詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

ホラー「線虫」十 & 詩

不揃いの果実に捧げる挽歌

 

お前ら生まれたばかりの醜い果実は

長い長いベルトコンベアの上に乗せられて

行き着く先まで運ばれていくのだ

途中で転がり落ちないように

狭い狭い箱の中にぎっしり無理やり押し込まれ

無鉄砲な体は押しつぶされ曲げられ

型にはまってすっかり均されて

おんなじ恰好で成長を止められちまい

解放されず、なんの愉快も経験せずに

緩慢な時間の流れに逆らうことなく

結局つまらねえなあと嘆息しながら

どんどん熟れて腐っていき

最後の最後に細いベルトから解放されるのだ

見ろよそのどん詰まりには

底のない真っ暗な虚無がお待ちかねだ

嗚呼恐ろしや、こりゃまた廃棄処分だぜ

どうしてこんなことになっちまったんだ!

十把ひとからげの人生よ……

 

 

 

 

ホラー「線虫」十

 

 音羽のアパートは、ちょうど町を挟んで武藤と反対側の町外れにあった。外へ出ると町全体が異様に暗い。広範囲の停電らしく、街灯という街灯が消え、家々の明かりもまったくない。窓からはちらつくロウソクの炎が見える。街中を通れば車で二十分ほどの距離だが、危険である。小一時間ほどの回り道となるが、海岸ぎわを通る道で行くことにした。夏は夜まで海水浴客で賑わうが、今の時期は往来もまばらに違いない。

 

 ところが海岸道路は大渋滞になっていた。不思議なことに、多くの車がライトを点けていない。ライトを点けた車があると、前の車から人が出てきて、フロントガラスを叩いている。音羽は横道から渋滞の列に入り込み、百メートルほどのろのろ前進してから点けていた車幅燈を消し、大きな間違いを仕出かしてしまったことに気付いた。消したとたんに、前の車の人影がぼんやり青白く光り始めたのである。

 渋滞はビタリと止まって、一メートル先も進むことができなくなった。それもそのはずである。ドライバーが車を降り、新月の砂浜に出ている。道路は完全に放置車で塞がれてしまった。暗闇の中でうようよとする青白い顔が、下の方に伸びていく。服を脱いで裸になり、次々に海に飛び込んでいくのだ。漆黒の海に、海ほたるのようにプカプカと青白い光が見え隠れする。

 その先の沖を見て、二人はアッと声を上げた。今朝の地元新聞に載っていたイギリスの豪華クルーズ船が停泊している。

「金持趣味の派手なライティングが癇に障ったんだろうな」

「肉食動物のお肉を味わってみたいんじゃないかしら」などと二人は冗談を言いながらも、足をガクガクと震わせている。放射能測定をしなくても、闇夜の青白い光で線虫人間かどうかは区別が付いた。ということは、線虫人間からも、光を放たない人間は一目で分かる。それはやつらにとって、格好の獲物に違いなかった。そしてとうとう、恐ろしいことが始まった。二台前の車が線虫人間の集団に取り囲まれたのである。窓を軽く割られて引きずり出されたのは若い男女だ。暗闇の海岸でデートというところまでは上々だったが、楽しむ前に酷いことになってしまった。二人は海岸まで連れて行かれ、その周りで線虫人間どもの壮絶な殴り合いが始まった。エサの取り合いである。その隙に、エサの男が逃げ出してこちらへ駆けてくる。なぜかこの暗闇で、恐怖に駆られた男の目と音羽の目が合った。音羽も武藤も、来ないでくれと心の中で必死に願った。

