詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

ホラー「線虫」十一・十二 & 詩

 

宇宙の切れ端

(ある宗教団体へのプロテスト)

 

ある日 宇宙の果てから

不可解な精神の断片が臓腑に飛び込んできた

そいつは大きな球体の一パーセントにも満たない欠片で

どうやら欠伸をしたときに飲み込んでしまった

それでもそいつは私を憂鬱にさせるに十分だった

胃石のように重く腹を膨らませ

ほとんど狂ったように私を愚弄し始めた

お前は何も知らずに生まれ、何も知らずに死んでいくのだ

お前は死んだ後のことを思わずに、子孫を残していくのだ

お前はただひたすら自分のことを考えて生きていくだけだ

お前は自分の苦しさばかり周りの者どもに訴えているのだ

しかし聞いた者どもにはお前のことなど眼中にはないのだ

お前は愚かなことを繰り返しながら衰え、消えていくのだ

宇宙的な視野に立つと、お前は所謂下等生物の一種なのだ

だから何なのだ、私は胃袋をぎゅっと締めて反論した

そいつは堪らず勢い良く胃から飛び出して床に落ち

さらに細かく砕かれた

するとその切片一つ一つが姦しく私を愚弄し始めたので

何を喋っているのか分からなくなってしまった

しかししばらくすると語調を合わせるようになり

天使のような美しい声で斉唱し始めたのだ

宇宙はお前のような愚か者で満たされている

お前らは大事な宇宙の資源を食いつぶす勢いで増えているのだ

嗚呼、お前は何という愚かな蛆虫であることか……

私は腹を立てて箒と塵取を持ち出し、粉々の欠片をかき集め

汚物と一緒にトイレで流してしまった

クソにも劣る神の声…

下らんたわ言は、独り言で十分だ!

 

 

 

 

 

ホラー「線虫」十一・十二

十一

 

 一方、遠泳レースのほうは百人以上の線虫人間が参加していた。豪華クルーズ船の舷側に手をタッチして勝負が決まるというわけでもない。レース参加者の最終ゴールは、世界のお金持ちの体内に納まることだ。シップサイドにたどり着いても喫水線から甲板までの絶壁を登らなければならない。

 ところが、そんなことは線虫人間にとって朝飯前だ。口からどんどん線虫を吐き出し、もぬけの空となった皮を背負って勢いよく登っていく。次々と甲板に到着し、甲板上で元の姿にもどって歩き始めた。ちょうど夕食時で、甲板は人もまばらだったが、デッキチェアで重なり合い抱き合っていた若いカップルの前で人間戻りを披露したから大変だ。二人はメドゥーサににらまれたように石となって硬直したところを、ご褒美とばかりに上位五人が我先に獲物に襲いかかり、恋人たちの甘い唇を奪い合う。遠目から見れば明らかに集団暴行で、巡回していた二人の船員が気付いて駆けつけた。すると、六位から十位までのアスリートが船員たちに襲いかかる。さらに後続の海賊たちも次々と甲板に到着すると、広い甲板上の獲物たちを次々に襲い始めた。

 

 大食堂では、船長とともにタキシード、ドレス姿の老若男女が晩餐を楽しんでいたところに、濡れネズミ、水ぶくれのアジア人がドタドタ入り込んできたから、場内は騒然となった。

「正装でなければ入れません」とボーイが品のいい英語で語りかけても、英語が分かるはずもなく、次から次へとどんどん入ってきて、大広間の壁沿いに並んで客たちを取り囲んだ。客は驚いて立ち上がるが、銃器を持っていないからか意外と落ち着いていて、闖入者を用心深く観察した。しかしその静寂はほんの一、二分のことで、闖入者全員が口から一斉に線虫を吐き出し始めたからたまらない。一変して大混乱となったなかで虫の大群はホールの壁伝いに恐ろしいスピードで旋回し始めた。しかも目くらましに、時たま回転方向をスイッチする。しばらくはそうやってからかっていたが、ようやく回転方向を時計回りに定め、シャーッという金属音とともに蛍光色の輪は加速度を加え、このまま待っていればバターでもできそうな光景を船客たちは茫然と鑑賞することに。これは、魚たちを泡のサークルで囲い込むザトウクジラの漁法に似ていた。

 線虫どもは、次ぎなる行動にシフトする。回転のカーブをどんどんと内側に切り始めたかと思うと、突然ドドーンという大音響とともに津波のごとく船客たちに襲いかかったのである。会場はたちまちにして地獄絵となった。阿鼻叫喚の中、人々はワームウェーブに飲み込まれ、線虫をたらふく食らってたちまちブクブクの線虫人間に変身してしまった。

