詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

ホラー「線虫」六 & 詩

新興住宅街

 

だだっ広い農地の主が死に

住宅街ができた

どれも安普請だが外壁は綺麗だった

道も植え込みもそれなりに美しかった

駅から遠いのにけっこうの値段で売り出した

小金持ちたちが長期ローンを組んで住み着いた

一年後に悪疫が流行って不景気がやってきた

多くの入居者がローンに行き詰まり

安値で叩かれて家を手放した

住人の子供たちが荒れ果てた隣家の庭で遊んでいた

小さな庭にはたくさんのアリの巣ができていた

子供たちは一つひとつ乱暴に踏みつけ、壊していった

 

 

嗚呼戦争

 

獣の魂が蠢いている

押さえがたい欲望と

性懲りのない愚行と

為すすべもない怒り

仮面を被った本能が

満足を求め徘徊する

一人ひとりの鬱憤が

慰問袋に溜まり続け

満杯になって噴出し

人も自分も糞まみれ

無数の心が衝突して

破裂融合が繰り返し

怒れる糞玉に大成長

キ奴は重力の法則で

地獄の坩堝に一直線

国内自爆の恐怖から

お偉いさんも大恐慌

嗚呼糞玉の捌け口は

巨大砲に込められて

隣の国へ飛んでいく

開戦だ先手だ抜打だ

前進だ攻略だ必勝だ

略奪だ強姦だ殺戮だ

惨敗だ原爆だ終戦

 

 

 

ホラー「線虫」六

 

 二人に警察関係は任せ、武藤は明くる夕方に退院して自宅で療養することにした。しかし、内心は怯えていた。線虫人間が再びやって来るような気がしたからである。しかし、悪魔酒をたしなんだ連中はすべて、線虫人間の予備軍なのだ。いったいこの町で、何人が悪魔酒を飲んでしまったのだろう。そうだ、こんなことはしていられない。俺にはこんな悠長なことをしている時間などないんだと発奮し、不自由な体で敷いたばかりの布団を、もう一度押し入れに戻した。ところが、家を出ようとした矢先、玄関のベルを鳴らす者がいる。ガラス窓から訪問者を覗うと、和服姿で菓子折を抱えたあの女であった。

 怪訝に思いながら、武藤はドアを開けた。

「どちら様ですか?」

「吉本の妻です」

「吉本君の奥さんですか。どうしてまたこんな夕方に」

「舞と申します。お見舞いとお詫びにまいりました。おケガはいかがですか?」

「いや、大したことはありません。まあ、よろしければお上がりください」

と言って、男の一人所帯に人妻を招き入れるのはいかがなものかと後悔したが、当の人妻は何の抵抗もなく上がり込む。舞の声には不思議な響きがあった。周囲が静かでないと聞き取れないくらいの微かな音だが、言葉を発する一瞬前にシャーッというスピーカーの雑音のような音が入るのだ。武藤は舞が持参した菓子折を開け、お茶とともに出した。

「それでお詫びというのは?」

「その、お目目。わたくしがストローで突いたんじゃございません?」

「いや、その」と武藤は赤くなって首を擦りながら返答に窮すると、「穴から出てこられたのが武藤さんだと聞き、悪いことをしてしまったと反省しております。いえ、単なる覗きかと思いまして……」と舞。

「確かに覗きましたが、悪気があったわけじゃ……」

「わたくし、見られたくないものを見られてしまったものですから、ごめんなさいね」

「いや、一週間もすれば治ります。で、見てしまったものは内緒にしておきます」

「困りますわ。そんないい加減なお約束」

「と言いますと?」と武藤は動揺して訊ねた。

「主人は恐ろしい人なんです。人殺しだって平気な人ですわ。あのことがバレれば、ただでは済まされません。だから口約束では困るんです」

「ならば、どうすれば?」

「私バカですから、口で説明するのは難しいわ。体で説明しますから、そこに座ったまま見ていてください」と言って、突然帯を解き始めた。唖然とする武藤の前で、舞はとうとう素っ裸になってしまった。

