詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

抱腹絶倒悲劇「ロボット清掃会社」& 詩

 

抱腹絶倒悲劇「ロボット清掃会社」

 

 

(ロボット清掃会社の会議室。長テーブルに事務椅子、装飾品は一切ない簡素なデザイン。出席者の全員がロボットで、テーブルの上にはお茶の代わりに各自一つずつ油差しが置かれ、ロボットたちは時たま口や鼻、首、手首などに油を差している。各ロボットの胸には役職名。ロボット課長が壁のスクリーン横に立って、ロボット訛りの音声で緊急事態の説明を始める。ロボットは廉価品のため、偶にロボット訛り、ロボット風の動きが出てくる)

 

ロボット課長 昨日、政府から通達がありまして、社員がロボット百台以上である会社に限り、その一割は人間の高齢者を雇うことという法律が施行されたということでえ……。

 

 (課長が指し示すスクリーンには「○従業員百台以上の会社は、最低一割の人間の高齢者を雇うこと。○人間には健康保険、労災保険介護保険、失業保険の加入を会社の負担で行うこと。○高齢者の雇用は二年ごとに実施し、その都度、最低一割になるように調整すること」と書かれ、全員が読み上げる)

 

ロボット社長 なんてこった。人間を雇えだと? 高齢者だと? 嗚呼世も末だな。我が社の売りはスピーディーなサービスじゃないか。

ロボット部長 というと、当社はロボット百二十台の会社だから、二十一台スクラップにすれば、雇わなくてもいい計算になる。

ロボット課長 そんなの、いまさらできませんよ。それに二十一台も減らしたら、サービスの低下は免れません。次の募集である二年後を見据えて、バージョンアップによるスリム化を考えるべきです。

ロボット社長 会社存亡の危機だな。なんかいい方法はないかなあ。

ロボット専務 そんなん簡単や。要するに人間の募集は再来年ってことやろ。それまでにどんどん首を切っていけばええ。

ロボット課長 そんなことできませんよ。首を切るにはそれなりの理由がなければなりません。切られた社員が政府に訴えれば、ブラック企業になっちまいます。

ロボット社長 嗚呼、なあんかいい方法はないかなあ。

ロボット部長 こういうのはどうでしょう。人間の社員が自分で辞めていけば、こっちに責任はない。

ロボット専務 そりゃええわ。あの手この手を使って、辞職願を提出させるようにしむけるんや。でもどうやって?

ロボット部長 一言で言うと、居心地の悪い職場環境ということですかな。でもパワハラはダメ。訴えられる。しかし、訴えられても裁判に勝てばいい。勝つにはどうすればいいか。人間だったらセックスの違いです。性差別です。性による認識の違いです。習慣の違いです。例えば女子便所に男が入れば裁判沙汰だ。しかしロボットの会社には便所はない。だからって人間のために作ることはない。人間に言われたら、しぶしぶ重い腰を動かし、今年度の予算がどうのこうのとか渋りながら、半年後にようやく作ってやる。とりあえず、詰所の畳を切って灰を入れ、衝立なしで。まるで犬猫扱いだ。文句を言うならオマルでも買い与えましょう。取っ手があるから少しはマシだ。ようするにロボットと人間の習慣・文化の違いをフルに利用するんです。これは罪になりますか? なりません。文化の違いによる相互不理解の範疇です。

ロボット社長 部長、君は天才かね。

ロボット部長 う、まあ……、で、成功したら?

ロボット社長 専務をスクラップにして、その後釜じゃ。

ロボット専務 ご冗談。社長の減価償却期間はとっくに過ぎておりますぜ。次はワイが社長や!

 

 (社長は赤くなり、両耳から湯気を発する)

 

 

(舞台面で十二人<男六、女六>の高齢者と課長。幕は上がっておらず、高齢者たちはそわそわしながら、課長に訴えている)

 

一号 課長、トイレはどこですかね。

ロボット課長 携帯トイレはお持ちですか?