 突然、前の車のドアが激しく開き、中から光った頭が三つ飛び出して、一人が男にタックルを掛けた。男はギャッと叫んで路肩にバッタリ倒れ、三人はすかさず男に食らい付く。一人は頭から、一人は足から、一人は右手から、蛇のように口を大きく開けて飲み込んでいくのである。線虫人間どもが獲物を奪い合うときは、まずは飲み込んでエサを確保し、安心しようとするらしい。蛇と同じで、頭から飲み込むほうがうまくいくに違いない。しかし肩のところまで飲み込むと、右手に食らいついた線虫人間の口とぶつかった。突然キーンという電動ノコのような音がし、頭から来たほうが右手を切り落とし、そのまま一気に左手と胸を飲み込み始めた。取り分が右腕だけになってしまった線虫人間は、がっかりした様子で立ち上がり、脱落宣言。残る二人の壮絶な戦いを指をくわえて見つめている。

 二人の口と口はちょうどヘソのところでガチンコした。しばらくは押し合っていたが、埒があかないと判断したものか、またあのキーンという音を立てて、胴体を切断し始める。お互いの口の位地を見ると、どうやら片方は左から、片方は右から協力して切っているようだ。取り分が決まったのだ。やはりヘソのところで両者のカッティングがぶつかったようで、とたんに密着していた口と口が三十センチほど離れ、きつく閉じた。すると、カッティングの際に飛び出し、端材となった小腸が三十センチほど、路上でくねくねのたうっている。そいつを狙って、両チームの鼻の穴からそれぞれ十匹程度の清掃班が飛び出し、恐ろしいスピードで腸を食い始めたのだが、観戦していた線虫人間がおもむろに手を伸ばして腸をつまみ上げ、線虫もろとも口に入れてしまった。人間の胴体を飲み込んだ二人は、満腹感を楽しんでいるものか、体が重くなって立ち上がれないものか、大の字になって大きく膨れた腹を擦りながらニヤニヤと暗黒の天空を見つめている。

 

 女の方では、殴り合いをしていた線虫人間の周りにさらに十人ほどが集り、喧嘩をするには数が多すぎることに気付いたらしく、紳士協定が結ばれた。十五人程度でスクラムを組み、女の回りを取り囲む。女はしばらくパニック状態で忙しなく逃げ道を捜していたが、円の中心で棒立ちになるとバッタリ失神。これを合図に全員か地面に向かって線虫を吐き出した。線虫は円陣の中に満たされ、女の口から鼻から、スカートの下からどんどんと移住していく。女の腹は次第に膨らんでいって臨月を通り越し、音羽がこれは危ないと思った矢先にボンと鈍い音を立てて爆発。多量の血とともに線虫どもが飛び散った。

 そして次は音羽たちの番が来た。浜の喧嘩で女を食い損ねた連中が数人、逃げた男を追ってやってきて、食後の余韻を楽しむ二人に躓いた。こいつらが食べてしまったことを悟り、あきらめの境地で軽く腹を蹴ったのはいいが、そのままこっちのほうにやってくるのだ。二人は恐怖で気が動転し、後部座席の床に隠れようと後ろを振り向く。すると、すでに二人の怪物がちゃっかり乗り込んでいて、口を開いて笑いながら二人の首に手を掛けた。

「ギャーッ!」

 二人は忌避剤を吹き付け、ひるんだ手を振り払って車外に躍り出た。音羽はボンネットの上に飛び乗って海岸と反対側の路肩に転がり落ち、武藤とともに畑の中を無我夢中に逃げる。しかし、線虫人間が集団になって追いかけてくる。ミイラのようにぎごちない動きでときたま転ぶが、少なくとも松葉杖の武藤よりは速そうだ。それならいちばん近い家に逃げ込む以外に方法はないと思っても畑ばかりで、町全体が停電では遠くの灯りも見つけることは難しかった。

 ところが幸運なことに、麦秋前の育った麦の奥から、小さな掘立て小屋が浮かび上がってきた。二人は藁をも掴む思いで必死に走った。それが本当の掘立て小屋であることに武藤はがっかりしたが、鍵もなくて簡単に逃げ込むことができた。