「ああら武藤さん。私を裸にしてしまってひどいわ。お巡りさんを呼びましょうか?」

「いや、そりゃ困るな。どうすりゃいいんだ」

「武藤さんって女に興味がないんですってね。本当かしら。私そういう男の人を見ると、無性に挑戦したくなるの」といって、舞はちゃぶ台を足で蹴り除け、武藤に飛びかかった。その勢いで武藤は後ろに倒れ、障子の敷居に後頭部を強か打ったが、舞はそんなことお構いなく口を合わせ、舌を突っ込んでくる。エエイままよ! と観念して早々に抵抗をあきらめ、いつも通りにされるがままの受身姿勢を取るべく、全身の力をスッと抜いた。

 ところがこれが人生最大の油断であった。舞は口を合わせたまましばらく楽しんでいたが、スキに乗じて武藤の体の上に全身を乗せ、ズボンのチャックを開いてまさぐっていた手を急にスッと上げて武藤の腕に合わせた。舞の顔も体も手足も、武藤のそれらの上にピタリと乗っかり、鋳型のように合致させた。武藤の恥骨と舞の恥骨がぶつかり合い、武藤の胸と舞の乳房がブヨブヨと震え合った。こんなに大きな女だったかしらといぶかりながらピッタリ合わさった舞の両の目を見つめると、目と目の間隔が見る見る離れていく。同時に口が大きく広がっていき、武藤の鼻まで飲み込んでしまった。体も手足も、とろけたキャラメルのようにフニャフニャになり、とうとう武藤の体をスッポリと覆ってしまった。

 息ができない。身動きが取れない。ガリバーでも息はできたじゃないか。このまま窒息死か……、と声も出ないまま叫びながら意識が朦朧としてきたところで、どこからともなく吉本の声が聞こえてくる。

「大丈夫だよ。君は虫さんの餌だもの。まだ死なせないぜ」

 そのとき、舞の鼻がグニャリと潰れて、武藤の正常な左目と舞の歪んだ片目が接触。武藤はその大きく広がった瞳孔を通して恐ろしいものを見たのである。それは、青白い光を発しながら蠢いている無数の線虫だった。

「やめてくれ!」と心の中で叫びながらも、舞の唾液とともにドッと流れ込む線虫どもをむなしく受け入れた。線虫は武藤の舌の上をくねくねと流れ、螺旋を描くように食道を進み、胃袋の中に落ちていった。武藤は酸欠状態のまま意識を失った。

 

 小一時間ばかり過ぎてから、武藤は意識を取り戻した。すでに舞はいない。悲鳴を上げながらトイレへ駆け込み、口の奥に指を突っ込んで嘔吐した。出てくるのは胃液のみ。すでに線虫どもは小腸に引っ越した後だった。きっとその後は腸壁を食い破り、背骨に小さな穴を開けて脊髄を食い荒らすに違いない。武藤の線虫化はスタートを切ったのだ。武藤はサイレンのように悲鳴を上げながら松葉杖を突いて家を飛び出し、薬屋と漢方薬屋に向かった。多量の虫下しとザクロの皮を買い占め、家に取って返してまずは三倍の量の虫下しを飲み込んだ。それからザクロの皮を煎じて、これまた一リットルくらいをがむ飲みしたが、激しい胃痙攣を誘発。あまりの痛さに耐え切れず、全部吐き出してしまった。武藤は、涙ながらに自分での処置をあきらめ、救急車を呼んで出てきたばかりの病院に戻った。

 

 病院では、鼻に大きなばんそう膏を貼り付け、マスクが手放せなくなった音羽が治療に当たった。どうやら昔の鼻の高さに戻ったようだ。山田は、新しい風土病として学会に発表するため、執筆の最中だった。時間がないと焦る武藤に対して、山田は反論した。