二号 そんなもん、持ってるわけはありませんや。

ロボット課長 会社にトイレはございません。ロボットは排尿、排便一切しませんから。

三号 困っちゃったなあ、前立腺が悪くて、一時間おきに行きたくなるんです。

ロボット課長 オシメはしていないの?

四号 まさか、便所のない会社があるなんて……。

五号 嗚呼もう我慢ができない。

六号 嗚呼出ちゃった!

七号 やっちゃった!

 

(全員が失禁してズボンを濡らしたとき幕が上がり、そこはロボット清掃会社の面接会場。舞台下手に十二脚の折畳み椅子があり、上手には細長いテーブル<布で足は隠れている>に三台のロボットが腰掛けている。垂れている布には左から専務、社長、部長の張り紙)

 

ロボット部長 (金属的な声で)どうぞ。

 

 (高齢者が十二人ぞろぞろと入ってきてロボットたちに挨拶し、椅子に座る)

 

ロボット専務 いやあんたら運が良かった。五千人も応募があったんよ。早い者勝ちや。選考基準なんてありゃしない。ピンピンだろうと死に損ないだろうと、そんなこたあ知ったこっちゃない。要するに十二人押し付けられたってことや。

ロボット部長 国のお達しだから、こりゃ致し方ない。

ロボット社長 (左端の男を指差し)そこの擦り切れた背広のおじさん、どうしてだか分かるかね?

男 私、山内と申します。

ロボット社長 (頭から湯気を出して)名前なんざどうでもいい。おじさんで十分だ。オッサンともジジイとも言っとらん。おじさんは尊敬語だ。先生やドクターと同じ敬称さ。

ロボット部長 あんたはこれから老人一号。で?

男 ちょっと分かりませんね。

ロボット部長 (ニヤニヤして)またまたまた、分かってるくせに。言いにくいだけでしょ?

男 ええ、まあ……。

ロボット部長 不採用にはならんから、言ったんさい。

男 じゃあ素直に申し上げますと、ロボットが人間の仕事を取っちまったからです。

 

 (ロボット全員が頭から湯気を上げ、全員が「不採用」の札を出すと、部下のロボットが下手から出てきて男を追い立てていく)

 

男 採用するって言ったじゃないか!

ロボット社長 採用したけど、一秒後にはクビだ!

 

 (空いた席には隣の男が座る千円床屋方式で、補欠候補がそそくさと登場し、一番左の席に座る)

 

ロボット社長 じゃあ左から二番目のオッサン。どうかね?

ロボット部長 あなたは今日から老人一号です。

男二 おそらく差別だと思います。

ロボット社長 いいことを言うが、ちょっと違うな。ひがみさ。有能な機械に対する人間のひがみさ。いいかね、ロボットは怠けないし、すべてを完璧にこなす。人間が運営する会社とは差が付きすぎるんだ。だから、あんたらのようなクズを押し付けて少しでも差を縮めようってわけさ。そう、ゴルフで言うハンデキャップ、といっても試合にはならんがね。

男二 人間をそう見くびっちゃいけません。現に私は現役時代、優秀社員で何回も表彰されています。

 

(ロボット全員が頭から湯気を上げ、全員が「不採用」の札を出すと、部下のロボットが下手から出てきて男二を追い立てていく)

 

男二 なんだよ、自己アピールも出来ねえのかよ!

