詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

抱腹絶倒悲劇「ロボット清掃会社」(最終)& エッセー

抱腹絶倒悲劇「ロボット清掃会社」(最終)

 

九 社長室

(大家をはじめ社長、専務、部長、課長が集まり、大きなダンボール箱を囲んでいる)

 

大家 コワ! これがその、自爆ロボットかい?

社長 さようでございます。テロリスト集団から入手いたしました。禁制品で、バレれば捕まります。

部長 インプリンティング・システムが完備しておりまして、最初にスイッチを入れた人間を生涯の師と仰ぎ、師の言うことには何でも従います。

課長 マインド・コントロール機能も完璧です。

  (部長と課長がダンボールを開けると、胡坐をかいたふてぶてしいロボットが現われる。体中に爆弾を巻きつけている)

大家 爆弾がなければ、一見普通のロボットに見えるな。

専務 さっ、大家様。スイッチオンを。

  (大家が首の後ろのスイッチを入れると、自爆ロボは動き出し、大家に土下座する)

自爆ロボ 親分、お久しぶりでございます。

大家 はて、昔会ったことあるかいな……。

自爆ロボ 人間でしたらオギャーッてなもんですが、おいらの場合、産声がこれになっております。けんど、おいらの生まれる前から、親分のことを忘れたことはありません。おいらは、親分の願いが叶うように作られております。

社長 まだ大家様の願いを話しておらんよ。

課長 社長、その必要はございません。すでに会社の戦略はインプットされております。

大家 じゃあ君、今後私のことを親分と呼ぶのは止めたまえ。

自爆ロボ 分かりました。昔もいまも、あなたとおいらは一度も会ったことがございません。おいらは、コンピュータのいかれた欠陥ロボットです。

専務 当社は、君との係わりは一切ない。

部長 君は、たびたび世間を騒がす、制御不能の暴走ロボットだ。(自爆ロボに胸ぐらをつかまれ)あわわわわ!

自爆ロボ (部長のシャツをねじり上げ)そうよ、おいらは暴走ロボットだ。おい部長とやら、おいらをその物件とやらに案内せい! 大家の野郎、あばよ!

  (部長は自爆ロボに引きずられるように退場。)

大家 ほんとうに上手くいくかね?

社長 ご安心ください。ガタガタの老朽物件は、あいつが上手く処分してくれます。

大家 ついでにガタガタの老朽社員たちもだろ? おぬしも悪よのう。

社長 大家様だって、ヘヘヘ。

 (二人は高笑いして幕が閉じる)

 

十 老朽マンション

 

(庭には二人の主任と四人の清掃員が集合。一階の外部廊下から転げ落ちるように部長が逃げてくる)

 

部長 タタタタ、大変だ! 110号室に強盗が入って、家族四人を人質に立てこもったぞ!

主任女 (主任男に)早く110番、110番!

主任男 スマホで)あ、警察ですか。強盗です。老朽マンション110号に強盗が入りました。

ロボット警官 (テカテカの顔して、ゆっくりやって来て)なんだなんだ、交番で最高級エクストラ・バージン自転車オイルを顔に塗って休んでいたのに呼び立てられて、またまたこのマンションじゃないか。いったい何が起きたんだね。

部長 強盗が110号室に押し入って、一家四人を人質に立てこもりました。

  (社長、専務、課長は遠くの場所で様子を窺っている)

ロボット警官 そりゃ大変だ! 特殊部隊、特殊部隊! (主任男に)はやく特殊部隊を呼んで。

主任男 お巡りさん。特殊部隊の電話番号が分かりません。

ロボット警官 なんだ君、そんなことも分からんのか。君はそれでも清掃主任か?

主任男 すんません。でも、お巡りさんが知っているんじゃないの?

ロボット警官 バカ言え。特殊部隊員でない俺が何で知っているんだ。政府の組織はすべて縦割り行政になっているんだ。君は世の中の常識というものを知らんな。

部長 じゃあ、どうすればいいんで?

