザリして舌を出す)

 

アメリカとソルケに照明)

アメリカ 逞しい胸。こんな胸に埋もれて、思いっきり泣いてみたいわ。

ソルケ ナイスバディは君のほうだ。

アメリカ あなたがスパイでなかったら、私たち上手くいったかもね。

ソルケ 僕がスパイだから、君は上手くいくんだ。

アメリカ どういう理由で?

ソルケ 君は僕からお金をせびることができるからさ。

アメリカ そのためには?

ソルケ 君はロシアのために働かなければならない。

アメリカ どうすればいいの?

ソルケ 攻撃の順番を変えるだけさ。中国、日本、ロシアの順がベストだ。

アメリカ ロシアは第三ターゲットね。投票マシンをいじくるわ。

ソルケ 金額は……。

アメリカ 明日言うわ。いまは楽しみたいだけ。

 

(二人は再び愛し合う)

 

(議長とマタハレに照明)

議長 嗚呼、もう君とは離れられない。

マタハレ 結婚して!

議長 すぐに女房と別れて結婚だ。

マタハレ でも条件があるわ。私たち結婚したら、中国で暮らすの。

議長 エッ、なんで? 

マタハレ だって、実家のお母さんを一人にさせるわけにはいかないもの。

議長 お母さんをハワイに呼んで、ここで暮らそう。

マタハレ 無理無理、ママは病弱だし、こっちには上手な針の先生がいないもの。

議長 (スポットライトが当たり、モノローグ)しかしわが国の大統領は、中国から借りたばく大な借金を帳消しにするため、中国を亡き者にしろとのご命令だ。中国が滅びなければ、わが国は破綻する……。

マタハレ (媚びて)ねえ、中国で暮らしましょ。

議長 じゃないと?

マタハレ 結婚できないわ。今日でお別れね。

議長 (スポットライトが当たり、モノローグ)嗚呼、この愛国者に祖国を裏切れだと? しかし、こんな美人が俺を愛しているんだ。金はしこたま入るし、若い美人妻と人生をやり直す手もあるな……。

マタハレ ねえ、中国で暮らしましょ。

議長 ああ、でも本当にこんなジジイと結婚したいの?

マタハレ 私、お金のある素敵な小父様にメロメロなの。早く奥様と別れて。

議長 分かった。中国で暮らそう。(モノローグ)さっそくアメリカに相談して、投票マシンに手を加えてもらうんだ。第一ターゲットはロシアだ。

(二人は再び愛し合う)

 

(日本とオチューシャに照明)

オチューシャ もうあなたは、私のことしか考えなければいけないわ。

日本 君のこと?

オチューシャ そう、私のこと。私がロシア人だってこと。私にはロシアに両親も親戚もいるってこと。

日本 つまり、日本が第二ターゲットにならなければいけないってこと?

オチューシャ いいえ、そんなことは言っていないわ。あなたはロシアを第二ターゲットにしたことに関わってはいけないの。

日本 つまり?

オチューシャ あなたは、明日の会議を欠席するの。私とここにいるの。

日本 部下たちには?

オチューシャ 先に行ってくれと言えばいいわ。あなたが欠席すれば、私も納得する。親戚にも言い訳が立つわ。

日本 分かった……。そうするよ。

オチューシャ 私たち、夫婦ですものね。

(二人は再び愛し合う。すると突然非常ベル)

 

アナウンス 火事です、火事です! 避難してください。

 

(裸の三組はシーツやタオルケットを纏い、慌ててドアから飛び出していく)

 

アナウンス 誤報です。火事ではありません。みなさま、お部屋にお戻りください。(突然電気が消え)停電です、停電です! ロビーが混乱し、けが人も出ております。至急お部屋に階段でお戻りください。(裸の宿泊客で混乱する薄暗いロビーの映像が映し出される)

 

(薄暗い非常用照明の下で、視力が弱った熟年者たちの一部は部屋を間違えて入室する)

 

議長 (テントを張ったまま、ハアハア言いながら自分の部屋に戻り)ふざけんなって! 三十階も登るなんて、キリマンジャロよりも大変だぜ。(ベッドに戻る)

アメリカ (ハアハア言いながら間違って議長の部屋に入ってベッドに滑り込み)さあ、続き続き! 