 

(千円床屋方式で空いた席には補欠候補がそそくさと登場し、すぐに座る)

 

ロボット専務 能力だとか人柄だとかはどうでもいいわさ。人間なんざどれも似たりよったり。会社はあんた方に能力を求めちゃいない。ジジババを十二人雇えばそれでいい。

ロボット部長 だからといって、ブラブラさせるわけじゃないぞ。

一号 いや、私は働きたくってしょうがないんです。

ロボット部長 勝手に発言しちゃ困るな。討論会じゃないんだから。

ロボット社長 君たちが働こうと怠けようとどうでもいいんだ。もちろん評価もしない。働きたい奴は働けばいいし、怠けたければ怠けりゃいい。どころか、辞めたければ辞めてもいいんだよ。

ロボット専務 辛くなったら、いつでも辞めていいんや。

ロボット部長 欠員はまた採用すればいい。五千人も応募があるんだ。

二号 辞めませんよ。やめたらオマンマ食えなくなりますから。

 

 (ロボットたちは腹を抱えて笑う)

 

ロボット専務 オマンマかや。ロボットなんか飲む買う、打つはもちろん、糞もしないし風呂にも入らない、おまけに寝転がることもない。二四時間、無駄な時間は一切ないんだ。しかも、セックスレスでどんどんと増える。

男三 そりゃご立派なことで。しかし、なんのために働くんで?

 

 (ロボットたちの頭から湯気が出て、全員が「不採用」の札を出すと、部下のロボットが下手から出てきて男三を追い立てていく)

 

男三 短気なロボットやなあ!

 

(空いた席には補欠候補がそそくさと登場し、すぐに座る)

 

ロボット社長 よし、これぐらいでもういいだろう。キリがない。打ち止め、打ち止め。君たち全員採用だ。(部長に)主任に引き渡せ。すぐに仕事だ。いや研修、研修! みっちり仕込むんだ。ロボットの作法を叩き込め!

ロボット部長 了解。おめでとう。君たち、明日からオマンマが食えるぞ。

高齢者たち ありがとうございます。

 

 (社長、専務が退場。)

 

ロボット部長 (大声で)主任! 出番だぞーッ!

 

 (鞭を鳴らしながらロボット主任が二人登場。一人は男性風、一人は女性風。しばらくの間舞台上を鞭を叩きながらうろつき回り、舞台中央で仁王立ちになる。男性新人六人、女性新人六人は鞭の音を聞くたびに怯える)

 

ロボット部長 さあ、これから二台の主任が君たちを指導することになる。あとのことについては上層部は一切関知しない。

主任男 (鞭を一発鳴らして)部長、すべてお任せください。立派な清掃員に育て上げます。全員起立!(鞭を一発鳴らすと、部長は慌てて退場する)

 それではキサマら、入社おめでとう。キサマらは五千人の応募者から選ばれた超エリート集団だ。

一号 単なる先着順でしたけど。

主任女 なに言ってるのよ、運も実力のうちよ。生き残るのは運のいい奴だけ。(鞭を一発鳴らして)しかし入社したからにはエリートもクソもないわ。人間なんざ、どいつもこいつもクソったれ。それが証拠に、君たちに保証されている昼休みとはなんぞや、老人七号。(誰が老人七号だか分からずに、一同キョロキョロする。主任女は鞭の棒で七号の胸を突き)君だ、君だ。あんたが老人七号。忘れるなよ。(鞭の棒でほかの女連中を指し)あんた八号、君は九号、君は十号。あとは適当よ。さあ答えたまえ、老人七号。

七号 昼飯を食べます。ついでに小用も足します。

主任男 メシを食い、小便をし、たまにはクソを垂れる。すべては無駄な時間だ。生産性がない。ロボットがメシを食うか? クソを垂れるか? 君たち生き物は、どこまで非効率的なんだ?

三号 そう言われましても、生理的欲求ですから。とくに私は、一時間に一回は小便しないと、お漏らししてしまいます。

主任男 (驚いて)エッ! 履歴書には書かれていなかったぞ。

三号 いや、大した病気じゃござんせん。年取れば誰だっておトイレが近くなるんですから。

主任男 バカな。完全な病気だ。しかも悪質な病気だ。サボタージュじゃないか。上層部の奴らはいいかげんな選考をしやがって。埃を被るのはいつも中間職だ。君の重大な疾患は、さっそく上に報告しよう。まだ本採用したわけじゃないんだから、いつだって首を切れるんだ。

八号 あの、主任すいません。私も近いもんでして。いえ、一時間おきなんて、そんな重症じゃございません。その一点五時間おきです。これくらいだったら、生産効率もそれほど落ちません。

主任女 (鞭を叩いて)バカ言え、立派な病気です。医者にかかればみんな病気よ。そんな怠け者どものために国が医療費を負担して、挙句の果てに国家財政の破綻なんだから。

主任男 おい五号、まさかキサマもお漏らし組じゃないだろうな。

五号 ご安心ください。履いていますよ。

主任男 また古いジョークを言いおって。何を?