ロボット警官 私は部外者だから、君たちの中で一番偉い人は誰だ?

主任女 部長です。

ロボット警官 じゃあ、君が指揮を取るんだ。

部長 ちょっと待ってください。私は事務職で、現場の責任者は二人の主任です。

ロボット警官 じゃあ君たち二人が指揮を取りたまえ。ここは君たちの物件だからな。ここで起こったことすべては、君たちが責任を持って解決しなさい。

主任男 …で、お巡りさんは何をするんで?

ロボット警官 私はアドバイザーとして、君たちの疑問にお答えしよう。世間で言う、専門家のご意見というやつだ。

部長・二人の主任 (お辞儀をし)ありがとうございます。

主任男 じゃあ、さっそくお聞きしますが、最初は何をすればいいんで?

ロボット警官 エッ、まさか君はテレビの刑事物を見たことないのかね?

主任女 (ポンと手を叩き)ああ、分かりました。説得工作ですね。

ロボット警官 ピンポン! 君のそのウグイスのような声は最適だな。

 

 (主任女は110号室の前に行き、ドア越しに説得を開始)

 

主任女 (ドアを叩き)あのもしもし、石川五右衛門の旦那。せめて人質だけでも解放してくれませんかね。

爆弾男 (ドアの向こうから)なんで俺の所有物を手放せと言うのかね?

主任女 だってそれらは、動物愛護法で保護されていますから、勝手に獲ることはできませんわ。法に触れます。泥棒ですわ。

爆弾男 アホ抜かせ! 俺は泥棒じゃなくて強盗だ。ステージが違う。しかし誰がそんな法律を作ったんだ。捕った獲物は煮て食おうが焼いて食おうがこっちの勝手だろ!

主任女 (ロボット警官に)お巡りさん、らちが開きませーん。(警官が主任男に目配せをすると、今度は主任男がドア前に行って説得を開始)

主任男 (ドアを叩き)あのもしもし、ご両親がどれだけ悲しんでいらっしゃるか。

爆弾男 アホコケ! ロボットにご両親なんかいるか! 御茶ノ水博士を呼んでこい!

主任女 残念ですが、あの方はとっくに亡くなっております。

爆弾男 どうでもいい、人質は手放さんぞ!

主任女 お巡りさん、らちが開きませーん。

ロボット警官 (部長を四人の清掃員から離し、部長に向かって耳打ちする)あの二人はダメだな。君だったら少しはマシだろう。人質解放が無理なら、次に考えることは?

部長 さあ、なんでしょう。

ロボット警官 君は刑事物を見たことないのかね? 人質交換じゃないのかね。

部長 なるほど、そりゃ妙案だ。(部長は110号室の前に行き、説得を開始)もしもし、私、このポンコツマンションを管理している部長でございます。何かご不満の点でもあれば、なんなりとお申し付けください。

爆弾男 なんだ、最初からそう言ってくれれば、すんなりといったのに。さし当たって、現金五千万と高飛び用の飛行機だな。

部長 もちろん人質も一緒に?

爆弾男 当然だ。人質を盾にしないと、蜂の巣になっちまうからな。

部長 分かりました。現金と飛行機はご用意いたしましょう。その代わり、条件がございます。あなた様のお抱えになっている人質は、私どもの大切なお客様です。お客様を疎かにしては商売が成り立ちません。そこで、干物みたいなポンコツの人質を四人ご用意いたします。膝の関節がさび付いて、逃げ出すこともできません。どうせ盾にするなら、そっちのほうが扱いやすいと存じますが……。

爆弾男 まさか、警官じゃないだろうな。

部長 とんでもございません。当社の従業員でございます。

爆弾男 分かった。人質交換に応じよう。

部長 (清掃員四人に手招きし)さあさ君たち、手伝ってくれたまえ。

三号 (部長に近付いて)部長、強盗と何を話していたんですか? 近頃、耳が遠くて……。

部長 犯人が人質解放に応じてくれたんだ。いいかね、君たちは部屋に入って四人の人質を玄関まで送り出すんだ。(課長が大きなスーツケースを持ってくる)それから、四人揃って頭を下げながら、このスーツケースを犯人に渡すんだ。中には五千万の札束が入っている。そして慌てず、ゆっくりと引き下がる。

四号 五千万の札束! 嗚呼、夢のような金額ですね。

部長 私だったら、ここで持ち逃げするが、君はどうする?

