詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

おかしな一家(最終)& 詩

おかしな一家(最終) 

 

「仁ちゃん。あなたは二〇歳で結婚しないで、三〇歳で結婚するの。そのお相手はここにいる早苗さんだけれど、彼女はすでに人妻だわ。なら、どうしましょう。簡単よ。今日、早苗さんから皮膚の細胞を少しだけいただいて、伯父さんにクローンをつくってもらうの。みんなで早苗さんのアバターを育てて、彼女が成人したら仁ちゃんと結婚させる。早苗さんは二人に分裂するけれど、一人は光輝さんの奥さんだし、一人は仁ちゃんの奥さん。これならウィン・ウィン・ウィン、三方良しということになるわ」

「そいつはグッドアイデアだ!」と仁は叫び、ポンと手を打つ。

「ちょっと待ってください。私のクローンですか?」

 早苗は驚いて聞き返した。

「そうです。あなたのクローンです。伯父さんの手にかかれば、簡単なことですわ」と姉。

「でも、私のクローンって、いったいなんなんです? 私の子供? 私の分身? 私自身?」

「私はクローンですけど、仁の姉です」

「僕はクローンだけれど、仁そのものだよ」

「でも、伯父さんのクローンは?」と早苗はいって、伯父とその分身を睨みつけた。

「僕は仁の伯父です」と三歳の伯父が答える。髭の伯父はアバターの頭を撫でながら、「要するに、本人であるか本人でないかというのは感覚の問題なんです。自分がスーパーマンだと思えば、そいつはスーパーマンなのさ。この可愛い伯父さんはアバターだから、自分が仁の伯父だと思っている。老骨の私はオリジナルだから、仁の伯父だと思っている。パソコン上に同じデータが二つあるのと同じです。中身が同じであれば、どっちも正しいのさ。ただ、少しばかり時間的なズレがあるけれど、周りの者がそれを認めていれば家族間の齟齬もなく、全員が死の悲しみから開放され、幸せになれるんです。ほら、伊勢神宮では定期的に神殿をリニューアルするでしょ。だからといって、神殿の伝統的な価値が下がるわけじゃない。みんなが正しいと思えば、誰も文句はいわないんです」と説明した。

「じゃあ、仁君は私のクローンを私だと思うわけね」と少しばかり不満そうに早苗はたずねた。

「ああ、僕は仁のクローンだけど仁だよ。だから、君のクローンも君だ」

「おいおい、いったいなんの話をしているんだい。君のクローンって?」

 対面から光輝が声を上げた。

「いま仁君が私にプロポーズしたのよ。仁君はまだ子供だし、私はもうあなたと結婚しているからって丁重にお断りしました。それなら、私のクローンと結婚したいんですって」と早苗は怒ったようにいう。

「君のクローン? そいつはいったい君のお腹の中に宿っている子供とどんな関係になるんだ?」

「妊娠ですって!」と家族全員が驚いた顔をする。

「いえいえ、生理が遅れているだけの話ですわ」と早苗が訂正すると、全員がホッとした顔付きに戻る。光輝は席を立って早苗のところに足早にやってきて、耳のそばで「まさか君は、仁君のために君の細胞を提供するつもりじゃないだろうね」とささやいた。早苗はひそひそ声で「ぜったいいやだわ」と答える。二人は子供をつくることを楽しみにしているのだから、クローンなどというややこしい生命体が出現することは断じて反対だった。

「そろそろおいとましようよ」

「そうね。退け時だわね」

 二人は目配せして早苗は立ち上がり、光輝は早苗の肩に手を回した。

「そろそろ、おいとまさせていただきます。今日はお招きありがとうございました」と光輝はいって、二人はお辞儀をする。

「いえいえ、それは困りますな」

二人の伯父が立ち上がった。

「早苗さん。お帰りになるなら、あなたの組織の一部を置いていってください」と髭の伯父。

「いえ、お断りしますわ」

「なぜです。耳かき程度でいいのです」と幼児の伯父。

「耳くそだろうが鼻くそだろうが、妻のクローンはつくってほしくないのです」

 光輝は強い口調でいった。

「僕の一生のお願いなんだ」と仁は食い下がる。

「私のクローンはぜったいノーです」

 早苗もキッパリと断った。

「なら、早苗さんは光輝君といますぐ別れて、この家に留まるべきだ」

 髭の伯父は命令口調でいう。

「ならこうしましょう。仁君がここでいますぐパッと青年になったら、留まりますわ」

 早苗はそういって、わざとらしくニヤリとわらった。

「伯父さんはマジシャンじゃないもの、それは無理だよ」と仁。

「いいや、私の辞書には不可能という言葉はない」と幼児の伯父が大きなことをいう。

「私たち家族を不幸にしないでください」と仁の母親。

「私たちは不幸に耐えられない家族なんです」と仁の姉。

「私たちの幸せには、早苗さんが必要なんです」と仁の祖母。

「いいかげんにしてくれ! 僕たち夫婦には僕たちの夫婦の幸せがあるんだ。それを犠牲にしてまで、君たちを幸せにする義務なんかありゃしない」

 とうとう光輝は爆発して、早苗の手を引っ張ると、玄関の方向に歩き始めた。

「待ちなさい。私たちには早苗さんの肉片が必要なんだよ。それはどういうことを意味しているか分かっているかね」

 悪魔のような髭伯父の言葉がホールに鳴り響いた。するとそれまでいたる所で昼寝をしていたライオンやヒョウ、トラたちがむっくりと立ち上がり、一斉に吠え始める。

「ヤバイ、駆け足だ!」

 二人は手を繋ぎながら、玄関に向かって全速力で走り出した。野獣どもが二人の後を追いかける。玄関を走り抜け、遠くの門に向かってひたすら走るが、茂みのいたるところから獣たちが飛び出してくる。