議長 エッ、まだやるの?(二人は絡み合う)

 

(マタハレは議長の部屋を覗いてから、しめしめとアメリカの部屋に入り、ベッドに滑り込む。後からソルケが入ってきて絡み合う)

 

マタハレ すごいわ! アメリカさんは、部屋をお間違え。

ソルケ 君とここで愛し合えるなんて、思ってもみなかったな。

オチューシャ (酒瓶片手に酔っ払ってアメリカの部屋に入り)チキショウ、手癖が悪いんだから私って。ロビーのバーにあったお酒をタダ飲みしちゃった。(二人が愛し合っているベッドに滑り込み、寝てしまう)

 

日本(間違って、いびきを掻くカップルの部屋に入り)なんだ、寝ちまったのか。(ベッドに入り、自分も高いびきを掻いて寝てしまう)

 

七 明くる朝

(議長の部屋のみ浮き上がる。議長とアメリカは寝ぼけ眼でキスをする)

 

アメリカ (悲鳴を上げてベッドから飛び上がって逃げ)なな、なんで私の部屋に議長がいるのよ!

議長 あ、あ、あんたこそなんで僕の部屋で寝てるんだ!

アメリカ (部屋を見回し)あら、間違えたみたいね。ごめんあそばせ。

議長 (立ち去ろうとするアメリカに)ちょっと待ちたまえ。僕たちは越えてはいけない一線を越えてしまったんだ。

アメリカ 三途の川を渡ったわけじゃないわ。気にしない、気にしない。

議長 そんなつれないことを言うなよ。

アメリカ まさか、言い寄ってる?

議長 そうじゃない。いま、君と僕は裸の付き合いをしたんだ。

アメリカ だから何なの?

議長 より親しい間柄になったよしみで、頼みたいことがあるのさ。

アメリカ 聞いてもいいけど、できないことは断るわ。

議長 できないことを頼むわけ、ないじゃん。

アメリカ だからなによ。

議長 中国を第一ターゲットから外してほしい。

アメリカ それはノーよ。大統領の意向に反するわ。あなたの国だって、借金を帳消しできて万々歳じゃない?

議長 僕ちゃん中国の女性と結婚して、中国で暮らすことにしたんだ。

アメリカ 素敵! 古女房と別れて、若いクーニャンと一緒になるのね。その歳でご発展だこと。で、第一ターゲットはどこにするの?

議長 ロシアがいい。ロシアだったら、あんたの大統領も怒りはしないさ。

アメリカ それは絶対ダメ。だって私、古旦那と別れて、若いロシアの青年実業家と結婚して、ロシアで暮らすんだもの、ってのは嘘だけど、ロシアは嫌なの。

議長 じゃあ、日本ということになるな。

アメリカ じゃあ、こうしましょう。日本、中国、ロシアの順番。

議長 いいや、日本、ロシア、中国だ。

アメリカ じゃあ決めた。まずは日本をぶっ潰せ! その後はロシアンルーレット。投票システムの工作員が気分で決めるわ。

議長 オッケー! そのお仲間さんによろしく。前祝として、もう一度遊びましょ?

アメリカ ゲッ、気色ワル! 若い彼氏のところに飛んでいかなきゃ。バイバイ、小父様!(議長の部屋から去る)

 

  

アメリカの部屋のみ浮き上がる。ゾルゲは寝たまま、マタハレ、オチューシャが同時に目覚める)

 

オチューシャ キャッ! 誰よあんた。

マタハレ あんたこそ誰よ!

オチューシャ 私は彼のフィアンセよ。

マタハレ 何言ってんの! 彼のフィアンセは私に決まってるじゃないの。

 

(二人は下着姿でベッドから飛び出し、プロらしく格闘しはじめる。ソルケが目覚めて、拍手を送る)

ソルケ もっと見ていたいけど、もうすぐアメリカが戻ってくるぜ。

オチューシャ じゃあ聞くけど、あなたはどっちのフィアンセなの?

ソルケ 僕は中国とロシアの二重スパイだから、恋人も二人必要なんだ。

マタハレ でも、二人と結婚することはできないでしょ。

オチューシャ ここでどっちかに決めてもらわないと困るわよ。

マタハレ 私、この件で稼いだら、普通の女の子に戻りたいの。

オチューシャ 私だって同じだわ。

マタハレ・オチューシャ どっちを選ぶの! (ソルケに迫り)どっち、どっち!

