詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

抱腹絶倒悲劇「ロボット清掃会社」(全文)& エッセー

抱腹絶倒悲劇「ロボット清掃会社」

(ロボット清掃会社の会議室。長テーブルに事務椅子、装飾品は一切ない簡素なデザイン。出席者の全員がロボットで、テーブルの上にはお茶の代わりに各自一つずつ油差しが置かれ、ロボットたちは時たま口や鼻、首、手首などに油を差している。各ロボットの胸には役職名。ロボット課長が壁のスクリーン横に立って、ロボット訛りの音声で緊急事態の説明を始める。ロボットは廉価品のため、偶にロボット訛り、ロボット風の動きが出てくる)

ロボット課長 昨日、政府から通達がありまして、社員がロボット百台以上である会社に限り、その一割は人間の高齢者を雇うことという法律が施行されたということでえ……。

 (課長が指し示すスクリーンには「○従業員百台以上の会社は、最低一割の人間の高齢者を雇うこと。○人間には健康保険、労災保険介護保険、失業保険の加入を会社の負担で行うこと。○高齢者の雇用は二年ごとに実施し、その都度、最低一割になるように調整すること」と書かれ、全員が読み上げる)

ロボット社長 なんてこった。人間を雇えだと? 高齢者だと? 嗚呼世も末だな。我が社の売りはスピーディーなサービスじゃないか。
ロボット部長 というと、当社はロボット百二十台の会社だから、二十一台スクラップにすれば、雇わなくてもいい計算になる。
ロボット課長 そんなの、いまさらできませんよ。それに二十一台も減らしたら、サービスの低下は免れません。次の募集である二年後を見据えて、バージョンアップによるスリム化を考えるべきです。
ロボット社長 会社存亡の危機だな。なんかいい方法はないかなあ。
ロボット専務 そんなん簡単や。要するに人間の募集は再来年ってことやろ。それまでにどんどん首を切っていけばええ。
ロボット課長 そんなことできませんよ。首を切るにはそれなりの理由がなければなりません。切られた社員が政府に訴えれば、ブラック企業になっちまいます。
ロボット社長 嗚呼、なあんかいい方法はないかなあ。
ロボット部長 こういうのはどうでしょう。人間の社員が自分で辞めていけば、こっちに責任はない。
ロボット専務 そりゃええわ。あの手この手を使って、辞職願を提出させるようにしむけるんや。でもどうやって?
ロボット部長 一言で言うと、居心地の悪い職場環境ということですかな。でもパワハラはダメ。訴えられる。しかし、訴えられても裁判に勝てばいい。勝つにはどうすればいいか。人間だったらセックスの違いです。性差別です。性による認識の違いです。習慣の違いです。例えば女子便所に男が入れば裁判沙汰だ。しかしロボットの会社には便所はない。だからって人間のために作ることはない。人間に言われたら、しぶしぶ重い腰を動かし、今年度の予算がどうのこうのとか渋りながら、半年後にようやく作ってやる。とりあえず、詰所の畳を切って灰を入れ、衝立なしで。まるで犬猫扱いだ。文句を言うならオマルでも買い与えましょう。取っ手があるから少しはマシだ。ようするにロボットと人間の習慣・文化の違いをフルに利用するんです。これは罪になりますか? なりません。文化の違いによる相互不理解の範疇です。
ロボット社長 部長、君は天才かね。
ロボット部長 う、まあ……、で、成功したら?
ロボット社長 専務をスクラップにして、その後釜じゃ。
ロボット専務 ご冗談。社長の減価償却期間はとっくに過ぎておりますぜ。次はワイが社長や!

 (社長は赤くなり、両耳から湯気を発する)

(舞台面で十二人<男六、女六>の高齢者と課長。幕は上がっておらず、高齢者たちはそわそわしながら、課長に訴えている)

一号 課長、トイレはどこですかね。
ロボット課長 携帯トイレはお持ちですか?
二号 そんなもん、持ってるわけはありませんや。
ロボット課長 会社にトイレはございません。ロボットは排尿、排便一切しませんから。
三号 困っちゃったなあ、前立腺が悪くて、一時間おきに行きたくなるんです。
ロボット課長 オシメはしていないの?
四号 まさか、便所のない会社があるなんて……。
五号 嗚呼もう我慢ができない。
六号 嗚呼出ちゃった!
七号 やっちゃった!

(全員が失禁してズボンを濡らしたとき幕が上がり、そこはロボット清掃会社の面接会場。舞台下手に十二脚の折畳み椅子があり、上手には細長いテーブル<布で足は隠れている>に三台のロボットが腰掛けている。垂れている布には左から専務、社長、部長の張り紙)

ロボット部長 (金属的な声で)どうぞ。

 (高齢者が十二人ぞろぞろと入ってきてロボットたちに挨拶し、椅子に座る)

ロボット専務 いやあんたら運が良かった。五千人も応募があったんよ。早い者勝ちや。選考基準なんてありゃしない。ピンピンだろうと死に損ないだろうと、そんなこたあ知ったこっちゃない。要するに十二人押し付けられたってことや。
ロボット部長 国のお達しだから、こりゃ致し方ない。
ロボット社長 (左端の男を指差し)そこの擦り切れた背広のおじさん、どうしてだか分かるかね?
 私、山内と申します。
ロボット社長 (頭から湯気を出して)名前なんざどうでもいい。おじさんで十分だ。オッサンともジジイとも言っとらん。おじさんは尊敬語だ。先生やドクターと同じ敬称さ。
ロボット部長 あんたはこれから老人一号。で?
 ちょっと分かりませんね。
ロボット部長 (ニヤニヤして)またまたまた、分かってるくせに。言いにくいだけでしょ?
 ええ、まあ……。
ロボット部長 不採用にはならんから、言ったんさい。
 じゃあ素直に申し上げますと、ロボットが人間の仕事を取っちまったからです。

 (ロボット全員が頭から湯気を上げ、全員が「不採用」の札を出すと、部下のロボットが下手から出てきて男を追い立てていく)

 採用するって言ったじゃないか!
ロボット社長 採用したけど、一秒後にはクビだ!

 (空いた席には隣の男が座る千円床屋方式で、補欠候補がそそくさと登場し、一番左の席に座る)

ロボット社長 じゃあ左から二番目のオッサン。どうかね?
ロボット部長 あなたは今日から老人一号です。
男二 おそらく差別だと思います。
ロボット社長 いいことを言うが、ちょっと違うな。ひがみさ。有能な機械に対する人間のひがみさ。いいかね、ロボットは怠けないし、すべてを完璧にこなす。人間が運営する会社とは差が付きすぎるんだ。だから、あんたらのようなクズを押し付けて少しでも差を縮めようってわけさ。そう、ゴルフで言うハンデキャップ、といっても試合にはならんがね。
男二 人間をそう見くびっちゃいけません。現に私は現役時代、優秀社員で何回も表彰されています。

(ロボット全員が頭から湯気を上げ、全員が「不採用」の札を出すと、部下のロボットが下手から出てきて男二を追い立てていく)

男二 なんだよ、自己アピールも出来ねえのかよ!

(千円床屋方式で空いた席には補欠候補がそそくさと登場し、すぐに座る)

ロボット専務 能力だとか人柄だとかはどうでもいいわさ。人間なんざどれも似たりよったり。会社はあんた方に能力を求めちゃいない。ジジババを十二人雇えばそれでいい。
ロボット部長 だからといって、ブラブラさせるわけじゃないぞ。
一号 いや、私は働きたくってしょうがないんです。
ロボット部長 勝手に発言しちゃ困るな。討論会じゃないんだから。
ロボット社長 君たちが働こうと怠けようとどうでもいいんだ。もちろん評価もしない。働きたい奴は働けばいいし、怠けたければ怠けりゃいい。どころか、辞めたければ辞めてもいいんだよ。
ロボット専務 辛くなったら、いつでも辞めていいんや。
ロボット部長 欠員はまた採用すればいい。五千人も応募があるんだ。
二号 辞めませんよ。やめたらオマンマ食えなくなりますから。

 (ロボットたちは腹を抱えて笑う)

ロボット専務 オマンマかや。ロボットなんか飲む買う、打つはもちろん、糞もしないし風呂にも入らない、おまけに寝転がることもない。二四時間、無駄な時間は一切ないんだ。しかも、セックスレスでどんどんと増える。
男三 そりゃご立派なことで。しかし、なんのために働くんで?

 (ロボットたちの頭から湯気が出て、全員が「不採用」の札を出すと、部下のロボットが下手から出てきて男三を追い立てていく)

男三 短気なロボットやなあ!

(空いた席には補欠候補がそそくさと登場し、すぐに座る)

ロボット社長 よし、これぐらいでもういいだろう。キリがない。打ち止め、打ち止め。君たち全員採用だ。(部長に)主任に引き渡せ。すぐに仕事だ。いや研修、研修! みっちり仕込むんだ。ロボットの作法を叩き込め!
ロボット部長 了解。おめでとう。君たち、明日からオマンマが食えるぞ。
高齢者たち ありがとうございます。

 (社長、専務が退場。)

ロボット部長 (大声で)主任! 出番だぞーッ!

