詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

抱腹絶倒悲劇「こうして第三次世界大戦は始まった」一・二・三 & 詩

八月九日

(戦争レクイエムより)

 

ずっとずっと昔の今日

学校の真上で爆弾が炸裂し

僕たちの体は蒸発して成層圏に舞い上がり

心だけが溶けた窓ガラスに捕まって

小さなビー玉になって灰の中に埋もれたんだ

この厄介物が板ガラスだったころ

ガラス越しに編隊を組んで飛んでいる神風を見ると

教室の仲間と手を振ったもんだよ

アメリカをきっと撃ち落としてね!」

 

それからずっとずっと時が経つのに

誰も僕たちのビー玉を拾ってくれない

隣のビー玉君はヤケになって

もう一度戦争が起きれば、この町にもう一度爆弾が落ちて

僕たちのビー玉はすぐに溶け

天国に行くことができると言うんだ

 

するとビー玉に閉じ込められた先生が涙声で

そんなことは言っちゃいけない

あんな戦争は二度と起こしちゃいけないって怒るんだよ

今年の夏も、蝉君たちが

僕たちのビー玉を横目に

次々と地上に飛び立っていくのさ

僕たちは歪んだガラス越しに手を振って見送るんだ

「僕たちの分も楽しく生きてね!」

蝉君たちも短い地上生活だけど

僕たちよりはずっとずっと幸せなんだよ

 

僕たちの暑い夏はまた過ぎていくんだ

とても数えられないほどの回数

何回も何回も過ぎていくんだよ

だって僕たちの心は土の中で

永遠に癒されないんだから……

 

 

ベニスに死す

 

海で自殺した女の子宮から

受精卵が一個こぼれ落ち

その中のES細胞が一個

穏やかな波間を漂い始めた

細胞は一週間で十倍になり

ひと月で一万倍に増えてしまい

半年もすると世界中の女たちの

細胞を上回る数になってしまった

アドリアの海が細胞の膜で覆われ

魚たちは何処かへ消えてしまった

孕ませた男は漁ができなくなって

サン・マルコ広場で物乞いを始めた

 

 

 

抱腹絶倒悲劇「第三次世界大戦はこうして始まった」

 

 

一 先進国闇首脳会議会場

  (全員アロハシャツ、ムームー姿)

 

議長 さて、各国裏首脳の皆さんご承知のとおり、人類は気候温暖化対策として、最後の手段を取らなければならない事態です。先日国連裏事務局が提示しました人類絶滅を回避する最終案につきまして、賛成の方は賛成ボタンを、反対の方は反対ボタンを押してください。

 

(九カ国の中で、中国、ロシアが反対、日本は棄権)

 

おやおや、反対の方が二人、棄権の方が一人おりますけれど、結果的には賛成多数で本案は可決されました。次に消滅する国の順番ですけれど、反対票の国が一回目、二回目、棄権の国が三回目ということについて、可否の投票を行います。

ロシア・中国・日本 ちょっと待った!

ロシア そんな話、聞いておらんぜ。

中国 罠じゃないか!

日本 私は賛成に入れたんですが、おかしいですね。

議長 じゃあジャパンさん、もう一度ボタンを押してください。

 

 (日本がボタンを押すと、反対票が一つ増える)

 

日本 あっ、すいません。押し間違えました。

議長 反対ですね、もう修正は利きませんから。

日本 賛成に入れようとして間違ったんですよ。

議長 しかし修正はできません。後出しジャンケンになっちまう。あなたを認めると、ロシアも中国も同じことを言い出すんですから。

日本 でも、間違いは間違いですから、なんとかお願いしますよ。

議長 ダメです。あなた、交通事故のことを考えてください。一瞬の気の緩みで人生をダメにしちまうんだ。それが、この世の中なんです。

日本 せめて多数決を取ってくださいよ。

アメリカ ここは戦いの場ですよ。相手のミスを突っつくのが勝利のセオリーです。

日本 私は友好国の良心に訴えているんです。

議長 分かりました。みなさん、日本の票を賛成に変えていいと思う方は賛成、変えてはいけないと思う方は反対に投じてください。

 

(日本を除く全員が反対票を投じる)

 

結果が出ました。日本の主張を却下します。次に、日本、ロシア、中国が反対ですので、この三カ国が攻撃の対象となることの可否をご投票ください。

 

(日本、中国、ロシアの反対票以外は賛成票)

 

当案は可決されました。なお、攻撃の順番は明後日開かれる次の会議での投票となります。なお、二回目以降の攻撃の可否は、一回目の攻撃でも温暖化が防げなかった場合に限られます。それでは本会議を終了いたします。

ロシア ちょっと待てよ。反対すれば吊るし上げかよ!

中国 なんかこの会議、おかしくない?

日本 アメリカさん、同盟国でしょ、助けてくださいよ!