ソルケ 困ったな。どっちも素敵だから、迷っちまうぜ。じゃあこうしよう。僕は稼ぎのいい方と結婚したいな。持参金は多いほどいいさ。

アメリカ (部屋に入ってきて)じゃあ私ね。この件に関しては、こんな小娘どもと比較にならないほど稼いだんだ。それはソルケ、あなたが一番良く知っていることよね。

ソルケ アメリカに)確かに君は、今日から大金持ちの一員になった。つまり僕は、君を選ぶことにしたよ。

マタハレ こんな婆さんと?

オチューシャ こんなババアと?

マタハレ・オチューシャ 信じられない!

ソルケ 僕の生まれた地方では、持参金の嵩で結婚が決まるんだ。

アメリカ さっそく明日にでも主人と離婚して、婚姻届を出しましょう。善は急げ。主人に電話して、離婚を宣言するわ(携帯を持って廊下に飛び出す)

ソルケ (オチューシャとマタハレを呼び寄せて耳打ち)君たちスパイだろ。僕たちが結婚した後、アメリカに悲劇が訪れるんだ。

マタハレ 可愛そうなアメリカ。

オチューシャ あなたは悪人だわ。

ソルケ で、僕はやり遂げた方と結婚する。

マタハレ 簡単。いつもの方法でやるわ。

オチューシャ 私だって百人も殺しているんだ。

アメリカ (ルンルン気分で戻ってきて)主人も了解したわ。慰謝料はいらないって言ったら喜んでた。

ソルケ オオ、わが妻よ!

アメリカ オオ、わが夫!

 

(二人は大袈裟に抱き合い接吻、マタハレ、オチューシャも一転して拍手し、舞台も紙ふぶきが舞うなど、二人を祝福する)

 

 

(日本が寝ている部屋のみ浮き上がる。日本は目覚めると隣のハワイ人男性とキスし、驚いてベッドから跳び上がる)

日本 なんだ君は! 人の部屋に入り込んで。

ハワイ人 あんたこそなんだ。ここは俺の部屋だぜ。

日本 (部屋を見回し)こりゃ失礼。(部屋からのこのこ出ようとする)

ハワイ人 待てよ。ハワイじゃ他人の部屋に勝手に入り込むのは犯罪だぜ。

日本 停電で勘違いしたんだ。許してくださいよ。

ハワイ人 (銃を出して)アメリカじゃあ、間違いだろうと殺してもお咎めなしだ。

日本 ちょっとちょっと! 幾ら払えば許してくれるんだ?

ハワイ人 相場は一万ドルだな。これがケイマン諸島の俺の口座だ。(紙切れを出し、銃を仕舞う)

日本 (紙切れを受け取り)オッケー。安いもんだ。

妻 (寝ぼけ眼で起き上がり、ハワイ人と濃厚なキスをしながら闖入者を見て目を丸くし、咄嗟にハワイ人を押し退け)キャーッ!

日本 (妻を見て目を丸くし)お前、箱根って話は嘘か?

妻 あなたこそなんでハワイに?

日本 俺は仕事で来てるんだ。お前は、ハワイに男を買いに来たんか?

妻 停電で部屋を間違えただけよ。

ハワイ人 そうさ、間違えたんだ。

日本 じゃあお前は、間違えた俺の女房を襲ったわけだな。これは犯罪だぞ! 

ハワイ人 まあまあまあ、冷静に冷静に。そもそもの原因はあんたなんだ。いったい何十年も奥さんをないがしろにしてたんだい?

日本 (考え込み)そうさな、二十年ってところかな…、(怒りが戻り)関係ない、離婚だ、離婚だ。日本に帰ったら即離婚だ!

妻 (泣きながら)いいわよ、離婚しましょ。私だって、前々から離婚したかったんだから。

日本 普通だったら慰謝料を取るところだが、お前から取ってもしょうがない。タダで離婚してやる。

妻 いいえ、裁判沙汰にして、あなたの顔に泥を塗ってやるわ!

ハワイ人 いいぞいいぞ、奥さん頑張れ!

日本 あんたは関係ない。早く出てってくれ!

ハワイ人 ここは俺の仕事場だぜ。喧嘩をするなら廊下でやってくれ。

妻 いいわよ。裸で廊下に出ていってやる。(裸で出て行く)

日本 (妻を追いかけて)おいおい、慰謝料五千万、お前にやるよ!