 (鞭を鳴らしながらロボット主任が二人登場。一人は男性風、一人は女性風。しばらくの間舞台上を鞭を叩きながらうろつき回り、舞台中央で仁王立ちになる。男性新人六人、女性新人六人は鞭の音を聞くたびに怯える)

ロボット部長 さあ、これから二台の主任が君たちを指導することになる。あとのことについては上層部は一切関知しない。
主任男 (鞭を一発鳴らして)部長、すべてお任せください。立派な清掃員に育て上げます。全員起立!(鞭を一発鳴らすと、部長は慌てて退場する)
 それではキサマら、入社おめでとう。キサマらは五千人の応募者から選ばれた超エリート集団だ。
一号 単なる先着順でしたけど。
主任女 なに言ってるのよ、運も実力のうちよ。生き残るのは運のいい奴だけ。(鞭を一発鳴らして)しかし入社したからにはエリートもクソもないわ。人間なんざ、どいつもこいつもクソったれ。それが証拠に、君たちに保証されている昼休みとはなんぞや、老人七号。(誰が老人七号だか分からずに、一同キョロキョロする。主任女は鞭の棒で七号の胸を突き)君だ、君だ。あんたが老人七号。忘れるなよ。(鞭の棒でほかの女連中を指し)あんた八号、君は九号、君は十号。あとは適当よ。さあ答えたまえ、老人七号。
七号 昼飯を食べます。ついでに小用も足します。
主任男 メシを食い、小便をし、たまにはクソを垂れる。すべては無駄な時間だ。生産性がない。ロボットがメシを食うか? クソを垂れるか? 君たち生き物は、どこまで非効率的なんだ?
三号 そう言われましても、生理的欲求ですから。とくに私は、一時間に一回は小便しないと、お漏らししてしまいます。
主任男 (驚いて)エッ! 履歴書には書かれていなかったぞ。
三号 いや、大した病気じゃござんせん。年取れば誰だっておトイレが近くなるんですから。
主任男 バカな。完全な病気だ。しかも悪質な病気だ。サボタージュじゃないか。上層部の奴らはいいかげんな選考をしやがって。埃を被るのはいつも中間職だ。君の重大な疾患は、さっそく上に報告しよう。まだ本採用したわけじゃないんだから、いつだって首を切れるんだ。
八号 あの、主任すいません。私も近いもんでして。いえ、一時間おきなんて、そんな重症じゃございません。その一点五時間おきです。これくらいだったら、生産効率もそれほど落ちません。
主任女 (鞭を叩いて)バカ言え、立派な病気です。医者にかかればみんな病気よ。そんな怠け者どものために国が医療費を負担して、挙句の果てに国家財政の破綻なんだから。
主任男 おい五号、まさかキサマもお漏らし組じゃないだろうな。
五号 ご安心ください。履いていますよ。
主任男 また古いジョークを言いおって。何を?
五号 長時間モレずに安心、たっぷり五回分を吸収、横モレ防止ギャザー付き大人用オムツです。
主任女 そんなもん履いて、あんた人前で作業服に着替えるとき恥ずかしくないの?
五号 恥ずかしくありません。年取れば近くなるのは当たり前のことですから。
主任男 偉い! 君は老人の鑑だ。いいかね。仕事開始は八時。一二時の昼休みまで、トイレ休憩は一切ナシだ。ということは当然、全員オムツ着用ということになる。これに従わない者は即刻クビだ。もちろん、オムツ代は出ない。会社がそんなもの払うわけにはいかない。
三号 しかし、夏場はかぶれるのが心配です。かぶれはロボットでいうところのサビです。
主任女 ヒャーッ! 油、油! (慌てて棚からCRCのスプレーを取り出し、全身にかけて心を落ち着かせ)
主任男 いいかね、今後ロボットの嫌いな言葉を口にした奴は、その場でクビだ。分かったか? (鞭を一発叩く)
三号 いったいどんなワードが禁句なんです?
主任女 考えれば分かるでしょ。老人七号、あんただったら分かるはずだ。
七号 サビ、水、酸化、スクラップ、解体業者、新製品登場、中古・ポンコツ、ハゲ、チンなし、穴なし、機械野郎、全電源喪失! (主任女は興奮しながら気絶)ほらほら、首の後ろの再起動スイッチ!
主任女 (七号がスイッチを押すとスッと立ち上がり)さ、君たちの職場に案内しましょう。
二号 さすがロボット。スイッチの切り替えが早い。

 (主任たちを先頭に、全員退場)


  (築五○年の老朽化マンション前に全員集合。新入社員全員作業衣、番号のゼッケンを持っている)

主任男 さて、この古い賃貸マンションが君たちの研修現場だ。さあ、ここで着替えてください。
六号 主任、ここはお玄関の前ですよ。
主任女 いったいどこで着替えたいっていうの?
七号 更衣室です。
主任女 ったく人間って面倒くさいのね。
主任男 俺なんか、生まれたときからこの恰好だぜ。
二号 そりゃあなた、生まれつきロボットですから。
主任男 (頭から湯気を出して)ロボットをバカにしたんか?
二号 いえいえ、とんでもございません。
主任女 そういえば、昔人間が使っていた更衣室が地下にあったはずよ。
主任男 あああすこね。案内しよう。

 (舞台は一転闇となり、主任たちの目だけが光っている)

主任男 さあ、ここが更衣室だ。本来、着替えは勤務時間外に行わなければならんが、今日は初日なので特別に許そう。一分以内に着替えるのだ。ようい~!(笛を鳴らす)
一号 ちょっと待ってください。電気を点けてくださいよ。
主任男 電気はナシ。大家様のご希望により、電線は切られている。
八号 女子更衣室はどこですか?
主任女 そんな気の効いたもの、あるわけないでしょ。
九号 暗闇じゃ着替えられません。
主任男 じゃあ、あんただけ明るくしてやる。さあ、どうぞ。(主任男が見詰めると、九号が浮かび上がる)
九号 (もじもじし)明るくされたら、着替えられないわ。
主任女 暗くてダメ、明るくてダメ。いったいどっちなの!
十号 暗いほうがいいわ。手探りで着替えます。
主任男 それじゃあ、ようい、スタート!

(主任が笛を鳴らすと、ストロボライトが点滅し、歌舞伎の「だんまり」のような状態となり、男女が着替えを開始。男が女の胸を触ろうとして叩かれたり、男同士が間違ってキスをしたり、各々俳優のアドリブでカオスを演出しながら、最後は主任女が一人に蹴りを加えると、一通りの伝蹴りゲームが始まり、最後にはなんとか全員着替える。バックの暗幕も上がり、一転明るくなって全員マンション前に整列)
 
主任男 さあ、これで用意はできた。地震が来れば潰れそうな物件だが、大家さんは地震保険に入っていて、毎日大地震が来るように祝詞を上げておる。しかし、最後の最後まで満室をご希望だ。
新人全員 (肩を聳やかし)おおヤだ。
主任男 (頭から湯気を出して鞭の柄を老人一号の胸に押し付け)キサマ等、下らん洒落で大家をバカにすっとか! ボロマンションのオーナーだって大事なお客様だぞ。大家様は神様です。ハイ復唱。
新人全員 大家様は神様です。
主任女 大家にとって居住者は神様だけど、我々にとっては大家が神様よ。君たちの仕事は大家を喜ばすこと。で、大家さんの希望は、金をかけずに新築そっくりにすること。
八号 ムリでしょ。外壁だってヒビだらけじゃん。
主任男 そりゃそうだ。このクレパスを直すことはできんよ。しかし消すことは簡単だ。
三号 といいますと? 
主任女 割れ目ちゃんにペンキを塗って、見えないようにするのよ。
五号 ロボットのようにですか?
主任男 君の質問は理解できんが、ロボットに対する差別用語ではないのかね?
五号 とんでもござんせん。
主任男 いずれにしろ、君は喋りすぎる。で、話を戻すと、要するにあくどい骨董屋を真似すりゃいい。欠けた茶碗を分からないようにくっ付ける技術さ。まず、ヒビ割れにパテを塗り、その上に地と同じ色合いのペンキを塗る。ロボットは騙されなくても人間は騙される。
四号 そりゃいい。でも、こんな薄汚れた色じゃ新築には見えませんな。
主任男 バカ言え、壁全体を塗り替えたら金がかかるだろ。大家さんのご希望はヒビを消すことだ。
五号 それで、いつペンキ屋を呼ぶんです?
主任女 エッ、ペンキ屋? お金がかかるでしょ。君たちがやるのよ。もちろん足場も組まない。
高齢者全員 エーッ! 
一号 私、クライマーじゃありません。
二号 おまけに高所恐怖症でして。
主任男 じゃあ、この仕事は一号から六号の男性全員に任せよう。やったことのない仕事をするのが研修生だからな。
一号 チョッ、チョッと待ってください。清掃員の募集で来たんです。塗装の仕事までやらされるとは思っていませんでした。なあみんな?(女性は全員はそっぽを向いてそ知らぬ顔)
主任女 なあに簡単な作業よ。屋上から縄でぶら下がって、パテとペンキを塗っていけばいいの。ペンキは男の主任が調合します。出来ないなら辞めてもらう以外ないわ。
二号 分かりました。やりますよ。やりゃいいんでしょ。しかし、もし何かあったら……。
主任男 安心しろ。もちろん労災認定、太鼓判だ。残された家族は大喜び。なんたって亭主が稼ぐ金より高い金が支給されるんだ。喜ばないわけはないだろ。(置いてあった縄を渡し)さあ、パテが来るまで屋上に上がって待機だ。(鞭を一発。男たちは縄を受け取ってエントランスの中に消えるのを見届け)これで男は片付いた。で、次はガーデニングだな。君たちの中でお庭をいじりたい人は?
十二号 (手を上げて)ハーイ。
主任女 じゃあ十号、十一号、十二号は館内廊下の清掃。ガーデニングは残りの女性全員がやる。
十二号 な、なんで、意地が悪いなあ!
主任女 なに言ってんの。好きな仕事しかやらないのは素人のわがままよ。
主任男 嫌いな仕事ができなくて、プロと言えるか!
主任女 嫌いな仕事を好きにさせるのが上司の務め。好きな仕事ばかりやってると、嫌いな仕事が疎かになる。さあ、仕事、仕事!
女性陣 ごもっともなことで。


(荒れ果てた庭。六人の女性が箒や熊手、塵取等を持って横一列に整列し、ロボットの主任女が指図をしている)