「もうダメだわ!」

 二人は走ることをやめ、庭の真ん中で抱き合ってうずくまった。野獣たちが二人を幾重にも取り囲んだ。

「君、少しばかり肉片を分けてやれよ」

 早苗はあ然として、光輝の顔を凝視した。

「あなた、本気でいっているの?」

「ライオンに手を差し出すんだ。死ぬよりはマシさ。腕の一本や二本、再生できる時代なんだからね」

「あなたって……」

 早苗は失望し、いわれるままに大きな雄ライオンに手を差し出した。ライオンは口を開けて早苗のか細い手をパクリと飲み込む。ライオンのザラザラした舌の上に、なにかフックのようなものがあったので、早苗は不思議に思いつつも指をかけて引いてみた。すると屋敷も森も庭も門も野獣たちも、すべてが一瞬にして消え去り、あたりは荒れた畑に一変した。

「ハハハ、こいつもイルージョンだったのか」

 光輝は大声でわらいながら、吐き捨てるようにいった。

 早苗は立ち上がると光輝に目もくれず、一人で凸凹の畑を歩き始めた。遠くにうっすらピラミッドを見たような気がしたのだ。

「早苗、どこに行くんだ」

白馬の騎士のところ」

 光輝は疲れ果て、早苗の歩みに付いていけなかった。ピラミッドは逃げ水のように消えたが、ストレッチャーが置かれていて、その上に成人したばかりの美しい青年が寝かされていた。それは仁だった。早苗はその唇に薄い唇を合わせた。すると仁の閉じた目から一筋の涙が流れ出た。早苗が唇を離すとゆっくりと目を開き、しばらく彼女を見つめてから起き上がって強く抱擁した。

「さびしい人。私しかいなかったんだ……」

「ああ、ずっと君だけだった――」

 仁はストレッチャーから降りると早苗を軽々と抱き上げ、あぜ道のリムジンに向かって歩き始めた。

「やられた……」

光輝は立ち尽くし、二人の後姿をただ呆然と見つめるばかりだった。

                                    (了)

 

 

 

突発性ブラックホール

 

ごく偶にだが

僕の周りから空気がなくなる

それは必ず歩いているときのことだ

静止しているときではないというのは

僕から空気が逃げていくのではないことを

証明しているように思えるのだ

確信してもいいだろう

これは街に点在する小さなブラックホールである

ほかの人間には分からないほどのものだ

繊細でなければ決して分かりはしない

このブラックホールはくせ者である

空気と一緒に人間を吸い込もうと待ち構えている

疲弊した人間を餌にしているのだ 生きの悪い奴を

まるで蟻を餌にしている蟻地獄のようだ

失礼 地獄という言葉は言いすぎだろう

ひょっとしたら天国の入口かもしれない

どちらにしろ強引である 急に引き込もうとする

とたんに息ができなくなり苦しみ喘ぐ

その場でうずくまったらおしまい 思うつぼだ

立ち止まってはいけない

がむしゃらに走ることだ ひたすら

そう まるで人生のように、さ…

駆け抜ければいいんだ

 

 

群れなす雑魚へ

 

君たち雑魚なのだから

群れをなすなんて無意味さ

一匹一匹バラバラになれよ

大きく見せようなんて 笑われるだけ

世の中そんなにあまくはないさ

所詮は雑魚なのだから

だれも食おうとは思わん

見えやしない ゴミとおなじ

波風を立てずに泳げるだろう それが才能

ひっそりと つましくミジンコを食べて

短い天寿をまっとうする

すばらしいじゃないか

それが幸せなんだ 君たち雑魚の 

大きな口は 恐ろしい妄想

飲み込んだとたんに バラケちまうぜ

一匹一匹 みんなみんな雑魚なのだから

 

 

河童淵

 

この世でいちばん恐い化け物

それは河童だ

河童はけつの穴から手を入れて

内臓を引き出し弄ぶ

その大好物は心の臓

泣き、喜び、愛し、戦い

幸せを求める高鳴りを

有無を言わさず食いちぎる

心を無くすと虚空が宿る

この底なし沼のように

光も届かぬ絶望だ

一度落ちたら落ちるだけ

深い深い河童淵

覗いてごらん河童が見える

水面に揺られて意地悪く笑った

そのシニカルな眼差し

恐るべきアウトサイダー

驚いたかい お前の顔だ

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

 

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

 

 

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