 

十二

 

 夜明けの薄明かりの中、農薬小屋を出ると、扉から五メートルほどのところに、木馬が置いてあるのだ。馬の倍は大きい。二人は顔を見合わせ、思わず笑った。

トロイの木馬だわ」

「すると、あの中には線虫が詰まっている」

 木馬の胸に、紙が貼り付いている。「虫穴から見た淫らなご関係。とりあえずご婚約おめでとうございます。これはお二人へのプレゼントです。中嶋」と書かれていた。

「どうやら夜明けまで、小屋の周りをうろついていたみたいね」

「まるで飢えたオオカミだな」と武藤。

 ところが、いつのまにか書かれている文章が変わっている。音羽は声を立てて読み始めた。

「おまじないを唱えてください。ヒラケムシ!」

 たちまち木馬が崩れ始めた。木馬の中に線虫が潜んでいたのではない。木馬も紙も、全てが線虫の擬態だったのだ。十秒も経たずに木馬は完全崩壊して無数の線虫に変わり、二人の周りを旋回し始めた。回転木馬にでも乗せられた気分だが、忌避剤を小屋に忘れたことに気付いたとき、二人は蒼くなった。万事休すである。線虫の群れは回転スピードを増し、二人には青白く光る液体の渦に巻き込まれているように見える。「もう最後だわ!」と音羽が叫んだ。その瞬間、バーンという大きな音がして、目の前が急に明るくなった。

 夢のような情景だ。強烈な朝日が武藤の片目を刺した。夜が開け、太陽を嫌った線虫たちは、土の中に消えてしまった。まるで、いままでの恐怖が悪夢であったかのように、小鳥たちが一斉にさえずり始めた。

 

 今日は太陽が燦々と輝く晴天である。二人は放置されていた車で病院に向かったが、車の往来も少なく、沿道で人を見かけることはまったくなかった。病院に着くと、宿直の山田が出てきた。泥だらけの二人を見ても、あまり驚いた顔をしない。

「ところで君たちはまだ人間かい?」

「今のところは」と音羽は答えた。

「残念なことに、ここの入院患者はみんな、昨晩外出したっきり帰ってこない。しかも、動けない連中もだ。先生たちに心当たりはありますか?」

「動けない人が動けるようになるんだ。自ずと分かるでしょう」と武藤。

「我々の考えが甘過ぎたということですね」

「昼間は道を歩く人もいないわ。みんな太陽を避けているんです」

「インフルエンザなみの伝染力だな。きっと、解剖室や死体安置所から病棟に広がった」と山田。

「さあ、あと一時間後に国の調査団がやってくるわ。それまでに、死体安置所を見ておかないと」

「それには及ばないね。死体は入院患者が盗んでいったみたい。ここには調査団の先生方に見せるものはありません。だいたい、院長だって医者だっていないんだ。どこへ消えちまったんだ」

「泉中寺さ」と武藤。

「それなら、そこに案内しよう」

「すこぶる危険だ」

「警察官だって大勢来るし、マスコミの人たちだって来るわ。ミステリーで終わらせることはできないでしょう」

「いずれにしても、ゴーストタウンになった町をまずお見せすることだ」と言って、山田は外来のロビーに二人を連れて行くと、そこには忌避剤のスプレー容器が用意されていた。

「すごいわ。百個はありそうね」

「徹夜で作ったのさ」

 

 ところが、空港から小型バスでやって来た調査団はたった四人で、しかも同行の記者は二人しかいない。それに県の副知事と職員が二人、県警が二人、町の職員は誰も出迎えなかった。

「今日は休みですか?」と団長。

「いいえ。この町の住人はほとんど消えてしまったんです」と山田。

「院長先生ですか?」

「院長は消えました」

「なるほど、皆さん放射能を恐れていらっしゃる」

 調査団の一人が放射能測定器を出して調べはじめた。

「団長、微量の汚染があります」

 調査団員はさっそく放射線防護服を着始めたが、周りの連中に提供しようという意志はないらしい。

「すいませんねえ。我々の分しかないもので。しかし、大した汚染ではありません。飛行機で世界一周するくらいなものですよ」と団長は言い、防護フードとマスクをした。

 全員バスに乗り込んで、街中まで行き調査を開始した。街を歩き回っても放射能汚染は確認されない。

「これはやはりデマですな」と団長。

「質の悪いデマだ。町の方々が恐れをなしてみんな親戚の家に非難をした。悪質です」と調査団員。

「あなたでしょ、騒ぎ立てたのは」と県警の刑事が山田に食ってかかった。

「では、病院はなぜ軽度でも放射能汚染があったんです?」と山田は反論した。

「おそらく放射性物質の管理体制がずさんなんだ」と団長。

「いずれにしても、これは極めて悪質だ。記者のみなさん、新聞の一面に、放射能汚染はなかったと書いてくださいよ。そして、あんたら三人は警察のほうに来なさい。調書を取るから」と刑事は三人を睨みつける。