四号 それは無理ですよ。膝が痛くて走れないし、ピストルを持ったお巡りさんもいますしね。

五号 でも、部屋に入るのも危険な役目ですな。

部長 じゃあ会社を辞めるかい? 命令に従わない人間はクビだ。やってくれれば報奨金を出そう。お一人様百万でどうだ。

六号 エッ、百万もくれるの? やります、やります。

三・四・五号 やります、やります!

主任男・主任女 やります、やります!

部長 (慌てて)シュッ、シュッ、主任、君たちはやらなくてもいいんだよ。

主任男・主任女 部長に止める権利はありません。彼らを統率しているのは私たちです!

 

(清掃班はノックして全員部屋に入っていく。部長は呆れ顔で見送る)

 

十一  部屋の中

 

 (部屋の中央に爆弾男が胡坐を掻き、片隅に家族四人が寄り添うように固まっている)

 

主任男 五右衛門様。人質解放のための保証金五千万をお持ちいたしました。

爆弾男 なんだ、お前ら二人はロボットじゃないか。話が違うぜ。おいらが要求したのは人間四人だぞ。そうか、お前らは刑事だな?

主任女 ととと、とんでもございません。わたしたちは、こいつら人間どもを指導しているロボット清掃主任でございます。

爆弾男 とにかく、ロボットは嫌いだ。体の中に核ミサイルを隠しておるかも知れんからな。(主任女の右手を見て)ヤヤヤ、お前の掌に空いている大きな穴はなんだ! その穴から何が飛び出すんだ!

主任女 ああ、これですか(右手からハタキ、左手からフラワーを出して品を作り)お掃除道具でございまあす。

爆弾男 チョッ、脅かすなよ。(主任男の両手を見て)ヤヤヤ、お前の手から出ている長い紐は鞭じゃないか。それでおいらをひっぱたこうってわけだな。

主任男 とんでもござんせん。これは修行の足りない従業員を叱咤激励する鞭でして、強盗の神様に使用する道具ではございません。また、これらの道具は、小さな部屋に篭城されている五右衛門様の退屈しのぎに、わざわざお持ちした歌舞音曲の小道具でして、こんな感じに使用いたします。(中国舞踊の音楽が流れ始め、主任二人は鞭やハタキを使って優雅に踊り始める)

爆弾男 (手を叩いて)ブラボー、ブラボー、いいじゃないか。しかし、お前らはなんか怪しいやつらだ。踊りが上手すぎる。大分訓練しているな。人質を解放してやるから、お前らも一緒に出るんだ。消えうせろ! しかし、爺さん四人はまだいてもらう。

三・四・五・六号 なんで!

爆弾男 一人になったら寂しいじゃないの。 

三号 お相手をしろと?(ニタリとして)ヤダーッ!

爆弾男 気持ち悪いなあ。

主任男 さあ、人質さんいらっしゃい。私たち二人が、お助けしますよ。居残りの方々には鞭やハタキを置いときますから、五右衛門様を楽しませてやってください。

   (主任二人は人質家族を連れて部屋から出て行く)

爆弾男 じゃあさっそく、楽しませてもらおうじゃないか。

四号 何をです?

爆弾男 何をって、歌舞音曲に決まってるじゃないか。

五号 しょうがないな。ミュージックスタート!

  (いきなりロックンロールの音楽が流れ、男たちはそれぞれ勝手に手ぬぐいザルなども持ち出し、へっぴり腰でどじょう掬い等の踊りを踊り始める。爆弾男も加わって振り付けも統一され、華麗なる演舞が真っ盛りになったところで六号が笛を吹き、男全員が一丸となって爆弾男に飛びかかり、押さえつけ、鞭や縄で縛り上げる)

六号 やった、やった、捕まえたぞ。

三号 (外に向かって)お巡りさーん、捕まえました!