 四畳半ほどの土間に、肥料や農薬の袋が積まれている。

「グッドアイデアが浮かんだわ」と言って、音羽は農薬の袋を開け、中の農薬を素手ですくい出した。ツンとした刺激臭が武藤の鼻腔に飛び込んできた。

「これを小屋の周りにぶち撒くの」

「それなら袋ごとやろう」と言って武藤は三本足で二十キロ袋を引きずり出し、小屋の周りに粉のサークルを描いた。

音羽のアイデアは大成功だった。線虫人間どもは、小屋周りを取り囲んだが、両手で口と鼻を押さえ、中に入ってこようとはしなかった。

 

「農薬はお嫌いですか?」

武藤は誰へともなく、化け物どもに声を掛けた。

「虫ですからね。そりゃ」と一人が答える。

「喋っているのは吉本君ですか?」

「いえいえ、私は中嶋です。はじめまして。まだ言語中枢を食われておりません」

「不思議ですね。脳味噌がいちばん美味そうじゃありませんか」

「そりゃ好き好きでしょう。線虫にだって好みはあります。私の場合、線虫度は五十かな。だから、せめて脳味噌は食われたくない。それには、あなたが必要なんです。私を助けると思って出てきてくれませんか?」

「ご冗談。なんで私があなたの犠牲になるんです?」

「それはあなたが赤の他人だからですよ」

「なるほど。まだ頭はしっかりしていらっしゃる。それならこうしましょう。この輪の中に入ってこられたら、この体を差し上げましょう」

「またまたまた。人をおからかいになって。私にそんな勇気があるわけないでしょ。虫の息なんですから」

「それなら諦めるんですな。弱虫!」

「ひどい侮辱ですな。分隊長さんが怒ってますよ」

分隊長というのは線虫の親分さんですか?」

「残念ながら、私にはまだ着任されておられません。しかし、この連中にはいらっしゃいます。線虫度九十ですから」と仲間を指差す。

「しかし、体の半分が虫ってえのも中途半端だ。自分が人間なのか虫なのか迷うことはありません? 自己アイデンティティーの喪失ってやつだ」

「私は人間ですよ。小学校の校長です。だから、あなたの助けを求めているんだ」と言って急にひざまずき、「恥を忍んでこんな格好をするのも、人間だからできることであります。私はまだ、人間でいたいんです」と続けて、オンオンと泣き出した。大粒の涙とともに青白く光る線虫が零れ落ち、土の中に消えていく。

「まあまあまあ、どうぞお立ちください。他人を犠牲にまでして助かりたい、そのお気持ちは分かりますが、この私だって実際こうして生きているんだ。なぜ、私がご縁のないあなたの犠牲にならなければならないんですかね」

「それは、あなたが虫になるのは時間の問題だからですよ。どうせ虫になるんなら、いまだっていいじゃないか。どうせなら私を救ってくださいと頼んでいるんです。こんなに苦しんでいる人間を無視するとなれば、虫けらのような人間と言われても仕方ないな」

「分かりました。あんたは虫の好かん男だが、おっしゃることは非常に人間的で感動しました。喜んであなたのためになりましょう」

「本当ですか。あなたは神様のようなお方だ」と今度は嬉し涙を流す。

「しかし、私はあなたに体を捧げるんだ。あなただって、私に無理な要求をしているわけだから、それなりの覚悟を示していただかないと……。どうか勇気をお見せください。さあ、こちらへ来て私を食べてください」

「いや、それはできないな。私は行きたいけど、足の部分は虫のテリトリーですからな。脳からの命令は完全に無視されている」

「それじゃあ、諦めてもらう以外ないな」と言って、武藤は両耳に親指を突っ込んで手をパタパタさせながら、思い切り舌を出した。

 すると突然、中嶋は雄叫びを上げて緩衝地帯を跳び越え、武藤に飛びかかってきた。武藤は仰向けに倒れて後頭部を打ち、失神。中嶋が武藤の唇を奪った瞬間、音羽が小屋から飛び出して忌避剤を中嶋にかけると、中嶋は再び悲鳴を上げてサークル外に跳んで帰った。武藤もすぐに息を吹き返して雄々しく立ち上がり、照れ隠しに猿のポーズで中嶋をからかう。