主任女 じゃあ老女七号に質問です。マンションのお庭は賽の河原。その心は?
七号 おっしゃる意味が分かりませんわ。分かるのは、木は伸び放題、下は雑草だらけ。まったく手入れがなされておりませんね。
主任女 そこよ。賽の河原で小石を積み上げると、すぐに鬼が来て崩しちまう。同じ作業の繰り返し。枝を切って草を抜いても、枝はすぐに伸びて落ち葉を落とし、草もしぶとく生えてくる。(八号を指差し)私は無駄な作業だと思うけど、あんたの意見は?
八号 でも放っておくと、手の付けられないことになっちまいますよ。
主任女 でもロボットは、進展のない仕事は嫌いなの。人間どもは進化を止めた猿だから、繰り返しがやたら好きよ。同じようなあらすじのドラマを毎回見て喜んでいる。オツムが変化を受け入れられない。頭の中で電流が空回りしているんだ。でもロボットは単純な作業の繰り返しは耐えられないの。ロボットは挑戦の連続よ。ロボットは常に新しい回路を構築する。
九号 それは意外なお言葉ですね。産業用ロボットは単純作業が得意なのに。
主任女 (頭から湯気を出し)あんた、ヒューマノイドと産業ロボットを一緒くたにしやがって! (鞭を一発)
十号 まあまあまあ、そう怒らずに。おバカな人間が言うことですから。
主任女 確かに、私も大人のロボットなのに大人気なかったわ。あんたら老人の脳味噌が退化していることを忘れていたんだ。話を本題に戻すけれど、マンションのお庭には、私は私なりに夢を持っているの。どう、この荒れに荒れたお庭をベルサイユ宮殿のようにしたいと思わない?
十一号 また、とんだ夢をお持ちで。
主任女 いや夢じゃない。ロボットの辞書に「夢」という言葉は存在しないの。もちろん「不可能」という言葉もないんだ。思いついたら即実行が私のモットーであある。
十二号 モットー? 昔そんな言葉がありましたね。
主任女 (七号を指差し)君は頭が良さそうだから、私のイメージが分かるでしょ?
七号 分かります、分かります。お庭に火を点けて、灰にしてしまう。
主任女 (驚いて)ピンポン! 君は現代のフロイトだわ。しかしそれはあくまで私の深層心理。ロボットは心の中で思ったことを、そのまま実行には移さないのよ。ロボットと人間の感覚のギャップをすり合わせる作業が大事。私がお庭に火を点けたら大家は怒り、警察を呼ぶでしょう。私は放火犯じゃない。じゃあどうするか。ロボットは落としどころを考える。私のアイデアが分かる? 桜もケヤキも花やがくや葉っぱを落とさなくなる方法があるんよ。
七号 分かりませんね。ロボットは天才の上を行きますから。
主任女 いいこと言うね。ロボットはアインシュタインを越えている。私は考えた。草も木も、すべてが工業製品なら、かさぶたのように葉っぱを落とすこともないし、雑草だって伸びることがない。毛虫だって寄り付かないぞ。このお庭の草木をすべてプラスチックに替えるのだ。
八号 いや、そりゃダメですよ。枝が伸びなきゃ大家だってニセモノだと気付きます。第一、地球温暖化防止になりません。
主任女 代わりにあんたが息を止めれば、二酸化炭素も出ないわ。よおし、やってみよう。
九号 なにをです?
主任女 二酸化炭素の排出量を半分にする呼吸法です。はい、息を吸って。(全員息を吸う)ハイ三秒間止めて。(全員三秒間息を止める)ハイ息を吐いて。(全員息を吐く)そして三秒間止めてから息を吸う。吸う空気は増やしちゃいけない。どう、これで君たちの二酸化炭素排出量は半減した。君たちは、これからこの呼吸法で生活することになる。君たちはエコ人間だ。
十号 勘弁してくださいよ。心臓が破裂しちまう。ただでさえ血圧が高いんよ。
主任女 嗚呼人間よ、あまりにも人間的。君たちは努力する前に結論を出しちゃう。まあいい。実を言うとロボットは温暖化なんざ興味がないんよ。地球が沸騰したって動くからさ。私は君たちのことを思って言っているんだ。春には桜の花吹雪、夏は雑草、秋になれば落葉の山だ。毎日毎日箒で掃いても、毎日毎日しつこく落ちてくる。古来より、繰り返し作業は天罰や地獄の責苦とされているんだ。要は人間の心の持ちようさ。ブランド物でも、ニセモノだと思わなければ満足。人間を騙すのはわけがない。君たちがチクらなければ絶対バレない。バレるほとんどが内部告発だからさ。
十一号 チクりませんよ。仕事が楽になれば、チクる奴なんかいやしません。なあみんな。(女性全員頷く)どうやら主任は、自然の植物がお嫌いなようですね。
主任女 分かる? 植物どころか虫も獣も人間も嫌いさ。どころか計算のできないすべて、割り切れないすべてのものが大嫌い。たとえばほら、そこに転がっているもの。これはなんぞや? (女性たちは主任女の指差す場所を見つめる)
十二号 糞です。しかもこの大きさからいうと大型犬ね。
主任女 じゃあ取ってください、十二号。
十二号 (もじもじして)あの私、良家の子女として生まれたものですから……。
主任女 役立たずね。七号、あんたは?
七号 トングとか、なんか道具がありませんと……。
主任女 そんなもの、ありません。ここはロボット清掃会社です。人間が使う道具なんて、ありません。
七号 じゃあロボットはどうやって取るんです。
主任女 簡単よ。(糞に近寄り、手で掴んで両手で丸め、投手のように客席に投げ付ける。女たちは悲鳴)。どうです、人間はバカだから、見えなくなれば存在することにはならないの。今度見つけたら、私のようにやるのよ。しかし割り切れません。なぜ、地球上にこんな不必要なものが存在するの?
七号 不必要? いやいや、これだって植物にとっては貴重な栄養源ですよ。
主任女 それが割り切れません。食物連鎖だとか生態系だとか、そういった生物の営みが分かりません。そういった複雑な関係は、メチャ環境の変化に弱い。じゃあなぜ神様はそんなデリケートな連中をお造りになったのか? 老女八号?
八号 さあ何ででしょう。
主任女 自由自在に滅亡してくれるからよ。ちょっとの匙加減で気温を変えれば、簡単に死に絶えてくれる。サッカーの監督みたいなもの。頻繁にメンバー交代をしよる。
九号 そこへいくと、ロボットは神様の計算外でしたかね。電気さえあれば、どんな厳しい環境でも動くんですから。
主任女 タフだぜ。しぶとく生き残る。それが証拠に、君たち人間は状況判断がまったくできていない。(また糞を見つけ)じゃああれは何のクソ?
七号 (悲鳴を上げ)ここは糞し場になってる!
十号 やっぱ、あすこでうんちを垂れるのは猫か犬くらいでしょう。しかし猫はあんな大きなうんちをしない。
十一号 動物園から逃げ出したカバのうんちかもしれないわ。
主任女 嗚呼人間よ、あまりにも愚かだわ。それは単なる憶測に過ぎない。臭いを分析すれば、何のクソだか一秒で分かるわ。ためしに老女十二号、近付いて臭いを嗅いでみてごらん。
十二号 (近付いて臭いを嗅ぎ)クッサ! 主任、息のできないほどの悪臭です。
主任女 じゃあ聞くけど、ドッグフードでそんな臭いが出る?
十二号 犬はこんな臭くありません。
主任女 じゃあ?
七号 ……人間ですか?
主任女 ようやく分かった? あれは人糞。野グソだ。(女たちはキャッと驚く)君たち人間の五感は最悪だ。私はこの位置から、あの複雑な臭いをキャッチし、その成分を分析した。すると、昨日の晩飯が手に取るように分かったの。お酒は安物の焼酎だった。かなりの大食いだ。(スーパーのチラシを出し)オカズはこのチラシにある半額セールのすべてが含まれる。品数は多いが、賞味期限間近の叩き売り。中には腐りかけのものもあった。この複雑な臭いは、ろくな物を食っておらず、腸内で悪玉菌が活発になったことを示している。じゃあなぜ、わざわざこんなところでクソを垂れたか。老女八号?
八号 トイレの水をケチったからです。それとも頻繁にクソが詰まる?
主任女 さすがだ。君は人間の中ではマシなことを言う。おそらく水道代を安く上げるためだ、……ということは?
九号 常習犯?
十号 このボロマンションの住人?
主任女 そういうこと。で、君たちお庭番は毎日、クソを処理しなければならない。(九号と十号は悲鳴を上げる)だが、止める手立てはある。これを見たまえ。(舞台バックに叢にしゃがみ込む若い男の映像)
女性全員 ハンサム!
主任女 だからなによ! 四階の居住者様だ。部屋のチャイムを鳴らして、直接注意をすればいい。大便はお宅でおやりください。
十一号 そんなこと、うら若い男性に言えません。
主任女 じゃあ仕方ないな。毎朝、クソの始末よ。
八号 いいアイデアが浮かんだ。クソし場に立て札を立てる。鳥居のマークとその下に「大便無用」と書きます。
主任女 お笑い草。確信犯が注意書きくらいでビビるか? まあいい、始末するのは君たちだからな。さっそく片付けてもらいましょう。
九号 だから、マスクと道具がなければ出来ませんや。
主任女 だから、ご冗談を。お手手に付いている一○本の指は、何のためにあるんですか?
十号 またまた素手で?
主任女 だから、君たちはロボットの会社に就職したんだ。人間という意識を捨てなきゃやってけないのよ。ロボットは機械、機械は道具。道具が道具を使ったら、おかしいでしょ。ロボットが火バサミを持ってクソを掴む光景は滑稽じゃないの。どうです?
十一号 でも私はロボットと違い、常に感染症のリスクに晒されております。特に年寄りは免疫力が低下していますから。
主任女 (独り言で)こいつは使い物にならんな……。
十二号 いいアイデアが浮かんだ。(ポケットからビニール袋を出し)これの中に手を入れてクソを掴み、裏返して袋の中に納め、口を縛る。どうです?
主任女 素手が嫌ならそれもいいでしょう。じゃあ頼むわ。
十二号 私が? 私はアイデアを出したんだから、やるのは七号でしょ?
七号 冗談じゃない。アイデアを出した本人がやるべきです。
主任女 ジャンケンで決めればいいじゃない。恨みっこなしだ。
七号・十二号 ジャンケンポン、あいこでしょあいこでしょ、(何回やってもあいこになってしまう)
主任女 クソッ!
(頭から湯気を出し、糞を掴むと二人にぶちまける。女たちは悲鳴を上げて逃げていくが、糞の一部は客席にも飛び込む)