爆弾男 チョッ、ちょっと待って。君たち、いったい幾ら貰えるんだ?

四号 一人百万だよ。

爆弾男 百万? (笑って)そんなはした金貰ってどうするの。そのバッグの中には五千万もの大金が入っているんだぜ。おいらを含めて山分けといこうじゃないか。一人一千万ずつポリ袋に入れて、何食わぬ顔で部屋を出てけばいい。それから一目散にトンズラだ。おいらは君たちの逃げたあとに、ゆっくり逃げるさ。

   (男たちは顔を見合わせ、その気になる)

五号 百万が十個で一千万。十倍じゃないか。

六号 人質は救出したし、あとはこの金をどう処理するかの問題だな。

三号 まさか、全部を爆弾野郎に上げるわけにはいかないわ。

四号 なんでこんな悪党に一千万もやるんだ。

五号 ということは、五千万を四人で割ると一人千二百五十万ということになるな。

爆弾男 ちょっと待って、アイデアを出したのはおいらでしょ。

六号 (いきなり爆弾男の頭を叩き)うるさい、黙ってろ!

三号 そうと決まったら時間がないわ。開けて開けて!

   (四号がバッグを開けると、中から古新聞の札束がどっさり出てくる)

爆弾男 (大笑い)ハッ、ハッ、ハッ!

四号 (いきなり爆弾男の頭を叩き)この野郎、騙されやがって!

爆弾男 すいません、親分。

五号・六号 ガッカリ。

三号 しょうがない、百万円のコースに戻りましょう。

爆弾男 (笑って)身代金を騙すぐらいだもの、会社が報奨金をくれるわけ、ないでしょ。

五号 (いきなり爆弾男の頭を叩き)黙れ!

爆弾男 いいこと教えてあげようか。

三・四・五・六号 何?

爆弾男 五千万はおいらがこの部屋のどこかに隠したのよ。

   (男たちが、部屋中を探し回るが、どこにも見当たらない)

五号 嘘を言うな!

爆弾男 (笑って)さあ、どっちでしょう。

六号 (優しく)紐を解いてやるから教えて。

三号 (猫撫で声で)逃がしてやるから教えて。

四号 よし、君に一千万進ぜよう。

爆弾男 いやいやいや、おいらの欲しいのは、後ろのポケットに入っているバハナ産の高級葉巻。お金なんざ、どうでもいいんだ。

五号 そんなバハナ! ロボットが葉巻吸うの?

爆弾男 金のありかを教えてあげるからさ。吸わしておくれよ。

   (五号が葉巻を爆弾男のポケットから出して彼の口に刺し込み、ライターで火を点ける。男は美味そうに葉巻を吹かす)

六号 さあ、吸わせてやったんだ。早くお金のありかを教えてくれよ!

爆弾男 なんでえ、せっかく一服してるのによ。そう急かせるなよ。あんたら葉巻を吸ったことないだろ? どうせもうすぐ死ぬんだから、冥土の土産に試してみろよ。

三号 私、美容のために禁煙しています。

爆弾男 (ゲラゲラ笑って)そんな歳になってまで、まだ男が捉まると思ってんの?

三号 いやいや、蓼食う虫は好き好きですわ。

爆弾男 とにかく吸えよ。お前らみんな吸わないなら、おいらは金のありかを喋らない!