 

アメリカはアカンベーして、三国を残し全員が退席)

 

 

(三国代表は、椅子に座ったまま会話を始める)

 

ロシア やばいことになっちまった。

中国 ターゲットが一国に絞られれば、核ミサイルの集中攻撃が始まる。一瞬にして消滅だ。

日本 しかし、日本の人口はたかが一億人ちょい。九十億の世界人口に比べればカスのようなものです。

ロシア ロシアだって一臆五千万人にも満たない。ということは、最初は人口十五億の中国かな。

中国 あほな。温暖化防止なんだから、考慮すべきは人の数じゃなくて、CO2の排出量だろ。

日本 アハハ、墓穴を掘りましたな。人口もCO2も、ナンバーワンはあなた、中国じゃありませんか。

中国 そこで提案ですが、中露日三国同盟を結んで専制攻撃を仕掛けるってのは?

日本 全世界を相手に? 

ロシア 勝てるわけない。

中国 ……そうか、一人でなんとかする以外ないな。

ロシア ちょちょっと待った、その独り言。またまた、お得意の買収工作?

中国 十五億の人命がかかってんだ。何をやろうと勝手だろ。

日本 まあまあまあ、確かにお宅はお金持だ。金の延べ棒を振り回されたんじゃ、こちとら勝ち目はない。(ニタリとして)しかし、あなたは利口な方だ。いったいあなたは、家族や一族と、中国人民のどちらが大事だと思っていらっしゃる?

中国 おっしゃる意味が分からないな。

ロシア おんなじ国民でも、家族以外は赤の他人だと言いたいんですよ。

中国 だからなんなの。

日本 このハワイというリゾート地で、あなたは気が緩み、中国政府から託された任務のごく一部を、うっかり忘れてしまった。

ロシア いやあなたは老子や荘氏の子孫として、正しい「道」の思想を選択したのだ。あなたは買収行為などという恥ずべき行いを決してしない人格者だ。

中国 そう、私は老荘思想を愛読しております。

日本 ああ、それでだ。正しい道の教えが心の片隅にあって、運悪く悪魔どもの集会に出てしまった。しかし心のきれいなあなたは、フロイト先生の教えのとおり、意外な行動を取ってしまったのだ。

ロシア しかもあなたは大酒飲みで、大事なロビー活動を行わずにホテルの部屋でいびきを掻いていた。それどころか、大事な次の会議も欠席してしまった。

中国 そうか、私は仕事を忘れて寝坊しちまった。しかし、私の二人の随伴者は、すぐに政府に報告するだろう。

日本 そりゃありえない、ナンセンスだ。あなたと同じ大酒飲みの部下二人は、あなたと同じに起き上がれなかった。

ロシア そりゃそうだ。あなたは奴等のビールに睡眠薬を仕込んでおいた。

日本 あなたと部下は、この重大なミスを、自国の政府に報告できなかった。そして、この秘密会議にはあなたのミスをリークするマスコミもいなかった。

ロシア あなたのミスは歴史に残ることもなかったのだ。

中国 (頭を抱え)嗚呼、私の馬鹿げたミスのために、十五億の国民が犠牲になるなんて……。

日本 ところがこれはミスではない。あなたは買収という不正行為を行わなかっただけの話だ。これは正義の行動だった。

ロシア しかも驚いたことに、次の会議の前日に、あなたの銀行口座に一億ドルもの大金が振り込まれていたのだ。

日本 それはきっと、あなたの正義に対する神からの報酬だ。

中国 ああ私はなんて正義感の強い人間なのだろう。(胸から紙切れを二枚出して)これがケイマン諸島私の秘密銀行口座です。

日本・ロシア (紙を受け取り、平身低頭で)いただきました。

日本 さっそく老子様にお電話いたします。

 

三 会議後の一回目秘密立食パーティー会場(コンパニオン無し)

 

(議長、フランス、アメリカ、ドイツ、イギリス代表が五人、カナダ、イタリア、ロシア、日本代表が四人、それぞれ輪を作って談笑している)

 

フランス しかし、この温暖化防止システムを考え付いたスパコンはすごい。

アメリカ 第三次世界大戦が始まるのは時間の問題でしたからね。

ドイツ その簡単な回避方法が村八分という古典的な手段。

イギリス どれか一国を徹底的にぶちのめす。

議長 水と食糧の無くなった難破船のようなものだ。一人ひとり海に投げ出されていく。まさにトリアージ

フランス そいつは大体、目障りな奴だ。

議長 この会議で言えば、反対票を投じたアホな奴らですかな。

ドイツ どうです議長。あの三カ国を反対票にさせたのは、あなたの裏工作だったんでしょ?