「研究者の立場としては状況証拠だけでは実証されないし、学会からは相手にもされません。水俣病だってイタイイタイ病だって、医学界の常識になるには相当の時間を要している。我々が悪魔酒の恐ろしさを証明するには、悪魔酒に含まれる線虫の卵を孵化させ、その線虫が人体にどれほどの悪さをするかを証明しなければならない。しかし、僕は悪魔酒すら見たことがないんだ。闇雲に騒いだって、脱線三人組だと笑われるだけですよ」

「しかし、これはあきらかに酒を介した伝染病だ。しかも、狂った人間が目論んでいるテロです。僕もあいつも、戦争中はお国のために殺人兵器を研究していた。しかしやつは、目的を失った戦後も何かのためにずっと研究を続けてきたんだ。金のためであるわけはない。自分の力で社会を管理してやろうという病的な欲望だ」

「被害を証明できなければ警察だって動けないでしょう。まずは酒だ。なんとしても酒を入手したい」

「悪魔酒ならここにありますわ」と言って、音羽は御神酒と書かれた紙に包まれた一升瓶を差し出し、紙を取り除いた。悪魔酒の不気味な発光色が武藤の片目に飛び込み、たちまち嘔吐感を催す。

「今朝からお寺の売店で売り出したみたい。長蛇の列ができていましたわ。一人一本しか買えない大人気。私の後は売り切れました。生産体制が追いつかないんですって」

「でかしたね。一本あるだけでも十分さ」と山田。

「次の発売日は一週間後の今日。来週は三人で並びましょうね」

「しかし、来週まで人間でいられるかは自信がないな」と武藤はうめくように言った。

「そうそう、武藤先生の治療を始めなきゃ。私たち、いい検査法を思いついたの」

「この線虫が自然界の放射線で変異した種であると聞いてね。それなら放射能を蓄積しているはずだと推測した」と山田。

「なら、最近導入したばかりの最新検査機器を使えば、線虫の居場所が分かるはずです」と音羽。それはガンマ線を感知する最新鋭のガンマカメラだった。普通の検査では、血管にわざわざラジオアイソトープを注入するが、武藤の場合は虫がアイソトープの代わりになってくれるというのだ。

「ということは……」

「そう。例えばこういうこと」と言って、音羽はテーブルに置かれていた放射線検出器の計数管を一升瓶にあてがった。するとメーターの針が少しばかり触れたのだ。

「これはあくまで予測ですけど、卵のうちはこの程度の放射能でも、成虫になれば自然界のラドンを取り込んで、もっと放射能が強くなるはずです」

「すると、線量計を持ち歩けば、相手が線虫人間であるかどうかの区別が付くわけだ」と武藤は興奮気味に叫んだ。

「さあ、僕にも当ててくれたまえ」

 音羽が恐る恐る計数管を武藤の腹部に押し当てると、ガリガリガリという激しい音とともにメーターの針が大きく振れた。

「驚いたな。虫に食い尽くされなくてもガンに食い尽くされる」と武藤。

「危険水域ですな」

「しかし、これは妙案かもしれない。寄生虫などと騒いでもお上は腰を上げないけれど、放射能汚染と聞けば敏感に反応する」

「お寺が御神酒に放射性物質を混ぜ、多くの参詣客が放射能汚染に晒される。これは立派なテロです」と音羽

「この際、手っ取り早く起訴して投獄することが第一と考えれば、警察が酒蔵に乗り込み、放射能を調査してそれで一網打尽だ」と武藤。

「しかし、悪魔酒の放射線の数値が微妙なところだな」と山田。

「少しでも針は動きますわ。酒は食品ですよ!」

「分かった。こちらのほうは、僕が解剖所見と放射線障害の広がり、悪魔酒との因果関係をレポートにしたため、至急県警と学会に報告しよう。音羽先生は、武藤先生を検査して、一刻も早く先生の体から線虫を駆逐する治療法を開発してくれ」と言って山田は部屋から出て行った。

 

 ガンマカメラによる検査で、今のところ線虫たちは消化器管内に留まっていることが確認され、武藤もとりあえずはホッとした。壁を食い破り、腹空内に出てしまえば、治療が難しくなることは明らかだったからだ。音羽は、今までの寄生虫研究で積み上げた知見を駆使してさまざまな駆除薬を組み合わせ、武藤に飲ませることにした。