三号 分かりましたよ。吸いましょ、吸いましょ。(爆弾男から葉巻を取って、回し呑みを始める)

四号 これは美味い。さすがにババナ産ですな。

五号 蜜のようなほんのりとした甘さが、高級品の品格ですかな。

六号 煙を吐き出すときに、少しばかり青臭いし、エグみもちょっとあり、なんか青春を味わっているような……(センチメンタルな音楽が流れて、涙を流し始め)嗚呼、あの頃は夢があったなあ。

三号 (涙を流し)嗚呼、あたしは大金持ちになると思っていたんよ。自家用ジェット機、自家用クルーズ船。

四号 (涙を流し)俺なんて、愛人が十人いるような柴又のドンファンになるつもりだったのに、寅さんになっちまった……。

五号 (涙を流し)俺はノーベル文学賞を取るはずだったんよ。(立ち上がり)オオ、殿下、光栄でございます。殿下のお手から直接メダルを授かるなんて、感激もひとしおでござりまする。まあ、いいからいいから、遠慮せずに受け取りなさい。ハハハッ、なんというありがたい御言葉でございましょう!

爆弾男 おおおお、みんなそれなりに夢があったんねえ。みんなあの頃に戻って、浮かれておるわ。(男たちが恍惚状態になったのを見極め)そろそろ、いいか。(外に向かって)お巡りさーん、大変です。男たちが他人の家に上がりこみ、マリファナ・パーティをしていまあす。

 

  (ロボット警官を先頭に、社長以下ロボット社員全員が部屋に雪崩れ込む)

 

ロボット警官 (ピストルを構え)臭い! マリファナの臭いが充満しておる。お前たち、現行犯逮捕だ。

三・四・五・六号 (手を上げて)マリファナ? 

三号 これはハバナの葉巻ですわ。

四号 (爆弾男に)これは単なるタバコでしょ?

五号 (爆弾男に)君がくれた葉巻でしょ?

爆弾男 お巡りさん。こいつらおいらを勝手に縛り上げて、マリファナ・パーティを始めたんです。痛いんで、この紐を解いてくださいよ。(主任二人が男の紐を解く)

社長 お前たち四人は、物件内で犯罪を犯した罪により、懲戒免職とする!

三・四・五・六号 ヒェーッ!

部長 (爆弾男に近付き)これで一つは片付いた。(体に巻き付いた爆弾を指差し)次はこれを頼むよ。

爆弾男 がってん承知の助でい!(尻から導火線を出して口にくわえ、火をつける)

部長 オイオイオイ、火をつけるのはみんなが居なくなってからでしょ。

ロボット警官 住民に避難勧告を出してからだろ!

爆弾男 そんなこと、聞いていません。

専務 課長、どうなっているんだ。

課長 すいません。プログラミングミスです。

社長 設定ミス? 大変だ!

ロボット警官 みんな逃げろ!

 (爆弾が破裂し、老朽マンションが崩壊する映像が流れる)

   

十二  天国か地獄

  (背中に翼を生やし、頭に輪を乗せた一号と天使のところに、同じ恰好の三・四・五・六号がやって来る)

 

一号 いらっしゃい。お疲れ様。

三号 あら、お久しぶり。

一号 またどうして、皆さん揃って。

四号 あんたが落ちたマンションが崩壊しましてな。下敷きになりまして……。

天使 それはそれは……。でも、ここは天国ですからな。心配することはありません。

五号 (驚いて)天国ですか?

天使 天国だと思えば天国です。

六号 地獄だと思えば?

一号 そりゃ地獄でしょうな。要は気分の持ちようです。楽しいと思えば楽しいし、楽しくないと思えば楽しくない。

三号 でもこれからずっと暮らすんなら、どっちかに決めていただかないと……。

天使 じゃあこうしましょう。(「天国行き」と書かれた奥のオンボロバスを指差し)あそこに天国行きのバスが待機しています。もうすぐ発車します。あのバスの中に座席が三つ、その上に美味しい茶饅頭が三つ置いてあります。

三・四・五・六号 なんで茶饅頭?

一号 茶饅頭は、天国行きの切符です。

三・四・五・六号 なるほど。

天使 で、まずは生きていた頃の性格について、アンケートをとります。

三・四・五・六号 なんでアンケート?