ハワイ人 やれやれ、とんだお客を取っちまった。(妻の衣類を廊下に放り出し、ベッドに入って寝てしまう)

 

 八 ターゲット順番決定秘密パーティー

 

 (日本妻とハワイ人を除くすべての出演者、コンパニオンがシャンパンを片手に出席)

 

議長 みなさん、すべての選挙運動は昨日で終わりました。ケイマン諸島への振込みも、つつがなく行われました。昨日、日本代表から、格式ばった会議はやめて、パーティー形式でやってはどうかという提案がございまして、それは面白いということで急遽パーティー会場に変更し、酒を飲みながらの投票といたしました。では、日本代表から一言。

日本 えーッ、世界の歴史を振り返りますと、ささいな事から戦争が始まり、国が潰されてまいりました。みんなみんな、我欲の塊どうしの喧嘩なんだし、弱いものが結局負けるんですから、とても素面ではやっていけません、ってなわけで、いっそのことパーティー気分で投票してはどうかということにしたんです。

全員 ブラボー、ブラボー!

中国 この中でドキドキしているのは私とロシアと日本だけですので、日本の提案で、気楽に行こうということになりました。

ロシア しかし、投票ってえのはどうも気分が悪い。いっそのことゲームにしてはどうかと日本代表から提案がございました。

イタリア そいつは面白い。いったいどんなゲームなの?

ドイツ みなさん、お歳を召した方々ですので、スポーツは無理ですね。

ソルケ 頭を使うゲームも、ちょっと無理だな。

オチューシャ くじ引きのようなものかしらね。

議長 まあまあ、それは後のお楽しみということで、みなさんハワイアンダンスでも楽しみながら、おくつろぎください。

 

(ハワイアンダンスが始まり、各国代表はコンパニオンとともに談笑。そこに二人のボーイが透明の箱を舞台中央に出してくる。ダンスは幕が下りるまで継続)

 

議長 さてみなさん、いよいよ抽選が始まります。この箱の中に、赤、白、青の玉が入っています。私の胸ポケットには第一ターゲットから第三ターゲットまでの色を書いた紙が入っております。まずは日本、次にアメリカ、最後にイタリアの順にお取りください。

イタリア 議長、ボケているんですか。取るのはロシアと中国でしょ。

アメリカ (ロシア、中国を指差し)ロシアも中国も手が震えているわ。代わりに取ってやんなさいよ。

日本 はーい! (赤を取ると、アメリカに促す)早く取って、早く取って!

アメリカ 青だ。イタリアさん、早く取ってあげて!

イタリア (腑に落ちないまま取って)白だ。

議長 (胸ポケットから紙を出し)さて、発表します。第一ターゲットは赤を取った日本です。

日本 (はしゃいで)わーい、やったやった! これで五千万の慰謝料はチャラだ。女房も死んでくれるぞ!

議長 次に、第二ターゲットはアメリカ、第三ターゲットはイタリアです。

アメリカ ワーイ、やったやった! (ソルケと濃厚なキスをする)

イタリア なんでイタリアがターゲットになるんだ! 一昨日の会議はなんだったんだ!

議長 さて、一昨日会議なんてありましたっけ。一昨日会議があったと思う人、手を上げてください。(イタリア以外は手を上げない)

イタリア ジャパンさん。なんで手を上げない?

日本 僕はこの結果に満足ですから。

イタリア 議事録を見せろ! 議事録だ!

日本 日本では議事録を取らないのが常識です。

議長 ましてや秘密会議に議事録は絶対ダメです! 証拠が残っちまいますからね。

カナダ いいじゃないの。潰されるのは日本なんだから。

議長 アメリカさんやイタリアさんが攻撃されることは、まずないですよ。

アメリカ 秘密会議なんだもの、政府には嘘を言えばいいことよ。

中国 (イタリアに)ところで、お宅のケイマン諸島の口座は?

イタリア この前、ロシアに渡しました。

ロシア ハッハッハ、そうでしたな。(中国に紙切れを渡し)乞うご期待。

イタリア (ため息混じりに)しょうがないな、まあいっか……。

日本 (中国、ロシアに紙を渡し)これがケイマン諸島の私の口座です。

アメリカ・イタリア まあ、抜け目のないこと。

日本 オチューシャさんと幸せな家庭を築くんです。

代表全員 おめでとう!(拍手)

オチューシャ (ソルケと腕を組み)残念ね。私の新しい彼はこちらよ。

日本 (呆然とし)ダッ、騙したな!

アメリカ (オチューシャを押し退け)あんた、ソルケは私の亭主よ!