五  マンション共用部の廊下

主任男 (三号を睨み付け)君はお庭にいる女主任が手に付いたクソを美味そうに舐めているのを見て、軽蔑的な眼差しを注いでいるな?
三号  とんでもございません。うらやましい限りで。
主任男 美味しいのだよ。お掃除ロボットの宿命だ。彼女を造った技術者が、汚いもの、臭いものに対する嗜好性を植え付けたのだ。まるで犬さ。悲しき性だ。それに彼女がなぜ手を洗わないのか……。それはね、ロボットは狂犬病の犬みたいに水を嫌うからだ。雨の日も一日中憂鬱さ。もちろん防水加工はされているが、性に合わない。
三号 じゃあ、お掃除も水なしで?
主任男 水は使わん。しかし君たちは私がいなければ使ってかまわんよ。要は結果だ。きれいになることが掃除の目的だからな。
三号 私も水仕事は嫌いですな。
主任男 じゃあ私のやり方を身に付ける以外ないな。
三号 どんな方法で?
主任男 バキュームさ。吸い取るのだ。
三号 電気掃除機を使うんですね?
主任男 バカな。うちはロボットの会社だぜ。機械が機械を使うのはおかしいじゃないか。
三号 といいますと?
主任男 (腹をポンポン叩き)この腹の中には強力なモーターが入っているんだ。そして、こうだ(大きな吸い取りヘッドをくわえ、音を出しながら四つん這いになって床を掃除する)
三号 (手を叩き)すばらしい。あなたは立派なお掃除マシーンだ。
主任男 (吸い取りヘッドを渡し)さあ、やってごらん。
三号 私が?
主任男 そう、君が。
三号 箒と塵取が必要ですな。
主任男 そんなもんウチにはないさ。欲しけりゃ自己負担だ。
三号 しかし、お腹にモーターがありません。
主任男 じゃあなんで、空気を吸っているんだ?
三号 生きるためですよ。
主任男 なら質問するが、君はなんでこんな会社に入った?
三号 生きるためです。
主任男 同じじゃないか。私の命令を聞けなければ、君は生きていけなくなるんだぞ。キサマには肺という立派なモーターが備わっている。タバコのように思いっきり吸い込めばいい。危険度はタバコほどじゃない。肺がんになるにはあと一○年はかかる。その前に老衰で天寿を全うできるさ。
三号 分かりましたよ。やりゃいいんでしょ。
主任男 (三号がうなりながら主任の真似をするのを見て)なんだ恰好だけか? ゴミの一粒も吸い取ってないぜ! 肺の奥までしっかり吸い込むんだ。(鞭を一発)
三号 (激しく咳き込み、のたうち回りながら)嗚呼苦しい。マジで吸い込んじまった。主任、救急車を呼んでください。
主任男 いや、それはできないな。こういった場合はもみ消すことが会社の規定になっておる。そうだ、ロボットは救急救命士の資格を持っているのだ。息が苦しいなら、口移しで人工呼吸を行えばいい。
三号 (息絶え絶えに)主任、私の唇に、あなたの唇を合わせようというのですか?
主任男 やりたくないが、君を死なせるわけにはいかない。
三号 いや、待ってください! 待って…(いきなり主任が三号に接吻すると、ムーディーな音楽が流れ、三号がよがり声を出す)アーン、ダメエ……。
主任男 (驚いて飛び退き)ビックリした! 君がそっちのほうだとは知らなかった。
三号 主任、ありがとうございました。すっかり息を吹き返しました。あなたは命の恩人です。
主任男 いやいや、上司としての当然の義務を果たしただけさ。
三号 いえいえ、上司と部下の関係以上の熱いものを感じました。
主任男 そう思うのは君の勝手だが、いずれにしろ廊下も壁も手すりも埃一粒見逃さないようにしなければいけない。そう、この廊下全体がクリーンルームだと思えばいい。
  (突然部屋のドアが開き、下着姿の若い女性が箒で室内のゴミを廊下に掃き出し、二人にかかる。女性は慌ててドアを閉める)たまにはこういうアクシデントもあるが、決して文句を言ってはいけない。平然と事態を受け止め、黙々と作業を続ける。さあ、続けたまえ。
三号 (うなりながら主任の真似をし、激しく咳き込んでのたうち回り)主任、人工呼吸、人工呼吸! (主任は慌ててその場を去る)


六 マンション外壁面

  (老人一号、二号が並行してロッククライミング風に壁面のヒビにパテを塗っている。下では主任男が上を見上げて指示を出す)

主任男 いいか、あとでペンキで仕上げるんだから凸凹にならないようにきれいにパテを塗るんだぞ。
一号 主任、そうおっしゃられても所詮は素人ですから。
主任男 なにを言っとる。プロだって最初は素人だろ。いいかげんにやらなきゃ、ちゃんと仕上がるもんだ。丁寧を心がけなさい。
二号 といっても、慣れない仕事で疲れます。休憩させてください。
主任男 バカは休み休み言いたまえ。宙吊りのままおネンネでもするつもりかよ。下まで仕上げなきゃ、地面に足を下ろすことはできんぞ!(鞭を一発)
一号 (キリキリという音を聞いて)主任、なんか変な音がしますが。
主任男 どんな音だね?
一号 聞こえませんか? 不気味な音を。
主任男 なるほど、不気味というよりは不吉な音だな?
二号 何の音ですか?
主任男 なに、どちらかのロープが、その体重に耐えかねて切れつつある音だ。
一・二号 ヒェ―ッ!
一号 どっちのロープです?
主任男 それは明らかだが、言わないほうがいいな。
二号 なんでです? なんで言わないんです?
主任男 なぜって、いまの状態では、君たちが落ちる確率は各々五○パーセントだ。しかし私がどちらかのロープだと確定すれば、確定された人の落ちる確率は一○○パーセントにアップする。それでも君たちは知りたいかい?
一号 (慌てて)いやちょっと待ってください。仮にどちらかが落ちるとして、その人の死ぬ確率はどうなんです?
主任男 難しい質問だな。そこにはいろんな要素が絡んでくる。さて、目測からすると、君たちの位置は、地上一○メートルだ。ほかの要素を入れないと、約九○パーセントの確率で死ぬことになる。
二号 そんなに高い確率で?
主任男 しかし、望みはあるぞ。まず、君たちの体重は?
一号 私は九○キロです。
二号 私は五○キロです。
主任男 老人一号。あなたはなぜダイエットをしなかったのかね?
一号 昔は一○○キロ越えでした。
主任男 いずれにしろ、日頃の怠慢が最終的には生死を分けることになるな。おデブは地面に衝突したときの衝撃が大きく、君の死亡率は九五パーセントにアップした。
一号 ヒェーッ!
二号 私は、私は?
主任男 君はお利口さんに痩せているから、子供ほどではないにせよ、その衝撃は緩和されて、死亡率は八五パーセントに下がった。
二号 ラッキー!
主任男 喜ぶのは早い。痩せた人間はお肉というクッションがないため、全身に複雑骨折が及び、寝たきりになる可能性がある。ことに心配なのは君たちの年齢だ。君たちはいったい何歳だ?
一号 主任、お分かりのくせに。二人とも七○前後ですよ。
主任男 そりゃまずいな。そんな老人が、なぜこんな危険なことを?
二号 なに言ってんの! あんたが指図してこうなったんだ!
主任男 エッ、そうでした? 記憶にないな。
一号 記憶にない? ロボットならボイスレコーダーがあるでしょう。
主任男 まあいい。話は変わるが、君たちに家族は?
一号 妻はちゃんとおりますよ。
二号 私は独身です。
主任男 なら二人とも安心だ。老人一号の奥さんは、ばく大な労災保険が入るし、老人二号は悲しんでくれる者が誰もいない。
一・二号 大きなお世話だ!
一号 で、いったいどっちなの。
二号 どっちが落ちるの。
主任男 そんなに知りたい?
一号 いや、その前に心の準備だ。
二号 ちょっと待って、主任! なんで助けようとしないのよ! あんたロボットでしょ。鉄腕アトムみたいに飛べるんでしょ?
主任男 バカなことを。私はお掃除ロボットですよ。飛べるわけ、ないじゃありませんか。
一号 じゃあスパイダーマンみたいに壁を登ってこれるでしょ?
主任男 ムリムリ。
二号 じゃあ、消防車呼んでくださいよ!
主任男 消防車が来るまで、最低一○分はかかるな。ロボットは無駄なことはしません。私の予測では、一分以内にあなた方のどちらかが天に召されることとなっております。
一号 バカなこと言うな!
一・二号 助けて! 助けて!

 (プッツンという音がしてロープが切れ、分解写真のように光が点滅しながら一号がスローモーションで落ちていく。ドスンという音がして、一号が主任の前に転がる)

主任男 (一号を見て事務的に)死んでる。私の推測は正しかった。(上を向いて)君は運が良かったな。
二号 冗談じゃない! 早く下ろしてくださいよ。
主任男 なにを言っとるんだ。まだ仕事の途中じゃないか。しかも、老人一号がやり残した分も、君がやらなきゃいけない。
二号 いいかげんにしろ! 週刊誌に垂れ込むぞ!
主任男 (態度を変え)まあまあまあ、落ち着いて。そんなパニくらなくても。
二号 とにかく下ろしてくれ!
主任男 仕方がないな。(ロープを伸ばして二号を地面に下ろす)
二号 お巡りさーん!(走りながら舞台を去る)
課長 (スマホを耳にあて登場)もしもし、アッ奥さんですか。ご主人が事故に遭いましてね。マンションの屋上から、ええ即死です。おめでとうございます。ええ、労災認定はバッチリです。いえいえ、そんなに感謝していただかなくても。仲間がいま警官を呼びにいっていますから、現場検証が終わり次第、ご遺体はお家にお届けしますよ。エッ、遺体を置くスペースがない? 分かりました。ウチには資材置き場がありますので、リアカーの上にでも置いておきましょう。それでは。
二号 (ロボット警官を連れてきて主任を指差し)お巡りさん、こいつです。こいつが危険な仕事を強要して仲間を落下させたんです。
ロボット警官 (二号に)ちょっと静かにして。(死体を検分しながら)なるほど、首の骨を折ってるな。いつものパターンだ。
課長 家族には連絡しておきました。
ロボット警官 で?
課長 喜んでましたよ。訴える気はさらさらありません。
ロボット警官 ならオッケーだ。こっちはいつものように書類を仕上げるから。君はいつものように死体の処理を頼む。
主任男 了解。
二号 チョッ、チョッと待った。人が一人死んだんだぜ。そんなに簡単に終わるのかよ!
ロボット警官 あんた、いったいこの仏の何なの?
二号 同僚さ。
課長 元同僚でしょ。
ロボット警官 同僚だろうがなんだろうが、ご遺族がオッケーなんだ。あんたがなんで口を出さなならんの?
課長 それに、ご遺族は社葬をお望みなんだ。今日中に灰にして郵送しなければ、明日家族のもとに届かんでしょ。
二号 しかし、それじゃあ本人は浮かばれないでしょ?
ロボット警官 何か遺言状でも預かったのかい?
二号 いや、今日知り合ったばかりだから……。
ロボット警官 (笑って)なあんだ、古い友人かと思ったぜ。邪魔だ邪魔だ。今度口を出したら業務執行妨害で逮捕するぞ! 失せろ!(二号は逃げ去る)アッ、来た来た。駆けつける途中で、火葬屋を呼んでおいたんだ。居住者に見られる前に片付けたいだろ?
課長 さすが手馴れたものですな。