天使 世界人口の中で、良い人、悪い人の比率を調査しているのです。さて。

一号 美味しい茶饅頭が一個あります。これを人に食べさして、喜んでもらいたいと思う人、手を挙げてください。

   (一人も挙げない)

一号 美味しい茶饅頭が一個あります。まずはこれを自分が食べて、満足しようと思う人、手を挙げてください。

   (四人全員手を挙げる)

一号 美味しそうに見えない茶饅頭が二個あります。まずはこれを自分が食べて、美味しかったら人に勧める人、手を挙げてください。

   (四人全員手を挙げない)

一号 美味しそうに見えない茶饅頭が二個あります。これを人に食べさして、人が美味しいと言ってから食べる人、手を挙げてください。

   (四人全員手を挙げる)

天使 おめでとうございます。性格試験は見事合格です。次は実技試験です。

一号 バスの中には茶饅頭が三つ。茶饅頭を食べた人だけが、天国へ行けます。

天使 早いもの勝ちです。パン食い競争のようなものです。私が笛を吹いたら、スタートです。

  (天使が笛を吹くと、四人は我先にバスのドアに殺到。なかなか中に入れず、押し合い圧し合い、剥がし合い、殴り合いの末に、四・五・六号が見事茶饅頭を獲得。三号は集中して殴られたため、しばらくは立ち上がれない)

四・五・六号 ゲットだぜ!

天使・一号 (手を叩いて)おめでとうございます!

天使 じゃあ一斉にお食べください。

   (三人一斉に食べると、不味くてすぐにペッペと吐き出す)

四号 なんだこりゃ!

五号 不味いぜ!

六号 腐ってるぜ!

天使 それは馬糞です。

一号 馬のウンチです。

四・五・六号 このやろ!

   (三人は馬糞を客席に投げ、一号と天使を押し倒し、殴り付けて首を絞める)

一号 待ってください。来てますよ、来てますよ!

天使 (キョロキョロ上手を下手を見て)両方から誰かが迎えにやって来ます。そいつらが天使だったら、ここは天国です。そいつらが鬼だったら、ここは地獄です。

四号 そいつらが天使と鬼だったら?

一号 当然、天国と地獄の中間地点でしょ。

五号 天使が来た方向に行けば、天国というわけだな?

一号 そういうことです。

   (両側から、角を生やし、鞭を持った二人の主任が登場)

主任女 残ねーん。ここは地獄でした。

専務 (客席最前列から立ち上がり)ここは地獄やで~!

社長 (客席最前列から立ち上がり)あんたら、生きておっても、死んでおっても、地獄やで~!

   (いろんな所から警官、社長、専務をはじめとする会社の鬼たち、爆死したほかの部屋の居住者たち、出演者全員が舞台に上がって、六人を追い回し、大量の馬糞合戦が勃発。カオスと化して幕が下りる)

 

(おわり)

 

 

エッセー

抱腹絶倒悲劇って何?

 

 喜劇には二種類のカテゴリーがあると思う。抱腹絶倒喜劇と抱腹絶倒悲劇だ。これを分かりやすく表現すれば、バスター・キートン的喜劇とチャップリン的喜劇ということになる。二つの喜劇を養殖真珠に喩えれば、前者に挿入された核は白く、後者に挿入された核は黒いということ。養殖家のコンセプトがまったく違うのだ。前者は喜劇の核をそのまま大きく膨らまし、後者は悲劇の核を喜劇のオブラートで包み込んで育てることになる。

結果として出来上がった真珠は核の色が反映し、前者は素直で底なしに明るいピンク真珠、後者は陰のある渋みがかった黒真珠ということになる。当然のこと、前者の核は「喜劇」であり、後者の核は「悲劇」※というわけ。キートンは喜劇を喜劇で表現し、チャップリンは悲劇を喜劇で表現したことになる。

チャップリンはどんな悲劇的状況でも「スマイル!」と微笑んで、喜劇で終わらせようとする。喜劇でありながら実は悲劇という愉快な捩れ現象が、観客に笑いと感動の涙をもたらしてくれる。客の心の中にある笑いたい欲望と、人生のどこかで挿入された悲しみが同時にくすぐられ、思わず涙が出てしまうというわけだ。