「分かりました。私は諦めましょう。しかし、仲間たちが面白い芸当をお見せしたいと言っております。昔のプロレスファンなら知っておられるでしょう。人間ミサイルという捨て身の技です」と中嶋は言い、片腕を上げた。

「皆のもの、一列横隊」

 中嶋の掛け声とともに、五人ばかりの線虫人間が横に並んだ。

分隊長殿ミサイル発射用意」

 五人は大きく口を開けると、どんどん伸びて顔全体が大砲の筒になってしまう。「発射!」と中嶋は雄たけびを上げ、五人の口からボンと分隊長が発射された。驚きのあまり声もなくポカンと口を開けたのが悪かった。開いた口に五匹の分隊長が一度に命中し、我先に胃の中に入り込もうとして喧嘩となり、入り口は押し合いへし合い状態で完全に閉塞。分隊長の先端がノドチンコを押し上げ、鼻呼吸もできない状態で、武藤は意識がもうろうとしてその場に仰向けに倒れた。小屋の中からマスク姿の音羽がゆっくりと登場し、両手に握っている農薬を口から飛び出している五匹の分隊長に塗りたくり始めた。分隊長たちはキューキューと悲鳴を上げ、音羽はケラケラと笑う。分隊長たちは必死に逃げようとするが、体に力を入れれば入れるほど、ますます抜けなくなってしまう。しばらくは激しくのたうっていたが、次第に勢いがなくなり、とうとう五匹とも死んでしまった。音羽分隊長たちの死体を武藤の口から引き抜くと、マスクを上げて武藤の開いた口に唇を合わせ、人工呼吸を施した。武藤が息を吹き返すと、音羽はホラヨと掛け声を掛けながら、死んだ五匹の分隊長を一匹ずつ宿主に投げ返した。

 分隊長を失った線虫人間たちは、泣きながらキャッチ。一同はようやくあきらめたらしく、分隊長をホシイモ代わりに食いながら、肩を落として去って行った。武藤は這うようにして小屋に戻った。

「虫をからかうものじゃないわ。相手も必死なんだから」

「僕はもうくたくただ。君は?」

「大丈夫。私は好戦的な女」

「もうこれは、僕たちの力ではどうしようもできないな」

「明日は、国の調査団がやってくるわ」

「遅かったね。みんな線虫人間になっちまう」

「悲観的ね。でもきっと、この町の事件は世界中に知れ渡る」

「いまごろ、沖の豪華客船も線虫人間にシージャックされている」

「そうなる前に、止める方法はないのかしら。線虫は恐いけれど、数が多いだけで弱い部分はたくさんある。日光にも弱いし農薬にも弱い。虫下しは効くし、忌避剤もある。要はスピードの勝負。明日はこの忌避剤で、調査団と新聞記者の前で線虫どもを蹴散らしてしてやる」

「それほどの量あるの?」

「病院に戻れば、二十リットルくらいは……」

「ぜんぜん足りないね」

 

 突然、暗闇の中で音羽はマスクを脱ぎ去り、武藤にのしかかって唇を合わせた。武藤は、驚いてウワッと悲鳴を上げる。

「失礼だわ。線虫でもないのに驚いて。でも、線虫かも……」

「君は大丈夫さ。しかし僕は線虫予備軍だ」

「それなら私、薬を飲むわ」と言って、音羽上着のポケットからアメリカで流行っている避妊薬を出して飲んだ。武藤は唖然としながらも、成り行き上拒否することのほうが不自然に思えたので音羽のされるままになったが、その荒々しさに体中の傷が悲鳴を上げた。これは明らかに強姦だ。もっとやさしく扱って欲しいと思った。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

 

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

 

 

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