ソルケ ザンネーン、僕の故郷じゃ五人まで妻を持てるんだ。

男全員 ワッ、いいんだ!

マタハレ (飛び出してきてアメリカとオチューシャを押し退け)なに言ってんの、ソルケは私のものよ! 

議長 (呆然とし)ダッ、騙したな!

(日本と議長はソルケと殴り合い、二人はソルケのパンチでノックアウト。三人の女も取っ組み合いの喧嘩をはじめ、全員が囃し立てる)

 

(格闘する三人の女と、殴り倒された日本だけがスポットライトを浴び、後は暗くなる)

 

日本 (頭を抱えて)嗚呼、なんてことをしちまったんだ! 俺は売国奴になっちまった。

 

 (一転、スポットライトを浴びた日本とイタリアの首相、アメリカの大統領、補佐官が舞台奥から登場し、舞台は明るくなる。女三人は格闘を中断)

 

総理大臣 (日本に)君はなんてことをしてくれたんだ!

日本 女に騙されました。

アメリカ大統領 アメリカに)オーマイゴット、君はなんてことをしてくれたんだ!

アメリカ (殴られた頬を摩りながら立ち上がってソルケを見詰め)オーマイダーリン! 愛よ、すべてに愛が優先するの。

イタリア首相 (イタリアに)マンマミーヤ、君はなんてことをしてくれたんだ!

イタリア ボッ!(両掌を上にして、肩をすぼめる)

総理大臣・大統領・イタリア首相 君たち、なんてことをしてくれたんだ!

議長 (殴られた頬を摩りながら立ち上がり)まあまあまあ、もう済んじまったことです。

アメリカ もう変更はできませんわ。

アメリカ大統領 愛のために、君は祖国を売ったのか?

ロシア アメリカ大統領に)次の大統領選挙も影で全面的に協力いたします。

アメリカ大統領 よろしく。しかし治める国はロシア領アメリカか?

中国 (イタリア首相に)あなたがマフィアの一員であることの…

イタリア首相 証拠を掴んでいるというわけだな?

中国 さよう、けっこうなゴシップで。

イタリア首相 やっぱ中国製のソフトはダメだな……。

アメリカ大統領・イタリア首相 (胸ポケットから紙切れを出し)これがケイマン諸島私の秘密口座だ。(中国、ロシアが受け取る)

アメリカ大統領 (核ボタンのアタッシュケースを開き)しかし、この核ボタンを私が押すと、第三次世界大戦が始まるのだ。私の秘密口座には、先進各国から多額の資金が入らなければならない。

補佐官 大統領、それは開けてはいけません!

イギリス・ドイツ・フランス 脅迫ですか?

アメリカ大統領 いや、カツアゲだ。

総理大臣 (ケースに近寄り)へーえ、これが噂に聞く核ボタンですか。

アメリカ大統領 すごいだろ。赤いボタンを押すだけで、ボーン!(右掌を破裂させる)

補佐官 ご高齢な大統領のために、簡単操作に改良しました。

日本 (ケースに近寄り)本当に、ボタンを押せば戦争が始まる?

アメリカ大統領 (威張って)もちろん。地球の未来はこのケースの中にあり、さ。これを持つ者は、神になれるのだ。

総理大臣 じゃあ大統領、試しに押してみなさい。

アメリカ大統領 アホか君、地球は壊滅するぞ。

総理大臣 アハハ、やっぱ噂どおりの意気地なしだ。

アメリカ大統領 何! キサマ(カッとなってボタンを押そうとする)

補佐官 (体で大統領を制止し)大統領、おやめください。大変なことになります。

総理大臣 (日本に)じゃあ君、押してみなさい。

日本 ハイ総理! (ボタンを押すと、アメリカ大統領と補佐官は顔だけケースに向け、全身を硬直させる。一瞬の沈黙)

アメリカ大統領 なんてこった!

補佐官 なんてこった!

全員 なんてこった!

総理大臣・日本 みなさん道連れです。

全員 えーらいこっちゃ、えーらいこっちゃ!(音楽がハワイアンから阿波踊りに変わり、フラダンサーを含めて全員踊り出す)

 

(突然アラート音と「ミサイル飛来、一分後着弾」の音声が何度も繰り返され、全員が悲鳴を上げ、会場は阿鼻叫喚と化す。舞台は一瞬にして暗黒となり、ハワイの背景一面に水爆の映像が広がり、幕)

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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