寄生虫は有史以前から人間と付き合っているんです。だから、新薬よりも歴史のある薬草のほうがすっと効果があるわ」と言って、ザクロの皮をはじめ、イモリの黒焼き、ガマの油などを混ぜ込んだ煎じ薬を開発した。なかでも、アフリカから内緒で持ち帰ったわけの分からない草は、根っこの細毛を罠にして、小さな線虫の首根っこを捕らえて食べてしまうという優れもので、この根に含まれる物質は線虫を呼び寄せる能力を備えている。音羽は、線虫を集めて一網打尽にするという合理的な設計思想を持っていたが、武藤にとってはどう見ても魔女の秘薬にしか思えなかった。

 しかし、これが効いた。武藤は病院の裏庭の芝に連れて行かれ、真ん中に穴の開いた丸椅子に尻を出して座った。下腹部は人に見られないようにシーツで覆い隠されたが、ときたま風でまくり上がる。椅子の穴の下は、そこだけ土が五十センチほど掘られている。入院患者が暇つぶしに集ってきてケラケラわらう。

 音羽は、黒色した煎じ薬を一リットル一気に飲ませると、野次馬とともに五メートル先に避難した。武藤はそのまま二十分くらい座り続けていたが、そのうち激しい腹痛が始まった。腸の中で虫が騒ぎ出す。我先に小腸から逃れ、大腸に回り、結腸を上り、直腸を下降する。腹の中でネズミの運動会でも始まったような騒々しさだ。とうとう線虫どもは怒涛のごとく肛門から排出され、地面に掘った穴に落ちて地中に吸い込まれた。同じことを四日ほど続けただけで、線虫はほぼ消滅し、放射能も正常値に戻った。

 

「でも残念ながら、完全に駆除できたとは言えませんね。数匹でも残っていれば、また体内で増え始めるはずです。定期的に検査して、増えたらまた駆除する。残念ながら、それは一生続くかもしれませんわ」と再検査の画像を見て音羽は呟くように言った。

 

 山田は山田で、十数体の解剖所見と放射能汚染、悪魔酒の検査による放射能の因果関係を報告書に認め、悪魔酒の販売日には三人で三本買って県の機関に提出することになった。ところが、新たに買い入れた悪魔酒は単なる濁り酒の色をしており、発光もしないし放射能の反応もまったくないのである。一本を開けて、先日入手した酒と比較したが、虫の卵は同じ数だけ漂っているのに、放射能を帯びていない。

「まずいな。カモフラージュされている。これで悪魔酒との因果関係は証明できなくなった。これじゃあ、単なるドブロクじゃないかで終わってしまう。ひとます報告書を書き直し、地域の放射能汚染だけで出すことにしましょう。それでも国が乗り出してくるから、醸造元だって勝手なことはできなくなるはずだ」と山田。

 おそらく吉本の研究がワンステージ上がったのだと武藤は直感した。酒が放射能を帯びていれば、いずれバレてしまうのは明白だ。吉本は、卵から放射能を取り除く研究を行っていたに違いない。線虫は自然界の放射能を蓄積する性質があり、卵から孵った虫がどんどんラドンを取り込んで大きくなる。線虫人間に放射能がなくなることはないだろうと武藤は予測した。この能力を失ってしまえば、代を重ねるうちにどんどん矮小化して、最後には元の線虫に戻ってしまうはずだ。線虫人間は、これからも測定器の針をビンビン振ってくれるだろう。

 三人は急きょ方向転換して悪魔酒を切り離し、まずは放射能汚染だけの問題で世間を騒がしてやることにした。全国から注目が集れば、悪魔酒の販売にもブレーキがかかるに違いない。武藤は少しばかり不安を感じつつも、ひとまずは退院して、家に戻ることにした。

 

(つづく)

 

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

 

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

 

 

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