「私たちがデマを流したとおっしゃるなら、ちゃんとした証拠をお見せすればいいんですね?」と音羽は睨み返す。

「いや、それは危険だよ」と武藤は音羽を制止した。

「でも、牢屋に入れられるのはいやだもの」

「いずれは分かることだし」

「分かったときには日本中虫人間よ!」

「何ですか、その虫人間って」と新聞記者が聞く。

「皆さんバスに戻って、スプレーを両手に持ってください。これから、放射能汚染がひどい所にお連れしますから」と音羽は言い、バスに向かって歩き出した。調査団は再びバスに乗り込み、泉中寺の山門で降りた。

 

「みなさん。この寺は危険ですから、放射能が検出されたところで、引き上げましょう。それだけでも我々の主張がデマでないことは明白ですから」と言って、武藤は一団を先導し、バケモノナス畑へ案内した。ところが、すでにナスは実を取ったあとで、放射能の反応もまったくない。仕方がなしに武藤は、生垣を破って墓地内に入ることにした。

「勝手に生垣を壊していいのかね」と刑事。

「いいんですよ。住職も逃げていますし、あとで弁償しますから」と武藤は足で蹴って 生垣の竹を破り、墓地内に入って地下研究所の入口である石のピラミッドまで一団を先導した。すでにこのあたりで、線量計の数値は少しばかり上がっている。武藤は扉の鍵を開け、「これでお分かりですか。ここからは放射線汚染領域です。防護服を着た人しか入れません」と言った。

 調査団長は恐る恐る地下奥深くまで伸びている石段を覗き込みながら、「いやまだジェット機で東京ニューヨーク間を往復したくらいの線量です。危険領域に入る前までは防護服なしで行けますよ」と反論。四人だけで入るのは恐い様子である。

「僕たちは遠慮します」と武藤。

「あなた、中に入ったことあるんでしょ?」と刑事が問うと、武藤は思わず頷いてしまった。

「じゃあ、あなただけでも来なさいよ」

「いや、入るのは危険だ。それに足をケガしているんだ」

「意気地のない男だな」と新聞記者。

「ぬれぎぬを晴らすためにも、君は入るべきだよ。しかし、その足では無理か……」と刑事。

「私も中を見てみたいわ」と音羽が言い出したのを聞いて武藤は慌て、「やめたほうがいい。危険だよ」と止めにかかった。

「あなたの代わりに入るわ。これがあるから大丈夫」と両手の忌避剤を掲げた。

「それなら、僕も行くさ」

 頑固な音羽に武藤は呆れたが、音羽だけを行かせるわけにはいかなかった。いずれにしても、下のホールに降りれば放射線が一気に跳ね上がるだろうし、調査団も恐れをなしてすぐに引き返すだろうと武藤は考えた。

「僕は恐いから、一人で待っていますよ」と山田は言って、ニヤニヤする。成り行き上、山田を除いて全員が地下探検に出発することになった。

「あなた、そこにいなくてもいいから、公衆電話で県警に連絡して、応援を頼んでください。放射能汚染源発見とね」と刑事は山田に言い残し、率先して入っていく。

 最後に武藤が入り、四、五段降りたところで、突然バタンと青銅の扉が閉まって真っ暗闇になり、ガチャンと鍵の掛かる音がする。驚いた武藤は、踝を返して駆け上がり、持っていた鍵を差し込もうとしたが、外側からの鍵に邪魔されて入れることができない。開けろ開けろと怒鳴りながら扉をドンドンと叩くと、外から吉本の声が聞こえてきた。

「悪いね武藤君。山田君は僕のお仲間になったんだよ」

「先生には言わなかったけれど、僕の脳味噌もやられちまったんだ」と言いながらゲラゲラわらう山田の声がする。刑事はピストルを抜いて扉の方に戻ろうとするが、防護服を着込んだ連中に石段を塞がれ、引き返すこともできない。仕方なしに、ひとまず全員が下に降り、もう一度上って銃で鍵を壊すことになった。