五号 長時間モレずに安心、たっぷり五回分を吸収、横モレ防止ギャザー付き大人用オムツです。

主任女 そんなもん履いて、あんた人前で作業服に着替えるとき恥ずかしくないの?

五号 恥ずかしくありません。年取れば近くなるのは当たり前のことですから。

主任男 偉い! 君は老人の鑑だ。いいかね。仕事開始は八時。一二時の昼休みまで、トイレ休憩は一切ナシだ。ということは当然、全員オムツ着用ということになる。これに従わない者は即刻クビだ。もちろん、オムツ代は出ない。会社がそんなもの払うわけにはいかない。

三号 しかし、夏場はかぶれるのが心配です。かぶれはロボットでいうところのサビです。

主任女 ヒャーッ! 油、油! (慌てて棚からCRCのスプレーを取り出し、全身にかけて心を落ち着かせ)

主任男 いいかね、今後ロボットの嫌いな言葉を口にした奴は、その場でクビだ。分かったか? (鞭を一発叩く)

三号 いったいどんなワードが禁句なんです?

主任女 考えれば分かるでしょ。老人七号、あんただったら分かるはずだ。

七号 サビ、水、酸化、スクラップ、解体業者、新製品登場、中古・ポンコツ、ハゲ、チンなし、穴なし、機械野郎、全電源喪失! (主任女は興奮しながら気絶)ほらほら、首の後ろの再起動スイッチ!

主任女 (七号がスイッチを押すとスッと立ち上がり)さ、君たちの職場に案内しましょう。

二号 さすがロボット。スイッチの切り替えが早い。

 

 (主任たちを先頭に、全員退場)

 

(つづく)

 

 

 

所謂天国 

(戦争レクイエムより)

 

ここは天国だが退屈な場所だ

空は満点の星で爆撃機は飛んでいない

爆弾の音もしないし焼け落ちる家々もない

逃げ惑う人々の阿鼻叫喚もない

食い物を奪い合う喧騒も聞こえない

死んだ人間を再度殺す奴もいやしない

ここで初めて目覚めた奴らは

あまりの静けさにキョトンとしている

しばらくすると心の中身がないことに気付かされる

欲望と憎しみと飢えと渇きがぎっしり詰まっていたのだ

立ち上がると身が軽くなりすぎて立っていられないほどだ

かろうじて身を支えているのは愛だとか良心だとか

滓になって内側にこびり付いているがほとんど重みがない

一度浮いちまったらもう精霊のお仲間だ

みんな人間であることをあきらめて浮いている

楽になんなさいよ 力を抜くんだ 風に委ねてケセラセラ

下界の奴らが求め奪い合ってきたものなんか

ここじゃあ一文の価値もないんだよ

じゃあ先輩、いったい何に価値を置けばいいんですかい?

嗚呼君はまだまだケツの青い若造だな

神様のお膝元だと思っちゃ当てが外れるぜ

周りを見れば一目瞭然

仏も鬼も幸せだって何にもありゃしない

ここは下界の奴らの頭の片隅にある言い訳の世界

いろんな欲望がぶつかり合って消えちまった

気の抜けたビールのような世界なんだ

人生の最後は想像の世界に押し込まれ

善人か悪人かを自分で勝手にチョイスして

結局みんながみんな、ここに来るのが慣わしなのさ

 

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

 

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

 

 

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