議長 シナリオを組み立てたのは開催国のアメリカさんですよ。私の国はアフリカの弱小国だから、潰されたからといって環境に何の影響も与えない。

アメリカ そう、私は中国、ロシア、日本を名指しで指名したわけですわ。

議長 私はアメリカさんの言うとおり、その三カ国には頼まなかった。賛成に投じろとは言わなかったんだ。

フランス あとの国々は、議長から賛成票の依頼があったわけですね。

議長 そう、賛成国は、危機を回避できるとね。

アメリカ そして三カ国には何と言ったんですか。

議長 (笑いながら)あなたの指図どおり、どうやらアメリカは賛成票を投じるだろうと囁いたのです。

ドイツ すると、いつもアメリカに反対する中国、ロシアは反対票を投じたわけだ。

アメリカ (はしゃぎながら)引っ掛かった、引っ掛かった!

イギリス しかし日本は?

議長 日本はアメリカに従う。だが、アメリカは極東を守る防衛予算を削減したかった。

アメリカ それで、投票システムをいじくったってわけだわ。

フランス・ドイツ・イギリス・議長 (はしゃいで)イカサマだ、イカサマだ!

議長 たちどころに、標的が三つ出来てしまった。

アメリカ・フランス・ドイツ・イギリス・議長 (はしゃいで)成功だ、成功だ!

 

(議長はアメリカに手を差し出す)

 

アメリカ なんですかその手は。

議長 協力資金。

アメリカ ああ、忘れていたわ。でも、助かった国はアメリカだけじゃない。少なくとも裏工作を知ったこのグループで均等に払うべきです。

フランス・ドイツ・イギリス エーッ! 幾ら。

議長 お約束のお金は、締めて四千万ドルです。

フランス・ドイツ・イギリス エーッ! 一人一千万ドル。タカーイ。

議長 じゃあ、会議をリセットしましょうか?

フランス・ドイツ・イギリス 分かった、払うよ。

議長 (胸から紙切れを四枚出して)これがケイマン諸島私の秘密銀行口座です。

 

 (議長はアメリカのグループを離れ、日本のいるグループに移動)

 

日本 議長、いやあ、まいりましたよ。我々三カ国がババを引くなんて。

議長 中国さんは?

ロシア 腹でもこわしたんでしょう。国には帰れませんからな。

イタリア あなただって、帰れんでしょ。

ロシア どこか亡命先はありませんかね。

カナダ 我が国は拒否いたします。

イタリア わが国も拒否だ。なにかと面倒くさい。

議長 そんなことを言ってはいけません。私がこのパーティーを開いたのは、ババを引いた三カ国がロビー活動をするための場を提供したかったからです。なんたって、第一候補は確実にやられるのです。その結果が良ければ、第二候補は生き延びられる。仮に第二候補もやられたとして、その結果が良ければ、第三候補は命拾いし、この悪法自体も消滅するのです。ラッキーなことに、ここには中国代表がいない、……ということは?

カナダ よほどの怠け者か、酷い下痢だ。

イタリア (ロシアを見て)誰かが下剤を仕込んだか、あるいは暗殺した。

ロシア そんなことはしません。

日本 私も。

議長 じゃあ怠け者だ。で、今度の投票には私も一票を投じる権利があります。

ロシア といいますと、私は七カ国相手に金をばら撒く必要がある。これは大変だ。

日本 しかし、ロシアさんと私がタイアップするのであれば、半分ずつの負担ということになる。

イタリア ことはそんな単純なものでもないんですな。私が昨日首相に伝えたところ、ある国を潰せとのご返事。

ロシア その国の名は?

イタリア それは言えません。

日本 仲のいい中国以外でしょ?

イタリア さあね。

カナダ もちろんわが国も、外交戦略上のチョイスとなりますな。

議長 しかし皆さん、次の投票では、誰が誰を選んだかは私以外には分からない、ということは、イタリアの首相も分からないことになる。

イタリア 何をおっしゃりたい?

議長 あなたはマキャベリの国じゃありませんか。あなたがずる賢く振舞うのは当たり前でしょ?

カナダ なるほど、政府には命令どおり投票したと言っておいて、第一候補は中国に投票する。そして日露からたんまり個人資金を調達する。私は一千万ドル、両国合わせ計二千万ドルでけっこうです。

イタリア それでは私も両国で二千万ドルにしましょう。

カナダ・イタリア これがケイマン諸島の私の銀行口座です。(メモを日本とロシアに渡す)

議長 ようし、第一ターゲットは中国だ! そして私には、口止め料が入るというわけですな。私も二千万ドルでけっこうですよ。これがケイマン諸島の私の銀行口座です。(メモを日本とロシアに渡し)当然ですが、会議の前日に振り込んでくださいね。さあ、あちらのグループで、同じロビー活動をいたしましょう。(議長は日露を引き連れて、アメリカのグループに戻る)

 

(つづく)

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

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