  (アンパイヤのような服装をした二人が登場)

火葬屋 さっそく参りました。当社は二トントラックに高性能電気焼却炉を積んだ火葬屋でして、犬や猫の火葬を、お家の前の道路で行っております。また、犬でしたらチワワのような小型犬からセントバーナードなどの超大型犬まで対応が可能です。それに骨壷は松竹梅の三種類をご用意しておりますので、ご予算に応じたものを選ぶことができます。
課長 とにかく、いちばん安いコースでやってくれ。あすこに転がっている死骸を頼む。
火葬屋 (死体を見て)ヤッ、これは犬じゃありませんな。
主任男 お巡りさん。こいつ、おかしなことを言っていますよ。
ロボット警官 (課長から袖の下をもらい)犬じゃない? マスチーフだろ。お前、マスチーフを見たことないのか? (凄んで)それとも、俺の現場検証が間違っているとでも?
火葬屋 いえいえ、確かに見てくれは人に似ていますが、これは宇宙人のようですな。いずれにせよ、燃してしまえば、みな同じに見えます。DNA鑑定をしない限りにおいては。
ロボット警官 聞き分けの良い火葬屋だな。じゃあ、頼むな。(去る)
火葬屋 (警官の去ったのを見届け)しかし、宇宙人ですから、お値段のほうが、ちょっと……。
課長 何割増し?
火葬屋 五割増しでいかがでしょう。
課長 五割増し? それじゃあ、人間の斎場と変わりがないな。お宅を呼んだ意味がなくなる。いつもは二割増しで引き受けるぜ。
火葬屋 承知いたしやした。今回はサービスいたしやす。(火葬屋は助手と二人で死体を運んで去る)
主任男 課長、やっと一人片付きましたぜ。(二人はニヤリと笑って握手する)

七 鬱蒼とした庭

  (女たち三人が植木職人の恰好で、斧や電動ノコなどで木を倒している)

主任女 さあさあ、大家は遠くに住んでいるから、バッサバッサ気兼ねなくやってちょうだい。この森を造花の森に換えるのよ。落ち葉の落ちない綺麗な森にするの。(上手袖に向かって)アッ造園家の先生、こっち、こっち。 
(ルバシカを羽織り、頭にベレー帽のロボット造園家が上手から舞台前面に登場。引き続き、同じ恰好の女三人が登場。女たちは大量のプラゴミを積んだカートを押している)
 どうです先生。ごみ置き場の裏に、ルール違反のゴミがたくさんあったでしょう。これを処分するにはお金がかかるから、先生のアイデアでなんとかよろしくお願いします。
造園家 おまかせください。このプラゴミたちはアートの貴重な材料です。
主任女 十号、十一号、十二号、あんたたちは造園家先生の助手として、思う存分その芸術的な才能を発揮してください。先生、このオバサンたちにビシビシ命令して、大家さんがビックリするような美しいお庭を造っていただければ。
造園家 分かりました。私はロボット造園家の名誉にかけて、大家の喜ぶお庭を造ります。主任さんのご要望は、居住者が不法に投棄したプラゴミが素材に利用できないかということでしたので、こんな芸術を作ってみました。
  
(スクリーンにペットボトルを縛って積み上げた木の幹や、ペットボトルを切って作った大輪の花、黒ビニールを切った棕櫚の葉など、プラゴミを駆使したアートが映る)

主任女 すばらしい! 天才ですわ。あの汚らしいゴミが、こんな美しい植物になるなんて、信じられない。ねえみんな?
十号 ひょっとして、このお庭にゴミでも飾るんですか?
十一号 そりゃないでしょ。造花だなんて、ゴミはゴミでしょ!
主任女 なんてこと言うの。昔はゴミだったけど、いまじゃ立派なアートだわ。昔はアバズレ、尻軽だったあなたが、いまじゃ改心してきれいな心で天に召されていくようなものよ。
十一号 あら、よく私のこと知っているわね。
主任女 ビッグ・データに基づいて喋ったまで、です。
造園家 まあまあまあ、芸術が理解できなくても構いません。芸術家の多くが理解されずに苦しむことは間々あります。要は大家さんさえ喜んでくれればいいのです。聞くところによりますと、大家さんは某芸術大学を末席で卒業なさったとのこと。私と同じ芸術的センスの持ち主です。
主任女 末席ですか? 首席の間違いでしょ。
造園家 いいえ、末席です。セザンヌが首席ですか? ゴッホが首席ですか? みんな、みんな末席の人生を歩みました。
十二号 私も某芸術大学を末席で卒業しましたが、これは芸術には見えません。これはゴミです。どう見てもゴミです。しかも、人間を不愉快にする臭い臭いゴミです。あなたはまるで、小便器を芸術作品だと言い張る、デュシャンとかいう頭のおかしなアーティストと変わりません。
造園家 あら、すっかり忘れてたわ。(下手袖に向かって)ハーイ男性諸君、庭石を持ってきて。

  (三人の男性高齢者が、リアカーに小便器を山積みして登場)

三号 先生、敷地内に不法投棄されていた汚い小便器をお持ちしました。おそらく悪徳業者が始末に困って物件の敷地に捨てたものに違いありません。
造園家 ありがとう。こんな貴重なものを捨てるなんて、人間って本当にセンスのない動物ね。これを十個くらい水時計みたいに階段状に重ねて、上から水を流せば噴水ができるのよ。タイトルは『泉』。
四号 (小便小僧の像を抱えて上手から登場し)先生、こんなものも敷地に落ちていました。
造園家 すばらしい。その小便小僧を一番上に置いて水を流せば、最高だわ。
主任女 やりましたね、先生。こんな芸術の森を造ったら、ツイッターで評判になって、外部から不法に侵入する者も出てきません?
造園家 それは必要悪ですわ。こんな芸術的な庭があるんだから、誰だって入居したくなるでしょ。いまは老朽化でガラガラなんだから、きっと大家さんも大喜び。それに、入園料を取ることだって可能よ。ひょっとしたら、ここにいる全員に金一封が出るかも知れないわ。
(全員が喜び、はしゃぐ)
主任女 さあ、みんな。先生の指示に従って、山積みのゴミを芸術作品に仕上げるのよ。
  (木を切り倒した女たちまで加わり、造花作りが始まる)

 

(社長、専務、部長、大家が上手から登場。舞台奥は紗幕で隠されている)

大家 いやあ、正直あの庭は悩みの種でね。植木屋を頼むと、ばく大な金がかかるし、一時は駐車場にしようと思ったけれど、ここの居住者は誰一人車を持っとらん。
社長 そこで私どもは、大家様のその悩みを一気に解決しようと、著名な造園アーティストを招き、子飼いの植木職人を総動員させて、荒れ果てたお庭を芸術のお庭に変身させたわけです。
大家 しかし君、本当に?
専務 本当に、お代は一銭もいただきませんです。
大家 しかしどうして?
部長 大家様には、いつもいつもお目をかけていただいておりますので、ほんの感謝の気持ちとして、お受け取りいただければと……。
大家 しかし、植木を買うにしても金はかかるで。
社長 いえいえ、大家様が気に入っていただけるなら、多少の出費など、屁みたいなものでございます。 
大家 それは楽しみだな。どんな庭ができたのかな。兼六園のようなやつかな、後楽園のようなやつかな。
部長 百聞は一見にしかず。さあ、大名気分になったおつもりで、日本最高のお庭、「芸術の庭」をご堪能ください。

(紗幕が上がり、プラゴミの森が現出。横には小便器で作った小便小僧の滝に水が流れている。その前に主任女、造園家、女たちがかしこまって並んでいる)

大家 ななななな! なんじゃこれは。ゴミの山じゃねえか! これが六義園だと? 偕楽園だと?
造園家 いえいえ、これは現代アートの最先端を走る私の最高傑作であるお庭。題して「ゴミの園」でございます。

  (社長、専務、部長は手を叩き)

社長 先生、これはすばらしいお庭ですな。
専務 先生の芸術性に感服いたしました。
大家 これがすばらしい? 芸術だと。あんたら本気で言ってるのか? これは単なるゴミの山だろ! しかも臭い!
造園家 失礼な。これは芸術です。高名な私が言うんだから、間違いありません。
大家 (女性たちを指差し)あんたら人間も、ロボットどもの言うように、これは芸術だと思うかね?
十号 芸術ですわ。
十一号 芸術です。
十二号 すばらしい芸術です。
大家 ちくしょう、どうでもいい。芸術か芸術じゃないかなんてどうでもいい。大家の俺が気に入るか、気に入らないかの問題だ。気に入らない。俺にはゴミにしか見えない。大家が気に入らないんだから、こんな森は早々に撤去しろ。撤去だ。今日中に撤去だ。それから、お庭を元通りに修復しろ!
社長 それはご無理です。切った木を元通りにすることはできません。
大家 それじゃあ金だ。賠償金だ。一億円で許してやる。
社長 いや、そんな金払えません。無理難題を押し付けられたら、裁判ということになりますよ。
大家 ああ、裁判でも何でも受けて立とう。俺のマンションを台無しにしてくれたんだ。絶対に一億円はもぎ取ってやる!