抱腹絶倒喜劇と抱腹絶倒悲劇の間に優劣などありはしない。中心にクリームの入ったケーキとチョコの入ったケーキの差ぐらいなものだ。素直な甘さが好きか、ほろ苦い甘さが好きか……。テレビで放送される喜劇はほとんど抱腹絶倒喜劇だが、日ごろの人間関係などに疲れた御仁にとっては、疲労回復効果は抱腹絶倒悲劇の比ではない。哲学者のウィトゲンシュタインは、思索に疲れると近くの映画館で子供用のアニメ映画を見て大笑いし、脳味噌をリフレッシュしたという。バスター・キートンの映画もそうだが、何も考えずに笑える喜劇は、疲労回復どころか免疫細胞の活性化にも役立つことが医学的に証明されている。

しかし抱腹絶倒悲劇の場合は、少々違ってくる。映画館から出てきた人々の顔からは先ほどまでの笑いは消え、心の底に何かしら重いものを感じるのだ。それは、喜劇のオブラートが溶けた後に残った黒色の核。各人の心の琴線に引っ掛かってなかなか体外に排出されず、人によっては一生涯留まり続けるような類の代物だ。人々はその核に自身の経験や感情をまとわり付かせて、自分だけの黒真珠を育てていくに違いない。

チャップリンが取り入れた核にギリシア悲劇的な高尚さはない。そいつは貧民街に転がっている湿気った石炭の欠片だった。しかし、彼が黒真珠に仕上げたときには、核自体も職人の巧みな手腕によって凝縮され、圧力変質している。僕はその変質した核を「芸術」という言葉に置き換えたいと思う。人々は単なる石炭を受け取ったのではなく、光輝く宝石の欠片を受け取ったことになる。

当然のことだが、僕のごときが抱腹絶倒悲劇を書こうとして、巷に転がる悲劇を核として取り込んでも、「芸術」という言葉に置き換わるだけの強圧力を持ち合わせていないことは言える。これには「才能」という別の問題が絡んでくるし、「状況」がまだチャップリン的不況のとば口にあることも関係しているだろう。コロナ対応でも分かるように、政治家や役人も含め、日本人の多くがいまだに温室の中におり、外の寒々とした光景をただ漠然と恐れて傍観している状況だ(まるでギリシア悲劇を観る観客のように…)。

しかし温室のガラスにヒビが入ると、多くの庶民が路頭に投げ出され、道に落ちた石炭の欠片を拾い集めて暖を取り始めるようになる。ただ大らかに笑っていた時代は恐らく過去のものとなり、ひねりを効かせたいびつな黒真珠の笑いが戻ってくるに違いない。それはチャップリンが描く必要に迫られた暗黒の時代の、あの哀愁を帯びた笑いだ。

 

※「悲劇」の核にも濃淡はある。食いたくても食う物がないような喫緊の悲劇的状況もあれば、持てない男の淡い悲劇的状況もある。映画「寅さん」が抱腹絶倒悲劇なのは、生殖を行う生物には、子孫を残すために異性を獲得しなければならないという神から与えられた命題があるからだ。メスを獲得できないオス、オスが寄り付かないメスは自分の血を一代で終わらせなければならないという「悲劇」を背負っている。しかし人間に限って、いろんな事情で子供を欲しがらない個体も多いため、その命題も本能から逸脱し、悲劇性は大分薄まってくる。(昔は石女などという言葉が飛び交う、恐ろしい時代があった)

寅さんはマドンナに言い寄ることもできずに、欲求不満を抱えている。彼にとっては明らかに「悲劇」だが、これが原因で死ぬことはない(ウェルテルだったら死んだだろうが…)。彼は最初から諦めている。人は飢えたときも、諦めの中で死んでいく。生物の基本は「戦い」で、「諦める」ことは「悲劇」以外の何ものでもない。寅さんは、その「悲劇」の周りに、いろんなお笑い要素を纏って「抱腹絶倒悲劇」に仕上げていく。観客は笑いながらも、昔女に振られ諦めたことを思い出して、ほろりとするのだ。

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

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