 

 ところが降りたホールでは、町のお歴々をはじめ、住人たちが一行の到着を拍手で出迎えてくれていた。町長も、住職も、町内会長も、町の職員も含めて百人ほどがホタルの輝きで立っている。武藤と音羽には全員が線虫人間であることが分かった。酒樽が二つ置かれ、横には木槌が立てかけられている。

「おや、町長はここにおられたんですか。町役場に行っても誰もおられなかったものですから、皆さん放射能に恐れをなして町ぐるみで避難されたのかと思いましたよ」と県の副知事。

「いえいえ、お国の調査団の皆さんが来られるのに町長が逃げ出したなんて、格好のいい話じゃありませんからね。ここで、歓迎しようとお待ちしていたのです。ごらんの通り、ここはカタコンベでありますが、町の名産である悪魔酒の酒造所でもあるんです」と町長は返した。

 調査団員がガイガー計数管を死体の頭に近づけると、ガリガリという大きな音とともに針が大きく振れ、一斉に驚きの声が上がる。

「危険です。かなりの放射線量ですよ。三十分以上はいられません」と調査員。

「みなさん、お聞きの通り、なぜかは知らんがここは放射能に汚染されています。至急非難する必要があるんです」と調査団長。

「いやいや何かの間違いでしょう。ここは酒造所ですよ。原爆を造っているわけじゃありません」と町長。

「とにかく、皆さん出てください。警察の命令だ。階段の上の扉は鍵で締められてしまった。出口はどこですか?」と刑事が震え声で訊ねる。

「ちゃんとした出口はこちらですよ。すぐに出られます。その前に皆さん、せっかく悪魔酒を用意したんだ。この小槌で威勢良く蓋を割って、升酒をひっかけてください」と町長。

「いや、職務の最中ですから、アルコールは……」と調査団長。

「まあまあ、固いこと言わないで、せめて蓋を割るくらいはしてくださいよ。今日は町の酒が全国へ出荷されるおめでたい日ですから」と町長。

 仕方なしに調査団長は完全防備のまま木槌を手に取り、副知事とともに同時に二つの樽酒の蓋を叩き割る。拍手の中で水しぶきならぬ虫しぶきが飛び散り、二人とも体にかかって腰を抜かし、尻餅をついた。線虫が泉のごとく樽のふちから溢れ出す。

「どうですみなさん。ビックリしましたか。これが幻の酒といわれる悪魔酒の原酒です。さあさあ、お飲みください」

 女が四、五人集り、用意した升に柄杓で次々に線虫を満たし、回りの連中に配りはじめる。連中はごくごくと上手そうに飲み始めた。

 「さあさあ、調査団の方たちにもお配りして」と町長は女たちに指図する。

 突然刑事と巡査は拳銃を抜き、出迎えの住人たちを押しのけるようにして奥の部屋に向かった。 

「刑事さん。そっちに行っちゃダメだ。引き返して拳銃で扉の鍵を壊してください」と武藤は大声で制止したが、無駄だった。腰を抜かしていた二人も、そのほかの調査団員も新聞記者も、武藤と音羽を残して全員が刑事の後を追った。しかし、調査団の間に線虫人間が次々と入り込み、バラバラに分離してしまった。武藤と音羽は全員がホールから出て行くまでひっそりと待ち、ホールに人がいなくなったところで、石段に引き返した。

「あっちに行ったら大変なことになる。鍵はあるんだから、外側の鍵さえ落とすことができればすぐに外へ出られるよ」

「私に任せて。胆管に入り込んだ寄生虫を取り除いて縫合したことだってあるんだから」と言って、音羽は武藤から鍵を預かり、先に石段を登り始めた。

 ところが、石段を半ばまで登ったところで、カタコンベの死体たちが目を覚ましたのである。隊列をなして石段を登ってくる。武藤は石段に腰を下ろし、松葉杖を横に置いて、忌避剤の二丁拳銃で上ってくる先頭の線虫人間をめがけて拭きつけた。すると、ひどく驚いたものか、とたんに仰け反ると、ドミノのように次々と隊列に伝播し、ゴロゴロと音を立てながら転がり落ちて消えてしまった。

 外側から掛けられていた鍵は、音羽がすでに抜いていて、二人は無事に地上に生還することができた。

 

(つづく)

(この小説はコロナ以前に創作されたものであり、コロナ渦とはまったく関係がありません)

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

 

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

 

 

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