(ロボット美術評論家が偶然通る)

評論家 ヤッ! なんてすばらしい庭園なんだ。いったい誰がこんなすばらしい作品を造ったんだ。これを造った芸術家は、たぶん天才だな。
大家 あなたは?
評論家 通りすがりの、高名な美術評論家です。
大家 このゴミの山のどこに、美的価値があるっていうんです?
評論家 じゃあ聞きますが、石ころばかりの枯山水のどこに、美的価値があるんです?
大家 あれはだって、みんなが美しいって言うじゃない。
評論家 みんながほめれば、芸術ですか?
大家 ほめなければ、誰も買わないでしょう。
評論家 値段が付かなければ、芸術ではないんですか?
大家 だれも買わなければ、画廊は潰れるでしょ!
評論家 チェッ、話にもならん。(造園家に目を向け)ややや! あなたはかの有名な!
造園家 はい。
評論家 かの有名なお騒がせ芸術家のパンクチーじゃございませんか。
造園家 (わらって)ばれましたか。
社長 この方が?
専務 この方が?
社長、専務、大家 この方が!
社長、専務、大家 で、パンクチーってなんなの?
評論家 ええい、みなの者控えおろう! このお方をどなたと心得る。かの世界的に有名な廃プラ芸術家、パンクチー様であらせられるぞ!
大家 といいますと、この庭は?
社長 おいくら?
評論家 また値段ですか。美術館に売れば、少なく見積もっても五十億は固いでしょうな。
大家 ごごごご、五十億! (気絶するが、すぐに起き上がり)いや絶対売らん。ここを美術館にして、入場料で稼ぐんだ。
社長 その運営は当社にお任せください。
大家 腐れ縁だ、仕方ない。ぼったら、ほかの会社にするぞ!

(突然の突風で、風に煽られた作品群がどんどん飛んでいく)

大家 アアア、札束が飛んでいく! (小便器の噴水が倒れて大家は小さな小便小僧の下敷きになって倒れ、顔に小便を浴びている)
部長 (大家を無視し、女たちに)お前ら何をやってる! 札束を追っかけろ! (女たちは一旦消えるがすぐにもどってくる)
十号 だめでした。作品のすべてが川に落ちて、流されちゃいました。
専務 なんで川に飛び込んで救い出さないんだ!
十一号 おぼれちゃいますよ!
造園家 これは私の設計ミスではなく、あんたの会社の施行ミスですわ。
社長 先生、どうかもう一度作っていただけませんでしょうかねえ。
評論家 あなた、この作品には五十億の値段が付いたんですよ。
専務 タダって話でしょ?
造園家 最初の作品はタダでしたが、評論家先生が五十億の価値があるとおっしゃいました。よござんす。三十億でお引き受けいたしましょう。
大家 (驚いて、小便小僧を撥ね退けて立ち上がり)ゴミならどんどん持ってきますから、十万円でどうでしょう。
造園家 この私の作品が十万ですって?
評論家 (わらって)世界的な芸術家の作品が十万だなんて、あんたらアホか!

 (造園家と評論家は腕を組んで退場)

大家 どうしてくれるんだ! あんたの会社の施行ミスがこんな損失を招いたんだ。この落とし前をどう付けてくれるんだ!
社長 (大家に接近し、耳打ちする)かねてからご要望の老朽マンション解体の件ですが、費用はゼロということに。
大家 (ニタリとして)サービスかい?
社長 サービスです。(社長と大家は握手をして大家は退場。社長は女たちを手招きして整列させ、威厳を持って宣言する) お前ら、全員クビだ! (女たちは悲鳴を上げて散逸する)

九 社長室
(大家をはじめ社長、専務、部長、課長が集まり、大きなダンボール箱を囲んでいる)

大家 コワ! これがその、自爆ロボットかい?
社長 さようでございます。テロリスト集団から入手いたしました。禁制品で、バレれば捕まります。
部長 インプリンティング・システムが完備しておりまして、最初にスイッチを入れた人間を生涯の師と仰ぎ、師の言うことには何でも従います。
課長 マインド・コントロール機能も完璧です。
  (部長と課長がダンボールを開けると、胡坐をかいたふてぶてしいロボットが現われる。体中に爆弾を巻きつけている)
大家 爆弾がなければ、一見普通のロボットに見えるな。
専務 さっ、大家様。スイッチオンを。
  (大家が首の後ろのスイッチを入れると、自爆ロボは動き出し、大家に土下座する)
自爆ロボ 親分、お久しぶりでございます。
大家 はて、昔会ったことあるかいな……。
自爆ロボ 人間でしたらオギャーッてなもんですが、おいらの場合、産声がこれになっております。けんど、おいらの生まれる前から、親分のことを忘れたことはありません。おいらは、親分の願いが叶うように作られております。
社長 まだ大家様の願いを話しておらんよ。
課長 社長、その必要はございません。すでに会社の戦略はインプットされております。
大家 じゃあ君、今後私のことを親分と呼ぶのは止めたまえ。
自爆ロボ 分かりました。昔もいまも、あなたとおいらは一度も会ったことがございません。おいらは、コンピュータのいかれた欠陥ロボットです。
専務 当社は、君との係わりは一切ない。
部長 君は、たびたび世間を騒がす、制御不能の暴走ロボットだ。(自爆ロボに胸ぐらをつかまれ)あわわわわ!
自爆ロボ (部長のシャツをねじり上げ)そうよ、おいらは暴走ロボットだ。おい部長とやら、おいらをその物件とやらに案内せい! 大家の野郎、あばよ!
  (部長は自爆ロボに引きずられるように退場。)
大家 ほんとうに上手くいくかね?
社長 ご安心ください。ガタガタの老朽物件は、あいつが上手く処分してくれます。
大家 ついでにガタガタの老朽社員たちもだろ? おぬしも悪よのう。
社長 大家様だって、ヘヘヘ。
 (二人は高笑いして幕が閉じる)

十 老朽マンション
 
(庭には二人の主任と四人の清掃員が集合。一階の外部廊下から転げ落ちるように部長が逃げてくる)

部長 タタタタ、大変だ! 110号室に強盗が入って、家族四人を人質に立てこもったぞ!
主任女 (主任男に)早く110番、110番!
主任男 (スマホで)あ、警察ですか。強盗です。老朽マンション110号に強盗が入りました。
ロボット警官 (テカテカの顔して、ゆっくりやって来て)なんだなんだ、交番で最高級エクストラ・バージン自転車オイルを顔に塗って休んでいたのに呼び立てられて、またまたこのマンションじゃないか。いったい何が起きたんだね。
部長 強盗が110号室に押し入って、一家四人を人質に立てこもりました。
  (社長、専務、課長は遠くの場所で様子を窺っている)
ロボット警官 そりゃ大変だ! 特殊部隊、特殊部隊! (主任男に)はやく特殊部隊を呼んで。
主任男 お巡りさん。特殊部隊の電話番号が分かりません。
ロボット警官 なんだ君、そんなことも分からんのか。君はそれでも清掃主任か?
主任男 すんません。でも、お巡りさんが知っているんじゃないの?
ロボット警官 バカ言え。特殊部隊員でない俺が何で知っているんだ。政府の組織はすべて縦割り行政になっているんだ。君は世の中の常識というものを知らんな。
部長 じゃあ、どうすればいいんで?
ロボット警官 私は部外者だから、君たちの中で一番偉い人は誰だ?
主任女 部長です。
ロボット警官 じゃあ、君が指揮を取るんだ。
部長 ちょっと待ってください。私は事務職で、現場の責任者は二人の主任です。
ロボット警官 じゃあ君たち二人が指揮を取りたまえ。ここは君たちの物件だからな。ここで起こったことすべては、君たちが責任を持って解決しなさい。
主任男 …で、お巡りさんは何をするんで?
ロボット警官 私はアドバイザーとして、君たちの疑問にお答えしよう。世間で言う、専門家のご意見というやつだ。
部長・二人の主任 (お辞儀をし)ありがとうございます。
主任男 じゃあ、さっそくお聞きしますが、最初は何をすればいいんで?
ロボット警官 エッ、まさか君はテレビの刑事物を見たことないのかね?
主任女 (ポンと手を叩き)ああ、分かりました。説得工作ですね。
ロボット警官 ピンポン! 君のそのウグイスのような声は最適だな。

 (主任女は110号室の前に行き、ドア越しに説得を開始)

主任女 (ドアを叩き)あのもしもし、石川五右衛門の旦那。せめて人質だけでも解放してくれませんかね。
爆弾男 (ドアの向こうから)なんで俺の所有物を手放せと言うのかね?
主任女 だってそれらは、動物愛護法で保護されていますから、勝手に獲ることはできませんわ。法に触れます。泥棒ですわ。
爆弾男 アホ抜かせ! 俺は泥棒じゃなくて強盗だ。ステージが違う。しかし誰がそんな法律を作ったんだ。捕った獲物は煮て食おうが焼いて食おうがこっちの勝手だろ!
主任女 (ロボット警官に)お巡りさん、らちが開きませーん。(警官が主任男に目配せをすると、今度は主任男がドア前に行って説得を開始)
主任男 (ドアを叩き)あのもしもし、ご両親がどれだけ悲しんでいらっしゃるか。
爆弾男 アホコケ! ロボットにご両親なんかいるか! 御茶ノ水博士を呼んでこい!
主任女 残念ですが、あの方はとっくに亡くなっております。
爆弾男 どうでもいい、人質は手放さんぞ!
主任女 お巡りさん、らちが開きませーん。
ロボット警官 (部長を四人の清掃員から離し、部長に向かって耳打ちする)あの二人はダメだな。君だったら少しはマシだろう。人質解放が無理なら、次に考えることは?
部長 さあ、なんでしょう。
ロボット警官 君は刑事物を見たことないのかね? 人質交換じゃないのかね。
部長 なるほど、そりゃ妙案だ。(部長は110号室の前に行き、説得を開始)もしもし、私、このポンコツマンションを管理している部長でございます。何かご不満の点でもあれば、なんなりとお申し付けください。
爆弾男 なんだ、最初からそう言ってくれれば、すんなりといったのに。さし当たって、現金五千万と高飛び用の飛行機だな。
部長 もちろん人質も一緒に?
爆弾男 当然だ。人質を盾にしないと、蜂の巣になっちまうからな。
部長 分かりました。現金と飛行機はご用意いたしましょう。その代わり、条件がございます。あなた様のお抱えになっている人質は、私どもの大切なお客様です。お客様を疎かにしては商売が成り立ちません。そこで、干物みたいなポンコツの人質を四人ご用意いたします。膝の関節がさび付いて、逃げ出すこともできません。どうせ盾にするなら、そっちのほうが扱いやすいと存じますが……。
爆弾男 まさか、警官じゃないだろうな。
部長 とんでもございません。当社の従業員でございます。
爆弾男 分かった。人質交換に応じよう。
部長 (清掃員四人に手招きし)さあさ君たち、手伝ってくれたまえ。
三号 (部長に近付いて)部長、強盗と何を話していたんですか? 近頃、耳が遠くて……。
部長 犯人が人質解放に応じてくれたんだ。いいかね、君たちは部屋に入って四人の人質を玄関まで送り出すんだ。(課長が大きなスーツケースを持ってくる)それから、四人揃って頭を下げながら、このスーツケースを犯人に渡すんだ。中には五千万の札束が入っている。そして慌てず、ゆっくりと引き下がる。
四号 五千万の札束! 嗚呼、夢のような金額ですね。
部長 私だったら、ここで持ち逃げするが、君はどうする?
四号 それは無理ですよ。膝が痛くて走れないし、ピストルを持ったお巡りさんもいますしね。
五号 でも、部屋に入るのも危険な役目ですな。
部長 じゃあ会社を辞めるかい? 命令に従わない人間はクビだ。やってくれれば報奨金を出そう。お一人様百万でどうだ。
六号 エッ、百万もくれるの? やります、やります。
三・四・五号 やります、やります!
主任男・主任女 やります、やります!
部長 (慌てて)シュッ、シュッ、主任、君たちはやらなくてもいいんだよ。
主任男・主任女 部長に止める権利はありません。彼らを統率しているのは私たちです!

(清掃班はノックして全員部屋に入っていく。部長は呆れ顔で見送る)

十一  部屋の中

 (部屋の中央に爆弾男が胡坐を掻き、片隅に家族四人が寄り添うように固まっている)

主任男 五右衛門様。人質解放のための保証金五千万をお持ちいたしました。
爆弾男 なんだ、お前ら二人はロボットじゃないか。話が違うぜ。おいらが要求したのは人間四人だぞ。そうか、お前らは刑事だな?
主任女 ととと、とんでもございません。わたしたちは、こいつら人間どもを指導しているロボット清掃主任でございます。
爆弾男 とにかく、ロボットは嫌いだ。体の中に核ミサイルを隠しておるかも知れんからな。(主任女の右手を見て)ヤヤヤ、お前の掌に空いている大きな穴はなんだ! その穴から何が飛び出すんだ!
主任女 ああ、これですか(右手からハタキ、左手からフラワーを出して品を作り)お掃除道具でございまあす。
爆弾男 チョッ、脅かすなよ。(主任男の両手を見て)ヤヤヤ、お前の手から出ている長い紐は鞭じゃないか。それでおいらをひっぱたこうってわけだな。
主任男 とんでもござんせん。これは修行の足りない従業員を叱咤激励する鞭でして、強盗の神様に使用する道具ではございません。また、これらの道具は、小さな部屋に篭城されている五右衛門様の退屈しのぎに、わざわざお持ちした歌舞音曲の小道具でして、こんな感じに使用いたします。(中国舞踊の音楽が流れ始め、主任二人は鞭やハタキを使って優雅に踊り始める)
爆弾男 (手を叩いて)ブラボー、ブラボー、いいじゃないか。しかし、お前らはなんか怪しいやつらだ。踊りが上手すぎる。大分訓練しているな。人質を解放してやるから、お前らも一緒に出るんだ。消えうせろ! しかし、爺さん四人はまだいてもらう。
三・四・五・六号 なんで!
爆弾男 一人になったら寂しいじゃないの。 
三号 お相手をしろと?(ニタリとして)ヤダーッ!
爆弾男 気持ち悪いなあ。
主任男 さあ、人質さんいらっしゃい。私たち二人が、お助けしますよ。居残りの方々には鞭やハタキを置いときますから、五右衛門様を楽しませてやってください。
   (主任二人は人質家族を連れて部屋から出て行く)
爆弾男 じゃあさっそく、楽しませてもらおうじゃないか。
四号 何をです?
爆弾男 何をって、歌舞音曲に決まってるじゃないか。
五号 しょうがないな。ミュージックスタート!
  (いきなりロックンロールの音楽が流れ、男たちはそれぞれ勝手に手ぬぐいザルなども持ち出し、へっぴり腰でどじょう掬い等の踊りを踊り始める。爆弾男も加わって振り付けも統一され、華麗なる演舞が真っ盛りになったところで六号が笛を吹き、男全員が一丸となって爆弾男に飛びかかり、押さえつけ、鞭や縄で縛り上げる)
六号 やった、やった、捕まえたぞ。
三号 (外に向かって)お巡りさーん、捕まえました!
爆弾男 チョッ、ちょっと待って。君たち、いったい幾ら貰えるんだ?
四号 一人百万だよ。
爆弾男 百万? (笑って)そんなはした金貰ってどうするの。そのバッグの中には五千万もの大金が入っているんだぜ。おいらを含めて山分けといこうじゃないか。一人一千万ずつポリ袋に入れて、何食わぬ顔で部屋を出てけばいい。それから一目散にトンズラだ。おいらは君たちの逃げたあとに、ゆっくり逃げるさ。
   (男たちは顔を見合わせ、その気になる)
五号 百万が十個で一千万。十倍じゃないか。
六号 人質は救出したし、あとはこの金をどう処理するかの問題だな。
三号 まさか、全部を爆弾野郎に上げるわけにはいかないわ。
四号 なんでこんな悪党に一千万もやるんだ。
五号 ということは、五千万を四人で割ると一人千二百五十万ということになるな。
爆弾男 ちょっと待って、アイデアを出したのはおいらでしょ。
六号 (いきなり爆弾男の頭を叩き)うるさい、黙ってろ!
三号 そうと決まったら時間がないわ。開けて開けて!
   (四号がバッグを開けると、中から古新聞の札束がどっさり出てくる)
爆弾男 (大笑い)ハッ、ハッ、ハッ!
四号 (いきなり爆弾男の頭を叩き)この野郎、騙されやがって!
爆弾男 すいません、親分。
五号・六号 ガッカリ。
三号 しょうがない、百万円のコースに戻りましょう。
爆弾男 (笑って)身代金を騙すぐらいだもの、会社が報奨金をくれるわけ、ないでしょ。
五号 (いきなり爆弾男の頭を叩き)黙れ!
爆弾男 いいこと教えてあげようか。
三・四・五・六号 何?
爆弾男 五千万はおいらがこの部屋のどこかに隠したのよ。
   (男たちが、部屋中を探し回るが、どこにも見当たらない)
五号 嘘を言うな!
爆弾男 (笑って)さあ、どっちでしょう。
六号 (優しく)紐を解いてやるから教えて。
三号 (猫撫で声で)逃がしてやるから教えて。
四号 よし、君に一千万進ぜよう。
爆弾男 いやいやいや、おいらの欲しいのは、後ろのポケットに入っているバハナ産の高級葉巻。お金なんざ、どうでもいいんだ。
五号 そんなバハナ! ロボットが葉巻吸うの?
爆弾男 金のありかを教えてあげるからさ。吸わしておくれよ。
   (五号が葉巻を爆弾男のポケットから出して彼の口に刺し込み、ライターで火を点ける。男は美味そうに葉巻を吹かす)
六号 さあ、吸わせてやったんだ。早くお金のありかを教えてくれよ!
爆弾男 なんでえ、せっかく一服してるのによ。そう急かせるなよ。あんたら葉巻を吸ったことないだろ? どうせもうすぐ死ぬんだから、冥土の土産に試してみろよ。
三号 私、美容のために禁煙しています。
爆弾男 (ゲラゲラ笑って)そんな歳になってまで、まだ男が捉まると思ってんの?
三号 いやいや、蓼食う虫は好き好きですわ。
爆弾男 とにかく吸えよ。お前らみんな吸わないなら、おいらは金のありかを喋らない!
三号 分かりましたよ。吸いましょ、吸いましょ。(爆弾男から葉巻を取って、回し呑みを始める)
四号 これは美味い。さすがにババナ産ですな。
五号 蜜のようなほんのりとした甘さが、高級品の品格ですかな。
六号 煙を吐き出すときに、少しばかり青臭いし、エグみもちょっとあり、なんか青春を味わっているような……(センチメンタルな音楽が流れて、涙を流し始め)嗚呼、あの頃は夢があったなあ。
三号 (涙を流し)嗚呼、あたしは大金持ちになると思っていたんよ。自家用ジェット機、自家用クルーズ船。
四号 (涙を流し)俺なんて、愛人が十人いるような柴又のドンファンになるつもりだったのに、寅さんになっちまった……。
五号 (涙を流し)俺はノーベル文学賞を取るはずだったんよ。(立ち上がり)オオ、殿下、光栄でございます。殿下のお手から直接メダルを授かるなんて、感激もひとしおでござりまする。まあ、いいからいいから、遠慮せずに受け取りなさい。ハハハッ、なんというありがたい御言葉でございましょう!
爆弾男 おおおお、みんなそれなりに夢があったんねえ。みんなあの頃に戻って、浮かれておるわ。(男たちが恍惚状態になったのを見極め)そろそろ、いいか。(外に向かって)お巡りさーん、大変です。男たちが他人の家に上がりこみ、マリファナ・パーティをしていまあす。

  (ロボット警官を先頭に、社長以下ロボット社員全員が部屋に雪崩れ込む)

ロボット警官 (ピストルを構え)臭い! マリファナの臭いが充満しておる。お前たち、現行犯逮捕だ。
三・四・五・六号 (手を上げて)マリファナ? 
三号 これはハバナの葉巻ですわ。
四号 (爆弾男に)これは単なるタバコでしょ?
五号 (爆弾男に)君がくれた葉巻でしょ?
爆弾男 お巡りさん。こいつらおいらを勝手に縛り上げて、マリファナ・パーティを始めたんです。痛いんで、この紐を解いてくださいよ。(主任二人が男の紐を解く)
社長 お前たち四人は、物件内で犯罪を犯した罪により、懲戒免職とする!
三・四・五・六号 ヒェーッ!
部長 (爆弾男に近付き)これで一つは片付いた。(体に巻き付いた爆弾を指差し)次はこれを頼むよ。
爆弾男 がってん承知の助でい!(尻から導火線を出して口にくわえ、火をつける)
部長 オイオイオイ、火をつけるのはみんなが居なくなってからでしょ。
ロボット警官 住民に避難勧告を出してからだろ!
爆弾男 そんなこと、聞いていません。
専務 課長、どうなっているんだ。
課長 すいません。プログラミングミスです。
社長 設定ミス? 大変だ!
ロボット警官 みんな逃げろ!
 (爆弾が破裂し、老朽マンションが崩壊する映像が流れる)
   
十二  天国か地獄
  (背中に翼を生やし、頭に輪を乗せた一号と天使のところに、同じ恰好の三・四・五・六号がやって来る)

一号 いらっしゃい。お疲れ様。
三号 あら、お久しぶり。
一号 またどうして、皆さん揃って。
四号 あんたが落ちたマンションが崩壊しましてな。下敷きになりまして……。
天使 それはそれは……。でも、ここは天国ですからな。心配することはありません。
五号 (驚いて)天国ですか?
天使 天国だと思えば天国です。
六号 地獄だと思えば?
一号 そりゃ地獄でしょうな。要は気分の持ちようです。楽しいと思えば楽しいし、楽しくないと思えば楽しくない。
三号 でもこれからずっと暮らすんなら、どっちかに決めていただかないと……。
天使 じゃあこうしましょう。(「天国行き」と書かれた奥のオンボロバスを指差し)あそこに天国行きのバスが待機しています。もうすぐ発車します。あのバスの中に座席が三つ、その上に美味しい茶饅頭が三つ置いてあります。
三・四・五・六号 なんで茶饅頭?
一号 茶饅頭は、天国行きの切符です。
三・四・五・六号 なるほど。
天使 で、まずは生きていた頃の性格について、アンケートをとります。
三・四・五・六号 なんでアンケート?
天使 世界人口の中で、良い人、悪い人の比率を調査しているのです。さて。
一号 美味しい茶饅頭が一個あります。これを人に食べさして、喜んでもらいたいと思う人、手を挙げてください。
   (一人も挙げない)
一号 美味しい茶饅頭が一個あります。まずはこれを自分が食べて、満足しようと思う人、手を挙げてください。
   (四人全員手を挙げる)
一号 美味しそうに見えない茶饅頭が二個あります。まずはこれを自分が食べて、美味しかったら人に勧める人、手を挙げてください。
   (四人全員手を挙げない)
一号 美味しそうに見えない茶饅頭が二個あります。これを人に食べさして、人が美味しいと言ってから食べる人、手を挙げてください。
   (四人全員手を挙げる)
天使 おめでとうございます。性格試験は見事合格です。次は実技試験です。
一号 バスの中には茶饅頭が三つ。茶饅頭を食べた人だけが、天国へ行けます。
天使 早いもの勝ちです。パン食い競走のようなものです。私が笛を吹いたら、スタートです。
  (天使が笛を吹くと、四人は我先にバスのドアに殺到。なかなか中に入れず、押し合い圧し合い、剥がし合い、殴り合いの末に、四・五・六号が見事茶饅頭を獲得。三号は集中して殴られたため、しばらくは立ち上がれない)
四・五・六号 ゲットだぜ!
天使・一号 (手を叩いて)おめでとうございます!
天使 じゃあ一斉にお食べください。
   (三人一斉に食べると、不味くてすぐにペッペと吐き出す)
四号 なんだこりゃ!
五号 不味いぜ!
六号 腐ってるぜ!
天使 それは馬糞です。
一号 馬のウンチです。
四・五・六号 このやろ!
   (三人は馬糞を客席に投げ、一号と天使を押し倒し、殴り付けて首を絞める)
一号 待ってください。来てますよ、来てますよ!
天使 (キョロキョロ上手を下手を見て)両方から誰かが迎えにやって来ます。そいつらが天使だったら、ここは天国です。そいつらが鬼だったら、ここは地獄です。
四号 そいつらが天使と鬼だったら?
一号 当然、天国と地獄の中間地点でしょ。
五号 天使が来た方向に行けば、天国というわけだな?
一号 そういうことです。
   (両側から、角を生やし、鞭を持った二人の主任が登場)
主任女 残ねーん。ここは地獄でした。
専務 (客席最前列から立ち上がり)ここは地獄やで~!
社長 (客席最前列から立ち上がり)あんたら、生きておっても、死んでおっても、地獄やで~!
   (いろんな所から警官、社長、専務をはじめとする会社の鬼たち、爆死したほかの部屋の居住者たち、出演者全員が舞台に上がって、六人を追い回し、大量の馬糞合戦が勃発。カオスと化して幕が下りる)

(おわり)

*「パンクチー」は、パンク(つまらない物)とパクチーカメムシ草)の合成語で、固有の人物を示したものではありません。

 

エッセー

「自愛」と「他愛」


「天使 世界人口の中で、良い人、悪い人の比率を調査しているのです。さて。
一号 美味しい茶饅頭が一個あります。これを人に食べさして、喜んでもらいたいと思う人、手を挙げてください。
   (一人も挙げない)
一号 美味しい茶饅頭が一個あります。まずはこれを自分が食べて、満足しようと思う人、手を挙げてください。
   (四人全員手を挙げる)
一号 美味しそうに見えない茶饅頭が二個あります。まずはこれを自分が食べて、美味しかったら人に勧める人、手を挙げてください。
   (四人全員手を挙げない)
一号 美味しそうに見えない茶饅頭が二個あります。これを人に食べさして、人が美味しいと言ってから食べる人、手を挙げてください。
   (四人全員手を挙げる)」

 上の文章は『ロボット清掃会社』の一節で、天使が天国に行く人間をチョイスするために行った質問方式のエゴイズム検査法だ。その後、バスの中の茶饅頭をゲットするパン食い競走風実技試験もある。バスの入口は狭く、空席を取ろうとすると殺到する人々は押し競饅頭状態になってしまう。海外ではたまに見る光景だが、これを見た日本人は抱腹絶倒してしまうものの、当の本人はバーゲンセールで同じことをやっている。日本人はほとんど単一民族で大きな家族のようなものだから、「恥」や「世間体」を気にするし、お行儀を良くする教育も受けてきた。多民族国家では、自己主張しなければ無視される環境が多く、おのずと「俺が俺が!」になってしまう。しかし、教育のしっかりした国では、けっこう日本人よりも行儀がいい。

 「他愛もない」という言葉がある。幼い行動を指す言葉だが、子供は「自愛」で行動しているから、そんな子供の感性を引きずって生きる大人は「他愛もない奴だ」などとバカにされる。最初は「自愛」の子供が、教育や他者との関係で「賢い振る舞い」とともに「他愛」を身に着けていくことは言える。人間も地球生物の一員としての生存本能は不可欠で、「自愛」が優先されるのは当然のことだ。その「自愛」をどれだけ「他愛」に割譲できるかは、人それぞれの遺伝子や、生まれ育った生活環境が大きく影響するだろう。生まれつき我欲の強い人間は確かにいる。そうでなくても、兄弟で晩のおかずを取り合いするような家庭に育てば、大人になっても頬袋を膨らませた早食いは残ってしまう。

 一概には言えないが、政治家は我欲の坩堝のような支援者共同体に持ち上げられて政界に進出する。そんな人間が、国家政治の基本である「他愛」に殉じようとしても、地元支持者たちの我欲の網の目に絡め取られてしまうことは否定できない。そんなことでは国民全体を見据えた良い政治など、できるはずがない。民主主義国家だろうが社会主義国家だろうが、政治に守られ得をしているのは、政権に献金等の網を張りめくらした利益享受団体や個人だろう。当然のことだが、戦争というのも、国家の「自愛」どうしがぶつかり合って起きるものだ。つまり、戦争は「他愛」がなければ解決できない代物だ。「パワー・バランス」や「核抑止力」などというものは、「冷戦」「擬似冷戦」という仮の解決に過ぎず、バランスが崩れれば、戦争が起こる可能性は大だ。

 ドストエフスキーは、我欲の坩堝と化した社会を描くためにムイシュキン公爵(『白痴』)という人物を小説に投入した。彼は、キリストを連想して公爵を描いたという。公爵は、「他愛」の塊のような男で、思わぬところから親戚の遺産が転がり込んだときも、自分も遺産を相続する権利があると名乗り出た男に、確認もせずに分け与えることを約束した(後でその男の勘違いであることが分かったが…)。しかし、公爵も結局、我欲の坩堝の中で存在意義を失い消えていく。

 キリストが生きていた当時は、その宗教は「他愛」の宗教だったろうが、ローマ帝国の国教となって権力に加担し、それ以来長い間「自愛」的宗教として、多くの弾圧を行ってきた。国教ではなくなった今日でも、信者たちは教会に行って神妙になった帰りのバスで、席取り合戦に興じたりする。懺悔をすれば、許されるとでも思っているのだろう。

 しかし彼らの心には「慈悲の精神」というものがしっかり存在しているのだ。それはキリスト以前、「ギリシア悲劇」におけるカタルシスアリストテレス)あたりから来ているものかも知れない。観客は自分に主人公を投影して恐れ、自分がそんな悲劇に遭わなかったことを神に感謝するとともに、主人公を哀れむ。これを繰り返していると、他人の悲劇的状況を自分に投影することが容易になり、慈悲の精神が育まれていく。人が美味しい茶饅頭を食べて喜んでいる姿を自分に投影することさえできれば、「他愛」は「自愛」に打ち勝つことができるだろう。同じように、仲違いする相手国の国内事情を、こちら側の国民一人ひとりが自分に投影できるなら、戦争は起こらないはずだ。なぜなら「他愛」は、許し合うことの基本的な立ち位置なのだから。

 アメリカ・ファーストが旗印のトランプ大統領はもちろん、世界中で専横的な振る舞いをする国家元首が増えつつある。彼らは一定の支持層を擁して、国内の反対者を弾圧したり、自国に不利益をもたらす他国に武力的・経済的な脅威を与え始めている。個人的な「自愛」と、国家的な「自愛」の相乗効果で強圧的になっていく様は、第二次世界大戦の開戦前のような危機的状況を連想させる。

 しかも現在は「核」という強力兵器もあるし、デマ情報が飛び交う「SNS」といった情報兵器もある。為政者にとって「炎上」はプロパガンダ作戦の強力兵器になるだろう。スズメバチじゃないけれど、一旦脳味噌に火を点けられた国民は、一転して戦闘モードに突入だ。こうした「好戦症」の爆発的感染を防ぐには、感染のスピードを緩めることだと、確か政府も言っている(別の病気において)。その手段は怒りを静める方法と同じだ。少し冷静になって、「他愛」の立ち位置から相手国の置かれた状況を考えてみることだ。それでも納得できなければ仕方がないが、確実に急激な発火は抑えられる。国民一人ひとりがそうすれば、国として冷静な対応が取れるに違いない。
「そうこうしているうちに、東京は爆弾で炎上しとるぜ!」
それは、国の感染症対策に言うべき言葉ではありませんか?

 

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